『帰還、終了しました』
相変わらず無機質なナビの声が、プレイヤーの喧騒のなかに空しく響いた。ダンジョンの入口には人垣ができており、歓声が飛び交っていた。
「……あの、お疲れ様でした」
瑠那が疲れた笑顔を見せるだけで、美歌の労いに答える者は誰もいなかった。有門は俯いたまま、とにかく入口を後にしようと先頭を進む。
もう、今回のダンジョンの攻略は不可能。それは誰の目にも明らかだった。瑠那の魔法は底を尽きていたし、有門は苛立ちを隠し切れていなかった。しばらく沈黙が続いたのちに、美歌の提案でともかくもダンジョンからの帰還を果たした。
成果がなかったわけではない。倒したモンスターから得たお金は大量に手にし、何かしらのスキルは購入できるほどの資金が手に入った。
ただ──有門にとってはまだまだ必要な金額には達していなかったのだが。
「おっと失礼」
人垣が乱れ、有門の前に白いローブに身を包んだプレイヤーが立つ。全員の視線がそこに注がれた。
「なんだ? 今、忙しい──」
「セカンドダンジョン。中間地点を突破したのは、私達です」
「なんだと?」
顔を上げた先には、柔らかな笑顔があった。フードを深く被り顔の上半分は隠れて見えないが、声色は落ち着いていることがわかる。
「ですから、セカンドダンジョン。私達が、中間地点を突破しました」
「嫌みな奴だな。なんでわざわざオレに話しかける」
「他意はないです。だけど、相当苛立ってるみたいですね。どなたが失敗したのですか? やはり、ゲームが得意じゃなさそうな齊藤さん? それとも、スキルをあまりお持ちでない有門さん? もしかして、金木さん?」
「!!」
フードが取れて、あざ笑うような顔が現れる。有門が胸倉をつかんだことで男が掛けていた眼鏡が揺れた。
それでも男は表情一つ崩さずに話し続ける。
「やはり、有門さんですか? 感情のコントロールが苦手なようですね」
「てめぇ!!」
その手に冷たい手が触れた。その温度と感触が急速に頭を冷やしていく。
「やめて、有門」
手を離した有門の横に並ぶと、瑠那は不敵な笑みを浮かべた。
「それは、私達への挑戦というわけ?」
「そう、挑戦。スーパースターのあなたへの、ね」
ローブの男の後ろからよく通る綺麗な声が響いた。現れたのは、瑠那とさほど背の変わらない女性。スラッと長い脚を赤いフリルのついたミニスカートが強調し、胸元が大きく開いた黒のVネックニットが豊かなプロポーションを際立たせている。ピンク髪のロングヘアは左に流し、右耳の大きなパステルピンクのハート型のイヤリングがキラキラと輝いていた。
吸い込まれるような大きな瞳に長い睫毛。ふっくらとした唇に。頬にはほのかに赤いチークが。その可愛らしいベビーフェイスを、瑠那の斜め後ろへ移動した美歌はよく知っていた。
「
それは、浦高のエースだった。瑠那の卒業と同時に入学した現・高校一年生。入学してすぐに頭角を現し、瞬く間に駆け上がってメインを張るようになった「アイドルになるべくして産まれた」と評される今注目のアイドル。
美歌は思い出していた。ダンジョンに潜る前に見たディスプレイで出ていた名前を。
(すず──あの名前は松嶋すずさんのだったんだ……)
松嶋はすっと目を細めて美歌を見下ろすと、すぐに瑠那に向き直った。揺れるイヤリングから高い鈴の音が鳴りそうだった。
「お久しぶりです、瑠那さん。風の噂で聞きました。車椅子の現役女子高生と新しくユニットを組むって。──でもなんで、私じゃないんですか?」
(……え?)
「相変わらずね。すずちゃん。それは単純に、私が美歌ちゃんの奏でる音楽が大好きだから」
松嶋はアイドルらしい微笑みを浮かべると、真っ直ぐに瑠那へ視線をぶつける。強い意志を表現するかのように。
「わかってます。だから、私があなたを超えるんです。ゲームでも、アイドルの世界でも。そしたら、瑠那さんも私の実力を認めるしかないでしょ? これは、宣戦布告です。瑠那さん、私たちは、あなた方に負けません。それでは」
用意してきたようにベラベラと台詞を述べると、松嶋はローブの男を連れて先に入口の外へと向かっていった。その後ろを歩く刀を持った別の男が、扉の前で振り返り美歌に視線を送った。
松嶋の出現により、憎しみすら込められたその視線に気がつくことができないほど、美歌の心臓は荒々しく脈打っていた。