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第41話 選ばれなかった者

 有無を言わさず攻撃が始まる。


 前方の二つの『島』で有門が車田と、瑠那がすずとそれぞれ剣と魔法の応酬を始めた。不意打ちにも近いそのやり方に苦戦を強いられる二人の様子が美歌の瞳に映る。


「よそ見をしている余裕があるのですか?」


 上から問う声を見ると小刀の切っ先が自身に向けられていた。脅しでもはったりでもなく、ためらうことなくその刃物で刺してくる──そんな威圧感が感じられる。


 美歌は、かじかんだ手をようやく動かし、ギターの弦に指先を添えた。


「怖いですか? 私が。さきほど明らかに怖がっていましたが。しかし、本当に怖いのはこのシステムですよ。他のプレイヤーを潰すことのできるルールをあえて残している。私はただその弱点を見抜いて実行しているだけ。それが勝利に向けて確実だからです。こうやっておしゃべりをしている間にも、ほら──」


 振り下ろした有門の剣は呆気なく返されて、車田の追撃がその頬をかすめていた。ピッと、赤い血が空中に舞う。


「事態は進展しています。今、あなたはためらっている、恐れている。どうしたらいいのか困惑している。私がおしゃべりしているこの間に、弦を弾けばいいものを。あなたを助けてくれる者は、今、この場にいないんです」


「やめて、やめてください!」


 意を決して声を張り上げた。恐怖で声が震えていたとしても、この戦いをやめさせなければいけないことだけは美歌のなかではハッキリしていた。


「こんな傷つけ合う戦い……違う。違うよ。私はただ──」


スローイングナイフ白刃投げ


 ヒュっと風が起こり何かが目の端を通り抜けていった。その何かをハッキリと認識したとき、息が止まってしまうくらいに動悸が激しくなった。


「外れたわけじゃないことくらいわかっていますよね。私はこれでも中級クラスの【エージェント】です。動かない的にナイフを投げるなんて造作もないこと。しかし、齊藤さん、今のあなたは何ができるんですか?」


「……私は──」


「ギターを弾くこと、あとは歌うこと、それだけですよね。確かに素晴らしい技術ですし、音楽魔法は強力です。だけど、この場合それを活かすことはできますか?」


 追い詰めるように言葉をばらまきながら、一歩一歩、その男は美歌へと近づいていく。距離が一歩ずつ縮まるたびに、心臓を鷲掴みされるような恐怖と動揺が、美歌を揺さぶった。


「全く活かすことができていない。そのタイヤにしても、滑ることは予想できなかったんですか? 滑っても誰かが助けてくれるとでも? ですが、そのせいで有門さんはずぶ濡れになったんですよ。お金はたくさんあるのに、あなたはそれを活かしきれていない。だから、こんな目に遭っているわけです。私はあなたに特段個人的な関心はありませんが、そんな弱々しい人間の声を、誰が聞くと思いますか? あなたが思っているほど、このダンジョン世界、甘くないですよ」


 凶刃が頭上高く掲げられた。降り注ぐ太陽が抜き身の小刀を眩く光らせる。その尖端が、大きく見開かれた瞳の中へ吸い込まれるように振り下ろされた。


『マルラピダ!!』『ラピダ!!』


 減速と加速、真逆の効果を持つ二つの魔法が同時に詠唱された。一方は瑠那の口から、もう一方は有門の口から。


 その魔法の効果により、振り下ろされた小刀の動きが遅くなり、美歌の動きが加速する。叫びに似た詠唱に我に返った美歌が後ろへと車椅子を移動させる。その直後。


「きゃああああああ!!」


 耳をつんざくような金切り声が美歌の鼓膜を震わせた。 





「瑠那さん。敵に背中を見せてどうするんですか?」


 すずの放った矢は正確に瑠那の背を突き刺していた。超高熱の矢が厚手のコートを突き破り、皮膚を焦がした。


「くっ! ぐっ……『アクヴォ』!!」


 咄嗟に水の塊を自身の背にぶつけるものの、今まで味わったことのない痛みと衝撃に身体は勝手に倒れていく。


「流石ですね。水の魔法で私の火を消しましたか、でも」


 赤いピアスを揺らしてすぐに弓を構える。つがえた矢はすでに燃える焔の色を灯しており、一瞬の間のあと、甲高い鳥類の鳴声のように、鋭い音が射出された。


『アクヴォ!』


 痛みに耐えながら上体を起こすと同時に青色の球体を呼び出す。それは鉄砲水のように杖から飛び出し、風を切って向かってくる矢を蒸発させた。


「いいですね! でも、まだまだ!!」


「!! 『アクヴォアティアラ!』」


 赤い矢が連続で射出される。それを全て打ち消すためには、下級水魔法では間に合わないと感覚的に判断し、瑠那は中級水魔法の『アクヴォアティアラ』を採用した。


 滝のような水流が渦を巻いて現出し、矢ごと射手目掛けてストレートに突き進む。


 すずは横に跳んでなんなく水流をかわすと、再び弓に矢をたずさえた。


「さすがです! 瑠那さん! また続けていきますよ!!」


 ──おかしい。嬉しそうにはしゃいだ声が耳障りに聞こえた。少なくともゲーム上は、命がけで戦っているはずなのに、なんでそんなに楽しそうなのか。


(戦闘狂? いや、すずはそんな子じゃなかった。あの卒業生が集まった浦高の収録のときだって──)


『私、瑠那さんを尊敬しているんです! 本当に大好きなんです!! 瑠那さんみたいになるのが私の夢です!!』


(楽屋でそう言ってくれた。あの目にあの笑顔にあの声に、嘘はなかったはず。なのに──)


 嬉々として自分に矢を放つその姿には、そのときの面影は微塵も重ならなかった。


(ともかく。まずは美歌ちゃんを助けるのが先!)


「アクヴォアティアラ!」


 そして。


「ヴェント!!」


 水の渦で飛び掛かる矢から身を守ると同時に、風の刃で攻撃を試みる。さきほどと同じように横へと逃げるが、さらにそこへもう一つ魔法を叩き込んだ。


「ファジュログローブ!!!」


 逃げた先へ、松嶋と同じ火属性上級魔法の熱線を撃った。矢よりは数段劣る速さではあるが、戦いのリズムを崩したすずの元へは一直線で届いた。


 狙いは、体ではなくその耳にぶら下がっている赤いハート型のピアスだ。


 瑠那の狙い通り、ピアスのみが撃ち抜かれて氷の上へと落ちていった。生まれたその隙に後ろを振り向く。


「マルラピダ!」


 もう一度離れた黒フードの男を遅くして、美歌を逃がす。


 だが、いつまでもそれが続くわけではないことはわかっていた。いずれ早いうちに追いつかれ手に持つナイフで美歌は刺されてしまう。


 それがわかっているからこそ、あの男も余裕を持っているのだから。


(と、すれば誰かが美歌ちゃんの氷河に乗り移って守るしかない)


「瑠那さん、どこ見てるんですか?」


 瑠那は、薄っすらと怒りの色が見える声に反応して、振り向きざまに水の魔法を放出した。予想通り、燃ゆる矢が飛び込み鎮火される。


(楽しそうにしていたと思ったら急に怒って、いったいどうなってんの!?)


「瑠那さん、何か言ってくださいよ。ずっと黙ったままじゃ悲しいじゃないですか」


「あなたと話している暇はない! 今すぐ美歌ちゃんを助けないといけないんだから!」


「……美歌、美歌って、そんなに大事ですか、あの子が?」


 急に弓を持つ腕が下がった。


(なに、どうしたの!?)


 そのまましゃがみ込むと、氷の上に落ちたピアスを大事そうに拾い上げて真っ赤なチェスターコートのポケットにしまい込む。


「私、前に言いましたよね。『瑠那さんみたいになりたいって』。それなのに、どうして私を選んでくれなかったんですか?」


 突拍子もない質問。だが、いつでも魔法を放てるよう杖を構えたままに返事をする。


「だからそれは、美歌ちゃんがいいって思ったから。美歌ちゃんの奏でるギターの音色で踊りたいって思ったから──それにあなただってまだ15歳で1年生でしょ? 浦高はあと2年も──」


「違いますよ! もう2年しか残されていないんです! 2年です! たった2年で何ができるんですか!? あと2年でもっと、瑠那さんみたいな輝きを残さないと、私は芸能界あの世界じゃ生きていけないんです! それなのに、それなのに!!」


「待って! 落ち着いて! それはこの戦いと直接関係ないことじゃない!」


「関係大ありですよ!! このダンジョンがなければ、瑠那さんはあの子と出会うはずがなかった! 今頃はきっと私が瑠那さんに選ばれて一緒にステージに立っていたはずです!」


 全身を震わせるように大声を上げると、すずは大きく首を左右に振った。大きめなリボンで結んだツインテールが激しく揺れて、重力に負けたように下を向いた。


「……すみません。私、こういうキャラじゃないのに……。瑠那さん、私、今強いですよね? あの子みたいにお金を大量に使って音楽魔法の習得は難しかったですが、足りないお金をどう使うか考えたんですよ。頑張ってお金を貯めて、浦高の仕事で得たお金もエレクトロンに替えて、ようやくここまで強くなれたんです。今の私なら、あの子にも勝てます。そうですよね? だから──」


「マルラピダ!!」


 すずが顔を上げたとき、瑠那は美歌を助けるために魔法を詠唱していた。


「……こっちを向いてください……こっちを……こっちを向けぇ!!!!」


 素早く弓を引き絞り、連続で放たれた矢が瑠那の体を貫いた。


(……うっ……)


 ぐらりと瑠那の視界が歪み、全身の力が抜けていく。硬い氷の床に頭から倒れる直前、瑠那は心の中で強く願った。


(あとは任せたから! 有門!!)

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