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第33話 諦めと前進

リポスト切り返し』『フレッシュ刺突


 切り返しからの剣を水平に構えての突撃で、有門は一気に間合いを詰めた。


(あとは──)


 後ろへ跳んで、振り下ろされた鈍色の大鉈の直撃をかわすと、雨の中を縫うように敵の真横へ滑り込む。すれ違い様に弧を描くように剣を振るった。


『秘技・スリード・レイン』


 流れるような斬撃。これまでのモンスターならばとっくに体を切り裂いていたはずだが、人間のように武器を扱うこの怪物は有門の三連撃を全て弾き返した。


(やっぱり簡単にはいかない、か)


 足先に力を入れて体にブレーキをかけると、すぐに反転する。が、眼前を青、赤、黄――色とりどりの何かが塞いだ。


(邪魔だ! なんだこいつは!)


「ヴェント!」


 快活な瑠那の声が風の塊を生み、空気もろともゼリーのように弾力のあるその体を引き裂いた。


「有門はじっとしてて! 美歌ちゃんは、スライムに驚いてないで演奏を!」


「あっ……はい!」


 有門の顔にまとわりついてきた物体は、それぞれが鮮やかな色を持つスライムの群れだった。単体ではたいしたことのない相手でも複数重なれば、障害物にはなりえる。


「ふ~ん。あんたたちは『悪いスライムじゃないよ』とは、言わないのね」


 ポンポンとうるさく跳ね上がるスライムを一瞥して不敵な笑みを浮かべると、瑠那は杖をくるっと一回転させて対象へと向ける。


「ファジェロ! アクヴォ!! トンドロ!!!」


 美歌の軽やかなギターのメロディをバックに、ライブのコール並みの勢いで瑠那の詠唱が連発された。多彩なスライムに対抗するように空気が赤、青、黄に色づき、混ざり合い、連なるグラデーションを創り上げる。その帯はスライムを燃焼、破裂、爆発させ、ことごとく消滅させていく。


 最後の一体がぼとっと地面へと堕ちると、すかさず有門は剣を掲げて上半身だけ人間の姿態をしたモンスター目掛けて飛び上がる。


(基本技は【リポスト切り返し】に【フレッシュ刺突】と合わせて三つ。やっと手に入れたこのスキル。ここで試してやる)


 軽やかな風の音色に合わせて剣を両手で握り締め、滑空する。その動作からナビが一つの技の名を導き出した。


ボンナバンジャンプ斬り


 上空から叩き込まれた強烈な一撃は、敵のガードした大鉈を弾き飛ばし、蛇のようなその腕を綺麗に切断した。


(まだまだ!)


 続き、体の動くままに追撃する。基本技はどの武器を扱おうが三つしかない。しかし、その組み合わせによって生まれる【秘技】は、プレイヤーの力量やセンスによって理論上は・・・・無限に【創る】ことができる。


 よろけた敵に目掛けて突進。もう一つの武器で捌かれるものの、怯むことなく切り返しを狙った。


フレッシュ刺突』『リポスト切り返し』──『秘技・レイン・エクスポージャ』


 上段、中段、下段へ瞬く間に剣閃が走り、その肢体が吹き飛ばされていく。


「有門! 美歌ちゃんの魔法演奏が始まる! 道を開けて!!」


 柔らかな、それでいて力強い気ままな旋律が弾かれた。


 アルペジオの余韻が残るなか、自由を欲するものが空を自在に飛翔する鳥類に焦がれるように、6本の弦が強く掻き鳴らされる。それによって生じた現象は次第に速度を増して──宙を飛んだ。


「行き、ます!」


 開けた視界に風が巻き起こる。瑠那の放った風よりも強大で広範囲に広がる強風は、魔法の範囲に入り込んだ全てのモノにまとわりつき、空中へと浮かび上がらせる。


 蛇もスライムも、地盤や頭上を覆う岩盤ですら上下左右から吹き付ける風に抗うことすらできずに、荒れ狂う演奏に踊らされる。場は、完全に五線譜に支配されていた。


 激しく、苛烈にギターは掻き鳴らされる。始まりとは打って変わって嵐を連想させる荒い音の運びは、フィナーレへと向かってさらに速度を上げていく。


 ピシピシッと亀裂が入る。かごに閉じ込められた鳥がその檻を壊すように。天の光を求めるように。無数の音の粒が結び付き、圧縮された空気が最後の一音とともに弾け飛んだ。


 硬い岩盤に小さな穴が開き、全てのモノが外へと排出されていく。


 美歌が弦から手を離したあとには、暗闇の中へ一筋の日照りが降り注ぐだけだった。


 一人分の拍手が沸き起こる。


「やっぱりスゴいよ! 美歌ちゃん今のは!?」


「【ルフティヒ】です! 事前にみんなでスケールさんのところへ行ったときに買った新曲!」


 深く息を吐くと、美歌ははにかむように笑った。


「新曲! 最高!! あの曲調がガラッと変わるところとか──」


 瑠那は何事か話ながら車椅子へ駆け寄ると美歌の両手を恋人繋ぎのように握って持ち上げる。どうやらテンションが急に上がったようだった。


(……いやいや、今のは、はしゃげるような威力じゃないだろ)


 柄を握ったままの手が異様なまでに汗で濡れていた。多数いたモンスターは全て洞窟の外へと放り出されてしまった。あれがモンスターだったからよかったものの、もし自分が対象にされていたら──と、想像するだけで恐ろしい。しかも、あれでゲームのルールをほとんど理解していないのだ。


(瑠那も瑠那だ)


 こっちはルールを熟知している上で選択した魔法の使い方が上手すぎる。相手が弱いスライムだったとはいえ、初級魔法だけで宣言通りに消滅させた。相手の力量と魔法の威力を咄嗟に判断して、最適解を弾き出してキッチリ実行に移すあたり、やはりマルチソーサリーだけある。


(この二人に比べてオレは──)


『時間がありません。先に到達地点へ侵入したプレイヤーがいます』


 ナビの無機質な声に3人の動きが同時に止まった。一斉にエレクトフォンを起動するとマップを表示する。


「……!!」


「ウソ! いくらなんでも早すぎるよ!!」


「そんなバカな……オレたちだってそんなに戦闘に時間が掛かってたわけじゃないのに」


(どういうことだ。やはり速さに特化したチームなのか? だからあんなに自信満々に挑戦を仕掛けてきたのか。くそっ! どちらにしても、もう──)


「みんな急ぐよ! 今ならまだ間に合うかもしれない!!」


 耳元のピアスを揺らして放った瑠那の掛け声に、しかし有門も美歌も動こうとはしなかった。


「どうしたの!? 早く!!」


 剣を背中の鞘に静かに戻すと、有門はエレクトフォンの画面に目を向けて首を横に振る。


「もうダメだ。間に合うわけがない」


「そんな! あんたさっきカッコいいこと言ってたじゃない!」


「あのときはまだ勝ち目があった。だけど、ここまで離されちゃもうダメだろ? どんなチームなのかわからないが、あっちはかなりのスピードで進んでいる。それに比べてこっちは、どうしたって速さには欠けてしまう、だろ?」


「まだ間に合うかもしれないじゃない! 確かにこれまではスピードで明らかに負けているけど、【ラピダ加速】を使えば、それにボスがどんなモンスターなのかわからないし、まだ決着がついたわけじゃない!!」


「あーもう!」


 有門は、苛立たしげに思い切り髪の毛をかきむしる。


「ムダなんだよ! 勝ち目はもうない! やるだけムダに立ち回るだけなんだ!」


「だから! 最後までやらなきゃわからないじゃな──」


「もう、やめてください!!!!」


 泣きそうなほどのかすれ声が、狭い洞窟の中を響き渡った。ハッとしたように顔を見合わせると二人は後ろを振り返る。美歌の声が震えていた。


「私が、遅いからですよね。こんな足だから。足手まといになっちゃう」


「……違う……いや……」


 さっきまで音楽が鳴り響いていたのと打って変わって、重い沈黙が場を支配していた。否定する言葉をいくら繰り出したところで、慰めにもなりはしない。現実にどうしたって美歌の歩みは遅くなってしまうのだから。


(どうしたって変えられない『現実』ってものはあるんだ)


 握り拳を一つつくり、ゴツゴツした地面をさ迷わせていた視線を上げた。


「あいつらは、絶対勝てる自信があったんだ。こんなことは言いたくないが、事実としてこっちのチームの弱点を突いてきた。美歌が悪いとかそういうことじゃない。事実としてうちのチームの進行は速いとはいえない。単純な戦いではこっちが勝てたのかもしれないが、先にゴールするというこの勝負に挑まれた時点で負けはもう決まっていたんだと思う。だから、仕方がないことなんじゃないのか?」


 美歌は一度も視線を外すことなく有門の顔を見上げていた。発した言葉の一つ一つを確認するように刻み込むように。そうして、震わせた肩を落とすと、うなだれるように微かに頷いた。敗北を認めるように。


「……願えば、叶う」


 下を向いた美歌の顔がゆっくりと上がった。今にも零れ落ちそうな赤くなった丸い瞳が、憧れの人を見つめる。瑠那は、その想いに応えるようにいつものように微笑んだ。  


「私の一番好きな言葉。諦めかけそうになったときも、負けそうになったときも、私はこの言葉を支えに今まで頑張ってきた。いつも私の背中を押してくれた。そして、いつの間にか私が私を応援してくれるみんなに、この言葉を届けていた。ねぇ、美歌ちゃん」


「はい……」


「私たちの【ウィスパーボイス】は、どんな小さな声だって絶対に届く! 曲を聴いてくれるみんながそう思えるようにって、つけた名前だよね。美歌ちゃんもアイドルになったんだよ。なれたんだよ。だったら、弱音を吐いたっていいし、泣いたっていい。だけど、最後まで諦めないで前を向こう。きっとその姿をみんな、応援してくれるんだから」


 モヤモヤがウソみたいに晴れていく。流れ落ちる雨とは反対に、心は晴れ渡っていく。


「よし、じゃあ行こ! 美歌ちゃん!」


「はい!」


 すっかり快晴に変わった表情のままに大きく頷くと、美歌は快活な声を上げた。


「有門も、いい?」


「あ、ああ──やっぱりお前ってアイドルなんだな」


「そう! マルチソーサリーやダブルウィッチの前に、私はアイドルなの!」


 頭上高く空いた穴から降り注ぐ柔らかな白い光のせいで、瑠那の笑顔が輝いて見えた。

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