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第49話 アイドルの悩み

「えっ、だ、大丈夫なの? 美歌ちゃん?」


「大丈夫です! 元気出てきました! それに時間がもったいない、早くしないとダンジョンの時間が終わっちゃう!」


 0時に開かれるダンジョンは、一定時間が過ぎると来たときと同じように現実の世界へ転送される仕組みになっていた。そのダンジョンの時間は日に日に増えてはいくが、必ず終わりピリオドがある。


「けど、今の今までずっと意識がなかったんだよ? ダンジョンのこの時間くらいはゆっくり休んだ方が──」


「逆ですよ、瑠那さん! ダンジョンでいくら過ごしても、現実の世界では変わらず0時のまま。それにダンジョンでいくら疲れても戻ったら消えてしまう。それよりも、私は今ダンジョンを楽しみたいんです!」


 美歌の目が別人のように輝いていた。ライブ中に見せるようなとびきりの笑顔が、瑠那の目を引き付ける。


「美歌ちゃん、なんでそんなに? 確かに前のダンジョンのときも楽しんではいたけれど、どっちかっていうと戦ったりするの苦手だったよね?」


「戦いは苦手です。前の、氷河のときみたいに他のプレイヤーの人と戦うのは特に。だけど、ここだと自由でいられる! 瑠那さんと有門さんと一緒に冒険すれば、アイドルとか勉強とか一瞬でも忘れられるっていうか。いえ、アイドルのこの仕事はもちろん好きなんですけど、えっと──」


「つまり、息抜きになるんだろ?」


 助け船を出したのは、腕を組んだまま二人の会話を見守っていた有門だった。大きな口を横に引くと、椅子から立ち上がる。


「行こうぜ! ストレス解消になるならいいじゃねえか!」


「うん! お願いします、瑠那さん! 1ヶ月に一回しかないんですから、瑠那さんの魔法も見たいし!」


「う~ん。まあ、美歌ちゃんが大丈夫ならいいんだけど。仕事のこと忘れる時間も大事かもしれないし」


 眉根を潜ませながらも立ち上がると、瑠那の細長い手が美歌の手をつかんだ。見上げた先にいつもの笑顔がある。


「じゃあ、行こっか。まずはフィッティングルームで着替えなきゃね!」





 全身毛むくじゃらのウェアウルフこと、酒場のマスター・ウルフガイと酒場に集まっていた他のプレイヤーにお礼を述べると、瑠那は美歌の背を押してフィッティングルームへとやって来た。


 酒場と同じぐらいのその部屋には、ダンジョンのみで使用可能な武具や服、各種アイテムなどのうち、アプリで出し入れできないものが収納されている。


 入った瞬間にプレイヤーを認識し、それぞれの部屋へと飛ばされる仕組みになっており、部屋の内装や構造も含めて一人一人に合わせて自由に構築することができる。


 瑠那の部屋は、壁も床も天井も全てがパステルピンクで統一されていた。リビングは天井から吊るした北欧風の白熱灯が柔らかく照らし、くつろげるような空間に。


 大型のクローゼットを置いた奥の個室には、影も映さないほどにまばゆい蛍光灯を全面に配置してファッションのチェックができるようにしていた。


 着替える前にリビングの真ん中に置いた黒革のソファへとなだれ込むように横になり、目を閉じる。瑠那の思考を察知してデニムのポケットに入れていたエレクトフォンが振動した。


 うーん、といかにもめんどくさいと言いたそうな唸り声を出して、ポケットからピンク色のエレクトフォンを取り出す。


 乱れた金色の髪の毛を分けながら見た画面には、『飲み物をお出ししますか?』という文字が。


 瑠那は適当に温かいハーブティーを頼むと、エレクトフォンを近くのテーブルへ置いて再び仰向けになって目をつむる。考えることは、もちろん美歌のことだ。


(たしかに大変な一日だったよね……)


 簡易的なパーテーションとはいえ、レーンに仕切りはしていたし、目の前のファンに集中していたから正確に何を言われていたかはわからなかった。


 それでも、ひどい言葉を投げつけられたことくらいは容易に想像できる。『暴言』というやつだ。言っている本人はどれだけひどいことを言っているのか自覚していないのかもしれないが、言葉は時に刃よりも深い傷をつけることがある。心に。体の傷はいずれ癒えるかもしれないが、心の傷は癒えないこともある。今まで一緒にやってきたアイドルがどれだけ、ファンやアンチからの心ない暴言で心をえぐられてきたか。


(私だって──)


 ハーフ顔。かわいくない。生意気そう。偉そう。目立ちすぎ──いろんな言葉を受けてきた。


 本人はコミュニケーションのつもりで言っているのかもしれないし、純粋にほめているのかもしれないが、説教めいたことや性的な言葉もぶつけられた。その度に傷ついたし、泣いたし、愚痴もたくさん言ってきた。


(それなのに、美歌ちゃん。本当にもう大丈夫なの?)


『ローズヒップティーができました』


 ナビの声に身を起こすと、透明なガラス製のテーブルの上にカップが置かれていた。澄んだ赤色が疲れた目に嬉しい。


「ありがとう」


 両手で包み込むようにカップを持って口へと運んでいく。


 メイドが淹れてくれたようなちょうどいい温度。甘酸っぱい香りが、気持ちまでスッキリとさせてくれた。


 くるくるくるくると赤色が踊る。それを何ともなしに見ていて、連想されるものがあった。


「……そうだ!」


 また主人である瑠那の心を読んだように、ナビは勝手にメッセージアプリを起動した。


 情報端末なので今までその機能がなかったのが不思議なのだが、前回の1月のダンジョンでアップデートされた新機能だった。


 現実のアプリと同じように登録すればダンジョン内のどこにいても連絡を取り合うことができる。


 エレクトフォンの画面に表示されていたのは『松嶋すず』。瑠那や美歌たちと同じくアイドルとして活躍する彼女なら、もしかしたら美歌の本当の気持ちを聴くことができるかもしれない。美歌と同い年で同じようにアイドルとして悩みを抱えている彼女なら。


(……利用しているみたいだけど、いいよね? すずちゃんも美歌ちゃんと話したいって言っていたし。もし、美歌ちゃんが本当に何も思っていないならそれでいいし。でも──)


 瑠那はメッセージ画面を開いてはたと気がついた。


 自分がひどく焦っているということに。パートナーとして心配する気持ちがあるのは当然とはいえ、心配しすぎなんじゃないか。過保護すぎるんじゃないか。嫌がられるんじゃないか、とネガティブな妄想が次々と膨らんでいく。


『瑠那様。時間がありません。美歌様はすでに準備を整えたようです』


「!! あ、うん。わかった!」


 ナビの冷静な声に我に返ると、頭の中を満たした妄想を振り切りすずへとメッセージを送る。


 ローズヒップティーを口に含むと急いで立ち上がり、エレクトフォンを片手に持ったまま奥の部屋へと向かった。


『今回はどのダンジョンに?』


「まだ決めてないけど、新しく出現した4つ目のダンジョンへ向かうんじゃないかな? 結局前の氷河のダンジョンは他のプレイヤーに攻略されてしまったしね」


『そうなると向かう先はエーレンフェスト市街地。サードダンジョンに引き続き一つの街が丸ごとダンジョンとなる、広大なダンジョンですね』


「ええ」


 だとすると、やはり有門が着ていたように冬用の格好をしていった方がいいか。ダンジョンの名前からはどんな気候なのかわかりはしない。


 両開きのクローゼットを開けると、目当ての衣装を探す。


 さすがにファッションは自分で選びたいということがわかっているのか、ナビは何も口出しすることはなかった。


 やはり、パステルピンクのコートへと手が伸びる。10万エレクトロンのコートを手に取ると、ニットはそのままに丈の長めのデニムを選ぶ。帽子は悩んだ末に風で飛んでいく可能性を考えて被らないことに決めた。


 用意した服装に身を包み、背中までかかる長い髪の毛を後ろでまとめれば完成だ。前髪をセンターパートに分けると、気合い十分の自分が、綺麗に磨かれた鏡に映っていた。


「よし、行こう!」


 意味があるのかはわからないが、日焼け止めスプレーを顔と髪に振り掛けた瑠那は、壁に立て掛けたピンク色の杖をつかんで足早に部屋の外へと出ていった。

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