「なんで、謝ってるのか教えてもらってもいいですか?」
──美歌の問いに有門は「オレ、前回の冒険の日に傷つけるようなことを言ったから」と答えた。
頭を上げると、有門はじっと美歌の目を覗き込むように見つめた。さすがの瑠那も何も言うことなく、車椅子の背をつかんで話の続きを待つ。
「バカにするつもりじゃなくて、つい心配してしまって」
「……心、配ですか?」
美歌も有門の目を見つめたまま首を少し横に傾げる。急な瞬きがあって、有門は視線を逸らして首に手をやる。
「いや、その……オレの妹と同じで」
「同じって……?」
「足が不自由なんだ。一緒で。オレがずっと支えてたから、なんか気になってしまって……いや、だけど、そんなこと関係ないよな、バードならさ。悪い」
後ろからわざとらしいため息が聞こえた。
「馬鹿みたい」
「な、何だと!?」
「だって、それを先に言ってくれれば無駄なエネルギーを使って大声上げる必要なかったのに」
「だから! お前がオレの話聞こうとしないから!!」
「あ、あの!!」
また険悪なムードになりそうなところを美歌が手を上げて止めた。本人自身がその行動にびっくりしていたのだが。
「あ、有門さんの気持ちはわかりました。それにもう気にしていません。言われ慣れてますから」
そう、視線や態度など非言語も含めればほぼ毎日のように。電車の中で聞こえてきた「大変そう」の呟きが頭をよぎる。だからこそ。
「わざわざ謝ってくれて、なんていうか……あの、嬉しかったです。有門さん思ってたより優しいんですね」
「お、おう」
照れくさそうにこめかみの辺りを人差し指でポリポリと掻くと、有門はうつむいてしまった。
「ですが、仲間になってもらうかどうかは、別の話──ですよね?」
後ろへ顔を向けて瑠那に確認を求める。美歌的には意外にいい人そうな有門を仲間に迎えることにほぼ抵抗はなくなっていたが、あれだけ否定していた瑠那の思いを抜きにすることはできない。
美歌の予想通り、瑠那はまた瞳をぎゅっと縮めて有門を睨み付け、「うん、無理!」と言い放った。
「改めて聞くけど、なんで、仲間になりたいの? 私達と行けばお金が簡単に貯まるとか、そんな理由なら絶対にお断りだけど」
「なんて言えばいいかわかんないけど、妹と重なるんだ……どうしても。最初に酒場で見たときから気になって……だけど、お前の言うとおり、別に守ってもらう必要はないんだよな」
有門はあからさまに肩を落とすと、額に皮手袋をはめた手を当てて頭を横に振った。
「悪い。守る、なんておこがましいよな。別に助けを求めてるわけじゃないんだから。だけど……もし、助けがほしいなら言ってくれ。うん、たぶん、言いたいことはそれだけだ」
じゃあ、とジャージのポケットに手を突っ込んで去ろうとする有門の大きな背中を、気づけば美歌は呼び止めていた。それも結構な大声だったようで、周りのプレイヤーがびっくりしたように美歌へ視線を向けた。が、一番驚いたのは声を上げた美歌自身だった。
「あ、あの……」
(私、なんで止めた? 別に止めることなんてなかったのに──だけど)
なぜだかこのまま離れていくのは嫌だった。
「確かに守ってもらうとか、そういう風に見られるのは苦手です。だけど、横にいる仲間としてなら、私は、ぜひ、仲間になってほしいなって思うんです」
(それに、この前のときみたいに何もできなくなることだってあるかもしれない)
「美歌ちゃん……」
(はっ……!?)
「いや、あの、だけど、瑠那さんが無理だって言うなら──」
ポーンと柔らかなスラッグが美歌の頭の上に乗った。
「だったら、こうしたら? 今回の冒険をお試しで一緒に行動してみる。それで仲間にするかどうか判断してみたらいいんじゃない? 今、最初のダンジョンがクリアされたことでこれまで個人勢にこだわっていたプレイヤーも仲間をつくる動きが加速しているし、もっと進んでギルドの結成なんかも話題に上ってきてるみたいだし、今後のことを考えて仲間を増やしておくことは悪くないと思うけど」
言い切ったとばかりに片目をつむってウインクしたスラッグのほっぺたが引き伸ばされる。
「なにひゅりゅんらよ!!」
「うん、スラッグのくせに、なんか生意気だなって」
瑠那は指を離すと、髪を流して腕を組む。
「だけど、その通りかもしれない。きっとこれからどんどん人が集まってグループを組んでいく。それは一定数集まれば、それぞれの役割を活かして戦略的にダンジョンを攻略していく、ギルドみたいな機能を果たすものになるかもしれない」
長く大きく息を吐き出すと、瑠那の顔に飛びきりの笑顔が宿った。
「うん! だったら、その、お試しやってみよう! というわけで、よろしく!」
そう言うと瑠那は有門に手を差し出した。急な対応の変化に戸惑いつつも、有門は差し出された手を握り、握手を交わす。
「でも、変なことしたり、特に美歌ちゃんに変なことしたら即刻排除するから!」
有門には、にこやかなその笑顔が怖く見えた。
「それじゃ、行こう!」
美歌の後ろを瑠那が押し、その前を有門が歩くというなぜか縦一列になって美歌たちは歩き始めた。
「さて、ようやくボーナスを渡せるよ~」
スラッグの案内で一行は神殿へと向かった。その最中にある変化に気づいた美歌は、思わず「あっ」と小さな声を出してしまった。
「どうしたの?」
すかさず車椅子を止めて美歌の顔をのぞき込んだ瑠那。揺れるピアスにほのかなローズの香りに、変わらず美歌はどきまぎしながらも悟られないように答えた。
「あの、ギターを持っている人が、なんか多いような……」
瑠那と有門はキョロキョロと辺りを見回した。クラシックギターからエレキギターまで、確かにギターを持つプレイヤーが目立った。
「みんな美歌の活躍を見てたから。あのあと、最初にダンジョンの入口の巨大ディスプレイが復活して、プレイヤーの多くが美歌たちの戦いを見てたんだよ。それで、いまいち人気のなかった音楽魔法スキルやバードのクラスの強さが知られて、注目を集めているみたいなんだけど、誰でも使いこなせるわけじゃなくて──」
スラッグが見ろと言わんばかりに空中高くを飛び跳ねた。スラッグの先には神殿の主、クラスとスキルを司るスケルトンの神官がいて、なぜかプレイヤーに囲まれていた。