外へ出ると、ナビの報告通りにすでに美歌と、待ち兼ねたのか有門が入口の前で待っていた。
「ごめん、待たせた!」
「ずいぶんとゆっくりしてるじゃねぇか。中間地点も最終地点も全部ボーナス取られてしまうぜ」
「焦ってもしょうがないじゃない。どうせ新たなモンスターだって待ち構えてるんだから、そこを乗り越えられないと進めない。その点、私たちなら余裕で蹴散らすことができるから大丈夫」
有門はわざとらしく息を吐くと、額に手を当てて首を大きく横に振った。嫌味たっぷりなのだがなぜか様になるのが不思議に思える。
「なに? あんた、自信ないの?」
「お前こそ、その自信はどこからきてんだよ。いいか、状況は次々に変わってるんだ、今こうしている間にも──」
ポーン、と何かが有門のソース顔に覆い被さり、無理矢理に言葉を封じ込めた。その見ようによっては美術品にも見えなくはない半透明のゼリー状の物体は、ぬるりと煉瓦が敷き詰められた地面に敷かれたレッドカーペットの上へと落ちてゆく。その物体の名を美歌が叫んだ。
「スラッグ!!」
スラッグと呼ばれたゼリー状のどう見てもモンスターにしか見えない物体は、嬉しそうに一回転すると、美歌の頭の上へ着地した。
「改めて! 挨拶するよ! 僕の名前はスラッグ! 悪いスラ──」
「悪いスライムじゃないんでしょ。知ってるわよ、もう。あんたは毎回毎回話の腰を折って……この前『悪いスライム』に放ったように3連続魔法をお見舞いしてあげようか?」
悪戯な笑みが浮かぶ。突き出した杖を見て、スラッグはおののくように体を小刻みに震わせた。
「いやー!! ダメ、やめて! 何回も言っているけど対人戦は禁止なんだよ!」
「対人戦は禁止って。そんなルール、この前からもう破られてんだろ」
有門も背中の剣を抜き取ると、白金の切っ先をスラッグ目掛けて構える。
「いや、ちょ、ちょちょちょっと!!!!」
「そうよ、あんたのせいで油断してひどい目にあったんだから!!」
魔法をいつでも放つことができるように、杖を構えたままにじり寄る瑠那の悪戯っぽい顔を見て、本人曰く「悪くない」スライムのぶよぶよした体がぷるぷる震えた。
見た目は可愛いが、本人は必死なのだろう。震えながらその真ん丸とした瞳をつぶった。両手があればきっと恐怖のあまり顔を覆ってしまったに違いない。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 僕は止める役目なんだ! ルールに縛られてるだけ! 対人戦ができるようになってるなんて知らなかったんだ!!」
「知らなかったで、すまされるわけ──」
「ないわよ!!」
有門と瑠那は珍しく口を揃えると、それぞれの得物を上段高くに振り上げる。
「ぎゃあああああ!! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……………………えっ?」
スラッグが恐る恐る目を開いたタイミングで二人の笑い声が弾ける。きょとんとしたままで何が起こったかわかっていない様子の半透明のスライムに対して、下にいた美歌が笑みを溢した。
「ふふっ。だまされたんだよ、スラッグは。瑠那さんも有門さんも攻撃するわけないよ。スラッグの下には私がいるんだしさ」
「えっ!? ということはですよ、つまり、からかわれたっていうだけ?」
「そう、ただのイタズラだよ。瑠那さんも、やり過ぎですよ!」
瑠那は舌を出してにへらと笑うと、引き抜いた杖を背に戻した。
「ごめん、ごめん、久しぶりだったから、からかいたくなって! ……でも、本当に対人戦は勘弁してほしいわ」
「同感だ。あれがゲームじゃなかったら今頃美歌は死んでいたかもしれねぇーんだからな!」
それは氷河での戦いだった。松嶋すずチームと金木瑠那チームでの争いのその舞台で、敵方はルールの穴を利用して直接プレイヤーに攻撃を仕掛ける対人戦を取った。
この謎の物体スラッグから散々「対人戦は禁止だよ!」と口酸っぱく言われていたために、この戦いで三人は罠にはめられる格好になってしまったのだ。
「いや~ホントに、その節は申し訳ないとしか……で、でもほら対人戦は邪道なんだよ! だって、基本的にこのゲームは『マネーダンジョン』! モンスターを倒して現実の貨幣と交換可能なエレクトロンを集めて、一攫千金を狙おうっていうゲームなんだからさ! プレイヤーに攻撃をするなんて普通は想定しないよね!!」
屈んだり、飛び跳ねたり、揺れたりと忙しそうに体を動かしながら話すスラッグは、話すことに夢中になりすぎて有門の接近に気がつかなかった。
「お前、何言ってんだ!!」
「ぎゃあああああ!!」
急に目の前に現れた顔面に驚きの声を上げてスラッグの目がくるくると回った。有門は躊躇することなくその頬をびよーんと伸ばす。
「いひゃひゃひゃひゃ!!」
「落ち着けよ。いいか、あの戦いで、対人戦がルール上は認められていることがわかったんだ。それを利用するプレイヤーが続出したのはお前も知ってるだろ?」
「ひゃ、ひゃい! ひょれでぎるろができしゃんです!!」
「なに言っているかわかんねーよ」
パッと離すと、頬に当たる部分が何度か伸縮を繰り返して元の位置に戻った。
「だから、【ギルド】です!」
「ぎ、る、ど?」
「そうです! 英語で言うとGuild!!」
ボーンと、はてなマークが浮かんでいる美歌の頭の上でスラッグは得意満面で大きく跳ねた。
「同じ志を持つギフテッド同士が集まり、ダンジョンに挑む一つの組織体をつくる! それがギルド!!」
「えっと……」
「つまり、ダンジョンをクリアしたい、お金を集めたい、モンスターの素材を集めたい、単純にゲームを楽しみたい、というように同じ目的を共有して、その目的を達成するために作られる組織のことだ。オレらみたいな仲間とはまた違う、ルールと秩序を取り決めた組織」
「うーん、わかったような、わからないような……」
パンッと手を叩くと、まだ呑み込めない様子の美歌に瑠那が笑顔を向けた。
「つまり、『浦高』みたいなもの! センターのすずちゃんを中心に、彼女らはファンのみんなにありていに言えば夢や希望──『願えば、叶う』の想いを伝えようとしているじゃない?」
「そっか。浦高は、そうですよね。ファンのみんなに笑顔になってもらうために、一人ひとりのメンバーがみんなで協力してアイドルとして活動している。だから、ギルドも、その、みんなで協力しあって何かをしようとしているっていうことですか?」
「そう、それがギルド!!」
またまた頭の上でスライムが跳ね上がった。
「そうした悪質プレイヤーに対抗するために、みなさんギルドに所属してダンジョンに潜っているんです! だから、大丈夫です!!」
「いやいや、そういう問題じゃねーだろ。運営がそもそも対人戦ができないようなシステムにしてくれりゃいいんだ。ギルドができたせいでダンジョン攻略が難しくなっちまったんだし」
「あーそれで焦ってるのか。ギルドを組んでいる方がお金も含めて扱えるモノが大きいし、ダンジョンに合わせて効率的に
瑠那は、髪の毛を耳に掛けると不敵な笑みを浮かべた。
「私達は強い。それにお金だけならいっぱい持っているから、武器もスキルも選び放題!」
大きく溜め息が吐き出される。有門は降参、とでも言うように両手を上げた。
「わかった。まっ、こっちには『マルチソーサリー』に『ダブルウィッチ』の二つ名を持つ金木瑠那に、歌姫・齋藤美歌がいるからな。なんとかなるだろ」
「よーし、それじゃあ、今日も冒険に行ってみよう!!」
半透明の青色が一段高く飛び上がった。