有門の困ったような口振りの中には、わずかにだが嬉しさも混じっていた。こみ上げてくるようなモヤモヤした感情を制御できずに、有門はじっと自分を見上げる美歌から視線を逸らして暗がりの奥へと目を向ける。
「うん、お願いします! このダンジョンだけは、もう~無理!」
瑠那の叫び声が響き渡ったのは、その直後だった。大ムカデや大ミミズ、サーペントなど予想通りのモンスターの襲来にその声が静まることはなかった。そして、詠唱と発動する魔法の音も。
「る、瑠那さん、大丈夫ですか?」
「……う、うん、大丈夫」
しかし美歌に見せたその笑顔は引きつっていた。足元に落ちたムカデは何本もある足を苦しそうに一斉に動かし、やがて生き絶えた。報酬を回収するのも気持ちが悪いので、有門に頼んで回収してもらっていた。
黒一色のエレクトフォンを取り出し写真を撮ると、モンスターは元々何もなかったように消えていった。
(……オレの役割って、回収係だけ……?)
先頭を歩くものの、モンスターが出てきた側から片っ端から瑠那が魔法で攻撃していくため、有門の出番はほぼほぼなかった。あったとしても、倒し切れなかった虫どもから瑠那と美歌を守るために盾となるくらいだったが、気持ちの悪い感触が身体を這うのはさすがに慣れることはない。
「ところで、魔法の残りは大丈夫なんだろうな? この先どこまで洞窟が続くのかわからないんだからな」
「……実は……あんまり、だいじょばないかもしれない」
「え……う、ウソだろ!?」
申し訳なさそうに向けられた力無い笑いは、それが事実であることを物語っていた。
「えっと……あと、それぞれ一回で回数制限。残るはロブだけ、かな?」
「ロブだけって! 精霊魔法はどうした!? さっき購入したばかりだろ!!」
「いやぁ……それがさぁ、使えないんだよね~何か条件があるみたいで。さっきナビに確認したんだけど──」
瑠那がポケットからエレクトフォンを取り出すと、人工音声が空しく流れる。
「各精霊魔法を使用するには該当する条件を満たす必要があります」
「その条件って何なんだよ!」
「条件が何かについて具体的に申し上げることはゲームルールに反するためできません」
それは、つまり条件は自分で見つけろということ。いずれにせよ、現時点で瑠那の精霊魔法は使用不可だった。
「バカなのか」──喉元まで出かかったその言葉を呑み込んで、有門は抜き身の刀身を肩に掛けた鞘に戻しながら状況を把握しようとする。
──金木瑠那の魔法回数はそれぞれ一回。攻撃と回復を同時に行うロブは使いどころが難しい魔法だし、そもそも嫌いな虫相手に使うかどうか。と、なると、瑠那はもう使い物にならない。
(そうなると、あとは──)
くるりと後ろを向いて、少しつり目の黒い瞳を美歌へと注ぐ。
「美歌はまだいけるのか?」
「瑠那さんがほとんどモンスターを倒してくれたから、私はまだ魔法が使えます」
うなずくとすぐにまた身を翻し、腕を組んだ。
──まだ、探索は可能だ。オレが二人を守っている間に美歌が演奏し、魔法で敵を一掃する。問題はこのダンジョンがどこまで続いているのか。
ファーストダンジョンならばまだ余裕があったかもしれない。だが、セカンドダンジョンはそうもいかなかった。瑠那と美歌がその名を刻み、多額の報酬を手にしたことから、他のプレイヤーは二人を追い抜かそうと躍起になっている。多少の無理は構わず押し進むプレイヤーもいることだろう。
そのことを告げるアラートが、三人のエレクトフォンから鳴り響いた。
「なに!?」
瑠那は手元で震える画面に視線を落とした。
『別プレイヤーが中間地点に突入しました。繰り返します。別プレイヤーが中間地点に突入しました』
「えっ? どういうことですか?」
「わからない。こんな機能は今までなかったんじゃ……」
有門のその疑問にすかさずナビが答える。
『セカンドダンジョンから導入された、ギフテッドマッピングプログラムです。これにより、同時間帯に同じダンジョンを探索しているプレイヤー同士の進捗率が把握可能になります。初期状態で特定の場面においてアラートが鳴ります』
「つまり、別のプレイヤーがダンジョンの中間地点に入ったから鳴ったってわけ? でも、中間地点って……」
「セカンドダンジョン以降、中間地点には、ボスが存在します。最終地点付近にいるボスの他にもう一体」
(いわゆる中ボスか……報酬も、もちろん出るだろうし)
「今、オレたちはどのあたりにいるんだ!?」
有門は前方に歩みを進めながら、唾を吐き出す勢いでエレクトフォンに話し掛けた。
「三人はすでに中間地点付近にいます。急げば、まだ間に合うかもしれません。位置関係を図式化します」