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第20話 熟練度

「ぜんっぜん、威力ないんだけど、どういうことだよ!? こんなんじゃ、初級魔法使った方がいいよ!」「そうよ! 私なんか魔法すら発動しなかったわ!」「お金払えば誰でも使えるようになるわけじゃないのかよ!」


 神官のスケルトン、スケールはそうやってプレイヤーから責められていた。


「いや、だから、スキルには【熟練度】という概念が追加されて。初級魔法はほとんど誰もが使えるのだが、中級魔法以降、あるいは音楽魔法のような特殊なスキルは──」


「うるせぇ! お金返せよ!」「そうだ! 詐欺よ、詐欺!!」


 スケールは骨だけの両手を前に押し出しながら、必死に弁解していたが、次々と押し寄せる怒りの声に押し負けそうになっていた。


「おいおい、この騒ぎはなんだ?」


 有門がやれやれとため息を吐く。


『運営側とプレイヤーの意思疏通のミスによる混乱です』


 機械音のナビが流暢に丁寧に答えた。


「それは、見たらわかる。その原因はなにかってことだよ」


「それはね、熟練度の概念が、今回のダンジョンから新しく追加されたからなんだよ」


 スラッグは美歌の頭の上で一回転した。


「熟練度? 美歌ちゃん知ってる?」


 もちろん聞いたことがなかったから、美歌は首を横に振った。


「えっ? お前ら知らないの?」


 有門は当たり前だと思っていたのか、目を丸くする。


「じゃあ、改めて説明するね。アリカド! エレクトフォンの画面を見せてよ!」


 スラッグに言われて有門はエレクトフォンの画面を開いた。美歌と瑠那の顔が寄る。


(──ち、近いな……)


「今回の冒険から新しく【熟練度】システムを導入したんだ。各スキルに固有の熟練度が定まっていて、一定以上の熟練度で威力や効果が変わる。たとえば──」


 スラッグは軽くピョンピョン飛びはねながら瑠那にかわいらしい視線を向けた。


「瑠那の持っている火の初級魔法スキル、ファジュロは対象に火柱を起こす魔法だけど、火柱の長さが伸びたり、威力が増大したりするんだ。逆に熟練度が足りていなかったら、小さな火柱になったり、威力が弱かったりする。まあ、バランス調整で初級魔法スキルは熟練度0でも、今までと同じような効果を発揮するんだどね」


「だとすると、私の場合、中級魔法スキル以上が熟練度の影響を受けるってこと? 美歌ちゃんの音楽魔法スキルも?」


 瑠那はあごに指を当てると、自身の考察を述べた。その仕草があまりにもキマっていたのでまたもや有門は動揺する。


(こいつ、よくよく見るとかなりの美人なんじゃ……って、そんなこと考えてる場合じゃないだろ!)


「普通のギフテッドはみんな一般職のコモンから始まるんだけど、ミカとルナの二人はもともと職業についているから、関連するスキルの熟練度は最初から高く始まっているんだと思う。それにルナの場合は、魔法スキルもそうだけど、精霊魔法スキルも関連すると思うよ?」


「は?」


 何気ないスラッグの説明を聞いて、有門は驚きの声を上げた。


(美歌がバードなのは、ゲーム性からいって利にかなっていると思っていたが)


「マルチソーサリーの瑠那。お前、マジックじゃないのか? それかクレリック」


「誰もそんなこと言ってないけど。私の今の職業は、シャーマン」


「シャーマン!?」


 シャーマンは、特殊な職業だった。強力な効果を持つ精霊魔法との親和性が高い職業。だが、転職にも、そしてスキル獲得にも巨額なお金がかかるはず。


「そう、私最初からクラスがシャーマンから始まったんだけど、他のスキルよりもちょっと高いし、使い勝手悪いしで精霊魔法買ってないんだよね~。その代わり、一般の初級魔法スキルは全部買ったから、マルチソーサリーで冒険してたってこと。シャーマンは魔法全般と相性がいいみたいだから!」


 有門はまたもや目を丸くしていた。


(ウソだろ!? だって、俺なんてお金ないからちまちま弱いモンスター相手にお金を稼いで安いスキルを集めるしかできなかったのに……こいつ、どんだけお金持ってんだ!?)


「で、あんたはどうなのよ?」


 無自覚にも有門に追い討ちをかけるような台詞を、瑠那は若干の期待を込めたような笑顔で投げ掛けた。


「お、オレ? オレは──」


(マジか!? 早々にマルチソーサリーの二つ名を取ったからすごいとは思っていたが、全然レベルが違う!)


 ──前衛職は前衛職だが、クラスがまだコモンだ、なんて言ってしまえば、正式な仲間に入れてもらえないかもしれない。こ、ここは──。


「ファイターだ!」


「ふーん、それでスキルは? ファイターって言っても幅広いじゃない?」


 瑠那は疑う様子もなく次の質問に移った。胸を撫で下ろすと同時に有門は心のなかでガッツポーズを決める。熟考に熟考を重ねたスキルの選択には自信があったからだ。しかも熟練度システムが導入されてから、前衛系統のスキルは使い勝手がアップしていた。


「今は剣スキルをマスターしようとしている」


「剣スキル? 前衛だから、まあいいけど、技の修得が完全にランダムじゃない。補助魔法や初級魔法は使えないの?」


 有門は口元がにやけるのを隠すために左手で口を覆った。


(いい流れだ。瑠那は熟練度システムを今知ったばかりだから、現時点で情報はオレの方が上!)


 美歌に至っては話についていけなくて顔に疑問符が浮かんでいた。その頭の上でスラッグが宙返りをする。


「熟練度が導入されてから、技の習得が完全ランダムから熟練度に準拠したシステムに変わったんだ! 前よりも物理スキルは使い勝手がよくなったよ!」


「時間がもったいないから詳しい説明は省くが、たとえば、一定以上の武器種の使い込みという条件だった技の最高位【奥義】の修得が、基本の三技の修得と武器スキルの熟練度MAXに変わって、より明確になったんだ。これだけでも前衛スキルを計画的に運用できるだろ?」


「なるほど……確かにいいわね。私、ランダム要素があまり好きじゃないっていうのもあって、魔法スキルを選んでたんだけど、それなら今まで以上に実用性がありそう。うん、面白い!」


 瑠那は堪えきれないワクワク感を表すようにパンッと手を叩いた。


「よし、それじゃ、ボーナスもらってすぐに新しいダンジョンに行こう! ね? 美歌ちゃん!」


「は……はい……」


(えっと……熟練度がスキルに影響してて、威力や効果が変わったり、武器種が? 物理スキル? 奥義、技……? ダメだ、全然わからない……)


 頭の上でポンポンとジェルが跳ねる。ショートしそうになった思考回路を解すように。


「大丈夫だよ、ミカ! ミカがわからなくてもこの二人がわかっていればいいでしょ?」


「そうそう! 美歌ちゃんのスキルは音楽魔法スキル。私たちがモンスターを抑え込んでいる間に音楽を奏でて、バーンとモンスターを一掃してくれればいいんだから!」


「う、うん」


(そう、だよね。スキルやクラスのこととか、装備のこととか、瑠那さんと有門さんに聞けばきっと一番いいやり方を教えてくれるはず。私は、私のできることをやればいいんだ)


「じゃあ、スラッグ、さっそくボーナスちょうだい!」


「僕からは渡せないよ~だからここへ来たんだから。スケールからもらって~」


 自分の名が呼ばれていることに気がついたのか、相変わらずプレイヤーのクレームを一身に引き受けていたスケールが両手を上げてぷんぶんと大きく振った。


「た、助けてくれ~!!」


「しょうがない、行こう美歌ちゃん!」


 三人と一匹がスケールの元へ近付いていくと、それに気づいたプレイヤーたちがさっと後ろへ下がり、動向を見守るように注視した。苦情を言っていたプレイヤーも同様に。


 ひそひそとささやき声が交わされる。


「あれ、マルチソーサリーの瑠那じゃない?」「そうだ! この前のダンジョンの映像見てた! マジで強いしスタイルえぐ!」「だって、現役アイドルだろ? 金木瑠那。こんな近くで見れてラッキーだな」「マジか~こんなところで会えるなんて、サインくれないかな~」


 前を進む筋肉質の塊が突然止まり、周囲の様子をうかがいながら小声で話しかけてきた。


「なあ、瑠那って有名なのか?」


 その質問に、美歌はすっとんきょうな声を上げた。この人は何を言っているんだろうとすら思う。


「瑠那さんですよ! アイドルもそれも、トップアイドルの瑠那さん! まさか知らなかったんですか!? 今テレビや雑誌で見ない日がないくらい超有名人じゃないですか?」


「そ、そうなのか……そういう情報には疎くて」


「疎いって! そんな! 普通に生きていれば瑠那さんに触れないはずがないのに!!」


「悪いな……普通じゃなくて」


 ──えっ?


 有門はそう言うと顔を前に向き直して祭壇へ進む。だが、そのとき一瞬だけ見せたその顔は、ひどくつらそうだった。


「美歌ちゃん! とにかく前に進もう」


「あ……はい」


(何だろう……何か気に触るようなことを言ってしまった、のかな?)


 スケールはホッとしたように骨しかない胸を撫で下ろすと、高らかに杖を掲げた。


「ファーストダンジョン、ベル塔攻略者、金木瑠那および齊藤美歌! ニ名の名前はマネーダンジョンに永遠に刻まれた。ここにボーナスを用意してある。受けとるがよい」


 急に威厳を取り戻したスケールは、咳払いを一つすると杖をくるくると回し、地面を突いた。眩い光とともに杖の先から金色の装飾が施された宝箱が現れる。


「美歌ちゃんが開けて! 攻略できたのは、美歌ちゃんのおかげだから!」


「そんな……」


 と、躊躇しながらも美歌は身を屈めて宝箱へ触れた。青い教会にいたプレイヤー全員がいろんな思惑を持ちながらも固唾をのんでその瞬間を待つ。美歌の体が震えた。緊張による震えだ。震えたまま美歌は、その蓋を開けた。


 中には、金塊と一冊の本が入っていた。


「それをエレクトフォンで写真を撮るのだ」


 言われた通りに黒のパンツのポケットにしまったエレクトフォンを取り出して、写真を撮る。ダンジョンクリアボーナスという画像が画面に表示され、金塊と緋色の装丁の本が画面の中に現れた。


「金塊……換算すると、500万エレクトロン!?」


「そうね。それから、この本は――スキルの選択?」


 瑠那も片手でエレクトフォンを操作していた。開いた本には「Skill and eqiup select」と文字が表示され、ページをめくると、数え切れないほどのリストが並ぶ。


「そこにはすべてのスキルや装備が載っている。そこから一つだけ選べるのが、もう一つのボーナスだ。滅多に買うことのできないものを獲得するチャンスだ」

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