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第45話 Voice up!

(いや、責任ってこういうことかよ)


 有門は会場ホールのてっぺんの手すりに体重を乗せると、ぼんやりときらびやかに彩られるステージを見ていた。


 大勢に認知されたアーティスト、バンド、歌手、アイドルが、歌い、踊り、演奏し、会場の拍手が鳴り止むことなく送られた。


 時折挟まれる巨大スクリーンの映像に涙し、あるいは笑い、一年の最後を一夜限りの特別な舞台とともに過ごしている。


 だが、それを全て見下ろせるこの場所からは、あまりにもそのステージは遠すぎた。映画のスクリーンを観ているのとなんら変わらない気持ちになる。


(映画自体、いつぶりかって感じだけどな)


 テレビでしか見ることのなかったアーティストの曲が終わり、司会の3人がステージの袖から姿を現す。


 有門は組んでいた腕をほどいて手すりの上で頬杖をついた。胸に掛けたスタッフ証がちらりと見えた。


 美歌のマネージャーの空閑葵から言い渡されたのは、会場スタッフとしてステージを見ること──つまりは観客としてステージを見ていろということだった。


 そんな裏取引のようなことをして本当に大丈夫かといぶかしむが、そもそも善意でこんな場を用意されても居心地が悪いだけだった。


(予定では今頃──いつものネカフェの小さなテレビで、この様子を見ていたはずなんだけど、な)


 情けない限りだが、あっちの方が随分と気楽に居られる。


 有門の妹からは「今年の年末年始はどうするの?」と連絡が来ていたのだが、いろんな意味で今年もまた帰れそうにない、と有門は苦笑した。


 ふと、視線を隣にいる同じ状況に巻き込まれた車田へと向けた。


(こいつもオレと同じように居心地悪さを感じているのか?)


「……なにか言いたいのか?」


 車田はステージを注視したままぼそっと呟いた。


 細身のライトブルーのパンツにクルーネックのオフホワイトニットを合わせ、ネイビーのシンプルなジャケットでまとめる。


 気に食わない表情しか見ていなかったが、よくよく見れば、シュッとした端正な容姿をしていることに気がつく。瑠那にも「チャラそう」と言われた自分とは、真逆の雰囲気を醸し出していた。


「いや、お前もよくここにいるなと思って。断ってもよかったんじゃないのか?」


 相変わらず関わるなと言わんばかりの厳しい一重の目が瞬く。


「美歌には本当に悪いことをしたんだ。それに、さっきは俺ばかり話して、美歌の声を聴いてないと思って。せめてもう一度、歌っている声が聴けるなら……。あの戦いのときは、しっかり耳を傾けていなかったから」


「ふーん。……お前、好きになるなよ?」


「……何を言っている?」


 番組開始以来、ステージから動くことのなかった顔が初めて隣を向いた。読み取れなかった感情がほんの少しだけ露になる。


「っていやいや、まさか図星かよ。まだ15歳だし、それもアイドルだぜ?」


「違う、そんなんじゃない! ……だが、美歌は純粋過ぎる。俺の話をあんなふうに聴いてくれる人は、誰一人いなかった」


「……そうだよな──」


(あの戦いのとき、オレも瑠那も話を聞くことなんて考えてなかった。ただ相手を『敵』とだけ認識し、勝つために容赦なく攻撃をしていた。美歌だけが──)


 美歌だけが、最後まで諦めなかったんだ。


「──美歌は、いつでも真っ直ぐだ。真っ直ぐにぶつかって、壁にぶち当たっても真っ直ぐに乗り越えようとする。だからこそ、車田。お前の話も真っ直ぐに受け止めることができたんだと思う」


 だけど、それは諸刃の剣のように危険な面も持ち合わせている。純粋に真っ直ぐにひた進めるほど、この世の中は上手くできていないんだ。きっと。


「……まあ、純粋だけに危ないんだけどな。誰かが隣にいてやらないとって思ってしまう」


「だからお前がいるんだろう? それに金木瑠那も」


「ああ、そう……なんだよな。気がつけばこう一緒にいてやらないと──って、いやいや美歌は妹みたいなもんだぜ。オレの妹も足が悪いからさ」


「俺は何も言ってないが──お前」


 一際大きな歓声と拍手が二人の会話を邪魔した。


 ──ホール中の割れんばかりの拍手に誘われるように、二人の姿がステージに現れる。


 トップアイドルの名をほしいままにしている金木瑠那と、彼女が手を携えて横に並ぶ話題のアイドルの齋藤美歌。


 美歌が涙ながらに告白したあのライブの衣装とは打ってかわって、透き通るような夏の空を連想させる青と白のゆったりとしたワンピース風の衣装が、ライトアップされた二人の姿を映えさせる。


 司会の女性が二人に笑顔を向けて、聞き取りやすい声で曲の紹介を始めた。


 ステージに巡らされた何台ものカメラが動き回る。


 美歌はどうしてもこの光景にまだ慣れることができないでいた。


「それでは──」


 始まる。うなずき合うと瑠那が所定の位置に離れていく。急激に心がきゅうっと細くしぼんでいくよう。


「お願いします──」


 鼻から大きく息を吸い、小さな口から吐き出す。耳にかかった髪をかきあげ、音に集中する。歓声に拍手。忙しく動き回るカメラマンの足音。瑠那の息遣い。自分の中の鼓動。


「ウィスパーボイスで、『Voice up!』!!」


 風のように軽やかなピアノがはしった。短い前奏のあと、二人の声が重なり、ギターを掻き鳴らす。アップテンポ。とにかくみんなの耳に残るように、みんなと声を上げられるようにと、底抜けに明るい曲にしようと決めたこのデビュー曲は、ウィスパーボイスの代名詞となって二人の元を離れて多くの人が口ずさんでくれた。


 今も、会場の観客やゲスト、司会が拍手や身振り手振りを交えながら共に歌ってくれる。


 爽快感に浸りながら声を弦を弾かせる。曲を創っているのは自分たちのはずなのに、誰かが演奏しているような錯覚すら覚える。演奏しているのではなく、させられている。みんなと一緒に今、ここだけの新しい音を創っている、そんな不思議な現象にも襲われた。


 瑠那の声が止み、ドラムもベースもピアノの音も止んだ。ギターだけのソロパート。ラストのサビに向けて一度フラットに自身を見つめ、再び盛り上げていく重要なパート。そこに突入する直前の静寂で、目を閉じて今一度耳を澄ませる。


 歓声も拍手も消え、その一点はただ胸の鼓動だけが鳴り響く。マイクに拾われないようにそっと息を吸った。ギターの代わりに息継ぎするように。


 大人しいたった一音が尾を引くようにホールを包み込んでいった。


 その一音が空気と交わり、消えていくまで全部の音が静寂の中に置かれた。そして、大きく息を吐き出し、冬眠からさめた芽が息吹くように音を構築していく──。


 瞳を開くと、全ての音が戻る。今回は特別だ。掛け上がる旋律に合わせるようにステージ裏から松嶋すずを中心に浦高メンバーが現れた。盛大な拍手。飛び交う歓声。それらの一つ一つの音に応えるかのように、美歌は声を思いっ切り張り上げた。


 続いて鳴るのは瑠那の音、すずの音、浦高メンバーの音。重なり合うハーモニーが練り上げられた会場の熱気とももにクライマックスへと突き進む。


 美歌は顔を上げた。会場を見渡すように。はらはらと零れたのは、音の粒とともにキラキラと弾け飛ぶのは、きっと心の叫び。


 最後のピアノの一音が鳴り止む。一瞬の間を置いて拍手が沸き上がった。


 ──泣き止まない美歌の背を押して去っていく二人の姿を万感の拍手で送り出していたのは、車田もまた同じだった。


 雨降りの窓のように濡れたその光景が次へと進むまで、奥底から浮かび上がる感情を閉じ込めるのをやめた。


 ──多色の音は連なり、一つとなる。次の終止符が打たれるまで。おそらくきっと、一つ一つの次の音が始まるまで。

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