「結論から言うと、糸を生み出すような魔法はなかったの」
再びウルフガイの酒場に集まった4人は、ガヤガヤと込み合っている薄暗い店内で、一つだけ空いていた奥のテーブルを囲んで『作戦会議』を始めた。瑠那が「ウルフガイの気まぐれコーヒー」を片手に調査した事柄を伝える。
「スキルとして、そんな魔法は存在しない。これは、フォースダンジョンで私達と同じようにやられたプレイヤーからも聞いたし、教会に行って骸骨のスケールからも確認を取った」
「じゃあ、私の見間違いですか?」
「ううん、そうじゃない」
淹れたてのコーヒーを音を立てずに飲む。つられて有門もコーラを口に運んだ。
「スケールが言うには、いくつかあるスキルのなかでは糸を発現させる可能性のあるスキルがあるって言っていた。そのスキル──いえ、正確にはスキル群は『呪術』」
「呪術? 呪われた術の、呪術ですか。今まで使ってるプレイヤー見たことないですけど」
ホットミルクにメープルシロップをかけながら、すずは首をひねった。呪術という言葉からは悪いイメージしか浮かばない。陰湿や恐怖、狂気といったような。
「私も呪術のことは知っていたけど、なんていうか難しいのよ、扱い方が。だから、5属性を用いる今の魔法にしたの。だけど確かに呪術なら、糸を出現させることができる」
「どういうことですか? 呪術って……私は魔法って瑠那さんの魔法と音楽魔法しか知らないから」
美歌の疑問にナビが敏感に反応して、テーブルに置いた白色のエレクトフォンが勝手に起動する。
『呪術は、何かを媒介にして対象に何かしらの影響を及ぼす魔法です』
「ば、媒介って……?」
『媒介とは、一方ともう一方の間にあって両者の関係のなかだちをするもの。つまり、一般的な魔法と違い直接的にではなく、あくまでも間接的に現象を引き起こすのが呪術です』
(なかだち? 間接的に現象を引き起こす?)
「つまり、瑠那の魔法や美歌の魔法は、直接現象を、魔法を引き起こすじゃねえか。だけど、呪術は間に何かを挟むんだ。呪術はその何かに作用し、何かを通してある現象を起こす」
誰の目にもわかりやすく混乱している美歌にナビに代わって有門が身ぶり手振りを交えて説明した。
「そう。具体例を挙げるなら、藁人形とか言霊とか──。そうね、文字通り呪うのよ。藁人形なら
苦笑すると、瑠那はコーヒーを一口、口に含みテーブルの上へと置いた。美歌の目を見つめて話についてこれているか確認しつつ、右手を広げる。
「さらにやっかいなのが、この呪術。現れ方が一様じゃないの」
「……一様じゃない?」
「そう。媒介となって魔法を運ぶもの、『依り代』と言うのだけど、依り代はそのプレイヤーが好きに決められる。その結果として効果としては同じ魔法なのに、現れ方が違ってくるの。たとえば──」
瑠那はコーヒーカップを持ち上げて少し傾けた。中の気まぐれコーヒーが振動に揺れる。
「私がこの気まぐれコーヒーを依り代にしたとしたなら、呪術の現れ方はコーヒーの波紋として現れるかもしれない。有門の飲んでるコーラを依り代にしたとしたら、コーラの炭酸が出てくるかもしれない。同じように藁人形なら、藁が、言霊なら言葉が、そして、糸なら糸が突如ダンジョンの中に現れる」
「それって、糸を依り代にしてるってことですか?」
「すずちゃん、正解!」
「クイズ番組じゃないですよ、瑠那さん。でも、いくら糸を発現させたとしても他プレイヤーが攻略しているダンジョンに侵入できるんでしょうか。私達が戦ったときだって、別々にダンジョンに入ったら同じダンジョンだとしても、別々に飛ばされてしまうから同時に入ったんです。そんな方法があればとっくに──」
「だからこその呪術なのよ。すずちゃんが今言ったように、呪術を使うプレイヤーはこれまで現れなかった。手順が煩雑な上に効果もよくわからないから、美歌ちゃんの音楽魔法と同じように手を出しづらいスキルだった。目の前のモンスターを倒すだけなら、5属性の魔法を使った方がわかりやすいし簡単だもの」
再度コーヒーを両手で持ち上げる。ふーっと息を吹き掛けると湯気が上がった。
「きちんと調べたんだけど、呪術にはね、隔絶されたはずの
「世界を移動? そんな、反則じゃないですか」
「ホントだよな。裏ワザ的な、チート的な」
「その指摘はもっともだけど、事実そうなのよ」
ため息を吐きながらこめかみの辺りを指でおさえる瑠那。驚きながらもミルクをかき混ぜるすず。いら立ちを抑えきれずに炭酸をすする有門。
三者三様の反応を見ながら、美歌は不思議に思っていた。世界を移動できることのなにが問題なのだろうかと。
「あの……」
「ん? なに、美歌ちゃん?」
姿勢を正すと、瑠那は美歌に笑顔を向けた。
「すみません、なにがそんなに問題なのかなって……お金があればなんでもできるのがマネーダンジョンですよね。私も、ファーストダンジョンでたぶん似たようなスキルでボスを倒したと思うんですが……」
瑠那の目の色が変わった。有門が急に咳き込む。
「! どういうこと美歌ちゃん!?」
「ど、どうって、えっと──」
『緊急スキル、【クラスチェンジミニッツ】。全てのお金と引き換えに一時的に上級職へクラスチェンジできるスキルです。ただ、実際には、バードの上級職かつ特殊職業【セージ】の直接物理法則にアクセスできる能力によってファーストダンジョンのボス──【アトモス】は倒されました』
「そうです。そんな感じ」
美歌の代わりにナビが応えてくれたが、様子がおかしい。3人ともポカンと口を開けたまま、数秒間、時間が流れた。
「どういうこと、美歌ちゃん! なんで教えてくれなかったの!?」
「えっ!? これって当たり前のことじゃないんですか?」
「聞いたことねぇーよ! 普通に音楽魔法で倒したんだと思ってた。クラスチェンジミニッツって、セージってなんだよ!?」
またしても答えられない美歌の代わりにナビから返ってきた答えは『今述べたこと以上、まだ明らかにされていないシステムにお答えすることはできません』とだけ。
有門はコーラを傾けてものすごい勢いで空にすると、ドンっとテーブルの上に置いた。
「なんなんだよ! いったい──このダンジョンはどうなってんだ!?」
有門が憤るのも自然な反応ではあった。対人戦は禁止と言われていたにも関わらず、システム上は禁止されていなかったことが明らかになったばかりなのに、他のプレイヤーの世界に侵入できるスキルに、隠されていた緊急スキル、セージというクラスの存在──。
ダンジョンが、有門が思っていた世界とは、全く違う形になって現れてきた。
「恐ろしいですね。まるで、対人戦を推奨しているかのようにも思えてきます」
冷静にこの状況に突っ込んだのは、すずだった。十二分にかき混ぜたメープル入りミルクにストローをさして一口飲む。
「ただモンスターを倒すだけなら、呪術も美歌ちゃんのクラスチェンジだって必要ない。ですが、プレイヤーが相手ならこれほど強力なスキルはないですよね。むしろ、対人戦を有利に運ぶために存在するスキルのような気がしてきます。その点については、ナビはどう思ってるの?」
『まだ明らかになっていないことはお答えできません』
「やっぱり」とぼそっと呟くと、すずは頬杖を突いた。その仕草が急に大人っぽく見えた。飲んでいるのは甘味を足したホットミルクだが。
「とにかく、私は、美歌ちゃんの話を聞いて納得しました。ようするに『お金があればなんでもできる』──それを具現化したのがこのダンジョンっていうことですよね。だったら、そのルールに則ってあのふざけた二人組を、その後ろにいるだろう糸を操るプレイヤーを倒すまでです」
空気を切るような殺伐とした笑みを浮かべると、耳を飾るピアスを触る。
「どちらが正しいお金の使い方ができるか。作戦を練る必要がありますね」