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第22話 ボーム洞窟

「さて、いよいよセカンドダンジョンに突入するけど、何か確認しておくことはある?」


 ダンジョンに向かう扉の前で、瑠那は美歌と有門の顔を交互に見た。


 ボーナスを得たあと、美歌は手に入れたエレクトロンで新たに土属性の『シュタルク』を購入し、瑠那は中級魔法を全属性分購入した。


 これにより、瑠那は新しい称号『ダブルウィッチ』を全プレイヤーの中で初めて獲得。そのため、瑠那は強気だった。


「問題なさそう? 私は、称号でもらった新しい魔法試したかったけど、今回はマルチソーサリーのままで行くわ! 魔法回数は減っちゃうけど、まだセカンドダンジョンだし、大丈夫でしょ! 美歌ちゃん、本当に大丈夫? 疑問とか不安とかがあれば今話してくれれば」


「大丈夫、です。私は今回、他の音楽魔法と、それからチャンスがあれば歌にも挑戦してみたいと思っています」


 そこで大きく息を吸うと、美歌は自分を鼓舞するためかギターを強く握りしめた。


「一つだけ、一つだけ、瑠那さんに相談したいことがあるんですが……その」


 ──二人きりじゃないと言えないと、美歌はそれとなく目線で有門に訴えていたが、有門は全く気がつくことなくぼんやり美歌の顔を見ていた。


「も~鈍感! 二人きりで話したいから先に扉のなか入ってて!」


「あ、ああ……」


 肩に大振りの剣を担いだ有門は、頭をかきながら他のプレイヤーに交じって扉の中へ進んでいった。


「まったく。これだから男ってのは!」


「ホントそうだよね~その点ボクなんか性別がないから大丈夫だよね~えてぃぃええ~!!」


 美歌の上でのんびりと言葉を紡いでいた口が無理矢理引っ張られる。痛さのあまり、スラッグのたるんだ目には涙が溜まっていた。


「あんたも邪・魔・者、なの!」


「もう、わかったよ!」


 スラッグは、赤い絨毯の上に降り立つと、悔しそうに涙のようなものを大きな瞳から流しながら、どこかへ駆けて行ってしまった。


 ──ごめんよ、スラッグ。


 心の中で詫びると、美歌は車椅子を回して瑠那を見上げる。これからも隣で立つために、きちんと言わなければいけないことがあった。


「瑠那さん」


「うん! 改まってなにかな? なんかドキドキする」


 瑠那は胸に手を当てると、透き通ったブルーの瞳を瞬かせた。


「ダンジョンから戻れば、デビューが待ってます」


「うん」


「デビューしたら、いえ、デビューまでにもいろんなイベントがあって、服とか、ギターとかいろいろ買わないといけないと思うんです」


「うん?」


「それで、エレクトロンを現実世界でも使わせてください! 最初にゲームだけで使うって約束したけど、今の私にはこれしかお金を稼ぐ手段はなくて……もちろん、まず瑠那さんから貸してもらったお金返しますから、なんなら今すぐにでも!」


 慌ててエレクトフォンを取り出そうとした美歌の手は、しかし瑠那の細長い手に止められる。


(……え?)


「もしかして、それをずっと気にしてたの? 美歌ちゃん」


 美歌はその問いに応えることができなかった。瑠那の表情があまりにも哀しそうだったから。一見するといつもの微笑みのようにも見えるその表情の奥に、震えるような素顔が見えた、気がした。


 瑠那は、美歌の大きな瞳から逃れるように後ろに回り、車椅子の背に触れた。


「気にしなくてもいいよ! お金も別に返さなくてもいいし。そうだね! お金掛かるから、エレクトロンを外で使うのはいいと思う! 賛成!」


 そして瑠那は車椅子をゆっくりと動かす。ダンジョンへ向かって。


「あ、あの! 瑠那さん!」


 美歌の質問には答えずに、瑠那はどんどんと先へ進んでいく。扉が開くと、ダンジョンの入口すぐに有門は待っていた。


 瑠那の口角が上がる。


「お待たせ! さあ、行こう! 新しいダンジョンはなに?」


「……ああ。セカンドダンジョンの名前は、【ボーム洞窟】。ファーストダンジョンで上に登っていったと思ったら、今度は下に降りていくダンジョンのようだ」


 他のプレイヤーは次々と青い扉を開けてダンジョンに転移していた。


 美歌がディスプレイを見ると、じめじめとした暗い洞窟をバックにモンスターと対峙しているプレイヤー集団の姿が映っていた。


 横にあるチャットは前に見たときよりもコメントが流れるスピードが速く、盛り上がっているのがわかる。


(ダンジョンに新しいプレイヤーが増えているのかな?)


 そう思ってよく見ると、同じ名前が何度も出てくることに気がついた。


<すずちゃん、今日はまだ来ないのー?>


<あせんな。この前『配信は買い物してからね!』って言ってただろ>


<すずちゃんの私服見れるとか眼福。俺、ダンジョン潜んなくてもいいからずっと配信見てたい>


<いや、そこは金稼いで貢げよ。俺なんてここで稼いだ金をリアルに回してリアルですずちゃんに課金してる>


(……配信? すず……?)


『配信アプリの最新バージョンです。これによりエレクトフォンで誰でも個人配信が行えるようになりました。簡単にたとえるなら、現実世界で言うところのユーチューブと同じようなアプリです』


 ナビが起動し、美歌の疑問に応える。エレクトフォンの画面を開けば、いつの間にか勝手に配信アプリが入っていた。


『ダンジョン前のディスプレイはプレイヤー全体のオープンチャットですが、アプリでは個人配信が見られます。ただ、ダンジョンを楽しむだけではなくて配信を楽しむプレイヤーも現れています。コメントが盛んなのは、その影響もあるかと』


「そっか。そしたら、すずって言う人は配信で人気になってるんだね。でも──」


(──すずってどこかで聞いたような……?)


「よし! 私たちも行こう! もう、競争は始まっているんだから!」


 瑠那の声にハッと我に返る。美歌は再びギターを抱き締めるとダンジョンの中へと進み、そして消えていった。





 次に美歌が見たものは、薄暗くカビ臭いにおいが充満している洞窟の中だった。


「! 全員、戦闘体制だ!」


 有門がすぐに何かの気配を感じて背中の大剣を抜く。こうもりを思わせるモンスターの甲高い声が美歌の耳を襲った。

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