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第51話 交わるはずのない3人

 フィッティングルームに酒場、武具や服、アイテム、楽器店、教会など煉瓦造りの建物群を抜けると、ダンジョンに向かう最後の扉がそびえ立つ。


 ダンジョンに挑むプレイヤーを待ち構えるかのような重い鉄扉の前では、ダンジョンに赴く者、ダンジョンから帰ってきた者、多くのプレイヤーでごった返していた。


 以前よりも目立つのはやはり、集団ができていることだ。


「言われてみれば確かにギルドに所属するプレイヤーが多い気がする」


「? 瑠那さん、どうしてわかるんですか?」


 美歌が後ろを振り向いたことで、頭の上でご機嫌に鼻歌を歌っていたスラッグがずり落ちそうになっていた。


「ああ、みんなお揃いの何かを身につけているじゃない? あそこの集団はみんな服に白い羽根の刺繍をつけているし、あそこはお揃いのイヤリング、あそこはカラーを統一してる。なんとなく一体感がある感じかなって」


「そうだな。プレイヤーの数は多いし、日々新規プレイヤーも生まれてきているから、所属を示すシンボルが欲しくなるんだろ。逆に言うと違うシンボルを持つプレイヤーは、みんな敵だと示す効果もある。これはスラッグ。お前がいくら『対人戦は禁止』と叫んでも、意味はなさそうだな。ダンジョンが始まった最初の頃より、競争が激しくなってるぞ」


「いや~平和が一番なんですけどね~」


 そう言うとスラッグは、美歌の上でふにゃふにゃと形を崩していく。


「あっ! おい、あれ、美歌ちゃんじゃない!?」「うわっ、ホントだ! 瑠那さんも一緒に!」


 急に扉の前にざわめきが広がり、泥のような形状になっていたスラッグはむくりと起き上がった。


「ん? なんの騒ぎ?」


「ありゃ、二人のファンに気づかれたな……」


 瑠那と美歌はこちらのダンジョン世界でも有名になりつつあった。


 年末の歌番組にも出た有名アイドルユニットというだけではなく、最初のダンジョンのファーストクリアギフテッドとして名前を刻まれたことが大きい。


 それまであまりメジャーじゃなかった楽器や歌で発動する音楽魔法スキルを買い求めるプレイヤーが増えたことも、その影響を物語っている。


(もっとも、誰もが音楽魔法を使いこなせるわけじゃないことは、美歌が歌姫と呼ばれていることからも明らかだが)


「トーク会中止になってたみたいだけどよかった……」「間近で見る美歌ちゃん、めっちゃかわいいな!」「瑠那さんも負けてないですよ……美しすぎる……」「ああ~ウチのギルドに入ってくれないかな~」


「入らねぇよ」


「ん? どうしたの?」


 隣を歩く瑠那が横を向いた。爽やかな香水のかおりが鼻孔を刺激する。


 その自然なスマイルからは、ガヤガヤとした外野の声が聞こえていないのか、あえて無視しているのかまでは読み取れなかった。


「なんでもねぇよ。さっさと中に入ろうぜ!」


「そうね! さすがにこれ以上のんびりしてたら、他のプレイヤーに先を越されてしまいそう!」


 ゆるゆると鉄扉に向かって直線上に敷かれた赤い絨毯の上を進んでいく。


 いつの間にやら絨毯の横には人だかりができていて、さながら本物のレッドカーペットを歩くスターのような光景ができ上がっていた。


「あの……なんだか、たくさんの視線を感じるような……」


 ようやく事態に気がついた美歌は、その腕に抱いたアコースティックギターをぎゅっと握り締めて視線を床へとさ迷わせた。


「気にすることないよ、美歌ちゃん! ここへは楽しんできてるんだから、リラックス、リラックス!」


「そうだな。注目されるのは仕方のないことだが、ダンジョンに入ってしまえば、もう他のプレイヤーは侵入も干渉もできなくなる。そうすれば自由に冒険できるだろ?」


「そう……です、よね!」


 うん、と大きく頷くと美歌は真っ直ぐ前を見据えた。


 何度も通った鉄扉がどんどんと近づいてくる。最初に扉に入った頃とはまた違う心臓の鐘の音が、体を通って耳へと飛び込んできた。新しいダンジョン、新しい冒険、新しい一日がこの先に待っているんだ。


 ポーン、とスラッグが空を舞い、美歌の前へと降り立った。しばらく一緒にいたからか、頭が少し寂しく感じられる。


「そんな顔しないでよ、美歌! 僕はダンジョンまでの案内人! ここから先はどうしてもプレイヤーしか行けないんだから! 冒険から帰ってくるの待ってるよ!」


「……うん! じゃあ、行ってくるね! スラッグ!!」


 有門が鉄扉を押し開ける。瑠那に背を押されて中へ入ると、集まった数十人のプレイヤーの視線のなか、扉が閉ざされた。


 扉のなかは相変わらず暗闇に包まれていた。そして、巨大な2つのスクリーンが宙に浮いている。


 プレイヤーの動画とチャット欄。


 入れ替わる動画では、以前よりも強力なスキルや魔法でモンスターを倒すプレイヤーの姿が映されていた。やはり、数人の少人数ではなく、6人以上のチームが多い。


 そしてチャット欄では──。


<今、ウィスパーボイスとすれ違ったんだが>

<俺も見た。やっぱガチのアイドルは別次元で鳥肌たったわ>

<美歌ちゃん、あんなことあったけど、大丈夫なのかな?>

<瑠那様もいるし、大丈夫だよー>

<ってか、いつも一緒にいるあいつなんなの? マネージャー?>

<変な髪型だよな。マネには見えんけど>

<うらやましいな。美歌と瑠那と両手に花?>


 美歌と瑠那の話題が目に留まらない速さで流れていく。 が、なんとなくそのチャットを見たくなくて美歌はまた視線を下げた。


「ひどい言われようね。有門。髪型変だって」


 瑠那のあざけるような笑い声に美歌の顔が上がった。


「うるせぇな。好きでやってんだよ!」


「ふふっ。怒んないの。現実ではまず交わらないような関係なんだから、珍しいのはしょうがないでしょ。あっ、でも……」


<でも、この前の氷河で美歌ちゃんを守る姿はかっこよかった>


「ほら、評価してくれる人はいるのよ」


 美歌は二人の会話を聞きながらぼんやりとプレイヤーたちの戦う姿を眺めていた。

 最初はダンジョンにまるで興味がなかったのに。気がつけば毎回ダンジョンでの冒険を楽しむ自分がいた。そう、いろんな事があっても、間違いなく今を楽しんでいる。


「──確かに、現実だと交わらなかったかもしれません。だけど、ダンジョンに来たことで瑠那さん、有門さん、いろんな人に出会えたし、私は諦めていた音を奏でることができるようになったんです。ダンジョンがなければ今、こうして3人でいることもない……ですよね」


 瑠那と有門それぞれが美歌を見え微笑、そして首肯した。


「それじゃあ、今日も行くとするか」


「そうね。あんた、ちゃんと美歌ちゃんを守ってよ!」


「私もみんなを守ります!」


 3人は笑顔を浮かべると、青い扉を開けて中へと入っていく。扉が音を立てて閉まった直後、周囲の構築物が瞬く間に別の物質へと置き換わっていき、気がつけばダンジョンの中にいた。





 最初に視界に飛び込んできたのは、透き通るような澄んだ青色だった。


 アクアマリンの色によく似た青色が、人工的に造られた直線状に伸びてゆく。


 その先を目を凝らして見るも、きらびやかに光輝く青は、水平線のようにどこまでも続き、ついには境を見つけることができなかった。


 水平線と違うのは、その青が全て凍りついているということだった。


「また氷河? いえ、違うわね」


 見渡せば、分厚い氷に覆われた川の両脇を建造物が埋め尽くしていた。


 三階建ての同じ高さに揃えられた赤茶の煉瓦造りの家がずらっと建ち並ぶ。


 家の合間、合間に植えられた樹木は葉を落とし、寒さをしのぐため枯れ木となって淋しげに佇んでいる。


「綺麗……」


 誰もがそう思った。


 【エーレンフェスト市街地】。街全体が舞台となるため、今までのダンジョンとは違って、ある意味でダンジョンらしさはない。


 眩い陽光に照らされて白いベールに覆われたような早朝の街並みがそこには広がっていた。街角から、あるいは家の扉や窓から今すぐにでも住民が出てきそうな雰囲気すら漂っていた。


 白く吐く息すらも景色の一部となって輝いて見える。


「日本じゃないよね……ヨーロッパ?」


「そうだな。ヨーロッパ風の街並みだ。さすがは市街地と名前がつくだけのことはある。見渡す限りどこに向かえばいいのか、目的地も全然見えてこねぇーな。これまでの一直線のダンジョンとは違って、ややこしいぞこれは」


 有門の声がやけに近くに聞こえた。


 これだけ広い空間にも関わらず、数メートル先に壁があるように感じるほど、音が反響している。


 冷たい風に、氷面が太陽光に解ける音、木々がざわめく音──自然に発生する音だけで構成された空間は、安らかな静寂が包んでいた。


 ──だが、ここはやはりダンジョン。乱雑な足音がクレッシェンドのように大きくなり、近づいてくるのがわかる。


「じっくり考えている暇もなさそう! 美歌ちゃんに有門、モンスターが来るよ!!」


 瑠那の背からピンクの杖が引き抜かれた。

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