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第31話 対決

「来ましたね。瑠那さん」


 ダンジョンの入口でツインテールの髪をいじっていた松嶋すずは、待ちくたびれたとでも言うようにおおげさにため息をついた。


 さすがアイドルと言ったところか、そんな仕草一つ一つがリスとかウサギとか、小動物のそれのように可愛く見える。


 その挑戦的な物言いに答えたのは、やはり瑠那だ。


「待たせたわね。シングルの売り上げでは、私達が勝ったけど。覚悟はできてる?」


 瑠那は淡いグレーのシンプルなニットの袖をまくりながら、小首を傾げる。ピンクゴールドのブレスレットが、軽く揺れた。


「話題沸騰って感じですけど、瑠那さんがいながらあれだけしかいかなかったの? って感じです。メディアの宣伝効果が大きいんでしょうが、ここには味方になるメディアはいません。果たして、どちらが勝つでしょうか? ねぇ、みんなはどう思うー?」


 松嶋はエレクトフォンを取り出すと、配信用と思われる自撮り棒に取り付けた。


「配信です。アプリでチェックして見てください」


 美歌がアプリを開いた。何十人かいる配信者の中で現在LIVE中の松嶋の配信を開いた。画面には最初、松嶋が映っており、次に瑠那と有門、そして自身の姿が映された。


 チャット欄には──。


<マジで!? やっぱあの車椅子の子、今話題の美歌だったんだ!>

<ウィスパーボイスに浦高のすず、3人もトップアイドルが集まるなんて、なんだ? このダンジョン>

<何かバトってんの? でも、もちろん、すずちゃんが勝つでしょ>

<すずちゃんしか勝たねー>

<瑠那に美歌!? 眼福すぎる!>

<やばいやばいやばい!!!!>


 などと、様々なコメントが飛び交っていた。だが、応援の多くは松嶋に向けられているらしいことがわかる。


(……えーっと、どうしたらいいんだろう?)


 エレクトフォンから視線を上げた美歌は、瑠那とすず、二人の睨み合いを見ながら、密かに悩んでいた。


 無意識にピンク色の腕時計を触る。それは、デビューを喜んでくれた父親からプレゼントされたものだった。


(瑠那さんは、仲間だし、憧れだし、仕事のパートナーだし、もちろん味方だけど、すずちゃんも浦高メンバー……)


 元々大大大大大ファンだった二人が、まさか争うことになるなんて。


「──さて、では、ダンジョンへ入る前に勝負のルールを確認しておきましょう」


 すずの後ろから有無を言わさぬ強い口調が、降ってきた。現れたのは素性の知れない白いローブ姿の男。


(……え?)


 男は掛けていた眼鏡を上げたが、美歌の大きな瞳はその横に音もなく現れた刀を持った男に引きつけられていた。


「ルールは単純です。互いのチームがダンジョンに入ったのを確認してきっかり一分後に攻略開始。幸運なことに前回のダンジョンの日に中間地点まで進んだチームは、私達──そうですね、便宜上、松嶋チームとしましょう──と、金木チームの2チームのみ。つまり、中間地点からゴールまで、先に到達してボスを倒したチームの勝利です」


 ローブに隠れた口元がわずかに微笑みの形をつくる。が、その横にいる長髪の男が、美歌へと視線を送った。ゾッとするほどの怒りが込められた視線を。


「確認だが、どんなスキルを使ってもいいのか?」


 有門がそっと、視線から守るように美歌の前へと進んだ。有門の視線と交わった男が挑発するように言った。


「……構わない。ゲームが許すなら本当は全力であんたらを、いや、後ろの車椅子のあんた、齊藤美歌を叩き潰したいくらいなんだ」


(……えっ? 私、を……?)


「あんた! いきなり何を!!」


 いきり立った瑠那が背中の杖を抜こうとする。


「落ち着け! 瑠那!」


「何が落ち着けよ! まだ名前も言わないくせにムカつくことばかり言って!」


 ローブの男は、まるで忘れてたと言わんばかりにポンっと手を叩いた。


「これは失礼しました。軽く自己紹介を。ほら、車田さん、名前だけでも言ってくださいよ」


(車、田!?)


 その名前を聞いた途端に美歌の顔に驚愕の色が宿った。


「ど、どうしたの美歌ちゃん!? 顔が青ざめているけど──」


「やはり、動揺したか。善人面をしているが、自分が何をしたのか覚えているだろ?」


「善人面って何よ!!」


 瑠那の背中から勢いよく杖が抜かれる。そのまま振り下ろすのには何の躊躇もいらなかったが、そうしなかったのは有門が二人の間に割って入っていたからだ。


「車田と言ったか。お前、美歌の知り合いか何かなのか?」


 落ち着いた声色だった。けれど空気が今までと異質なものに変わったことで美歌の肌に鳥肌が立った。居抜くような殺気のようなものが衝突し、今にも心がはち切れそうになる。気がつけば視線は床をさまよい、身体は小刻みに震えていた。


(車田……私の……あのときの……)


「対人戦はダメだって!!!」


 一触即発の二人を止めたのは、急に飛び出してきたスラッグだ。有門と車田の体へそれぞれ体当たりを繰り出すと、よっぽどそこが気に入ったのか定位置になっている美歌の頭の上へ着地した。


「また君か車田直人! いっつもいっつもトラブルばっかり起こして!!」


 ぷんぷん、とわかりやすく頬を膨らませるとあまりにものんびりとした口調でスラッグは怒った。


 怒ったように見えないのが何とも言えず可愛いのだが、おかげで刺々しい空気が和らぐ。


「いやぁ、すみません。止めようとしたんですが、ほら、彼、気性が荒いじゃないですか? 気をつけますんで、本当」


 ローブの男はペコペコと頭を下げて謝った。


「もう、ホント気をつけてよ~」


 ポンッと一回転すると睨み合っていた二人の視線が外れた。瑠那はすかさず後ろへ回るとまだ肩を震わせている美歌の背を撫でた。


「それで、あんたは美歌ちゃんの何なのよ」


「齋藤美歌を轢いたトラック運転手の息子だよ」


「えっ!? それはいったい、どういうこ――」


「──さて、時間がもうないですのでゲーム開始といきましょう」


「たしかに。うかうかしてると別のプレイヤーに先を越されてしまうかも。瑠那さん、先に行ってますよ」


 詳細を問いただす前に3人は青い扉をくぐっていった。


「うん? いったい、何の話をしてるの?」


「あんたには関係ないことよ」


「いたたたた! だから、引っ張るのひゃめへって~!!」


 スラッグのおっとりとした場違いな声が、瑠那を苛立たせた。

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