「もしもし! 美歌ちゃん!? やっと電話来たよ~も~ずっと待ってたんだから!」
*
──という流れの延長線上で、今、目の前にまぶしい笑顔の瑠那がいた。
夜はバーも経営しているらしいカフェで、戸で仕切られた完全個室だ。
落ち着かない美歌は、注文を済ませるとキョロキョロと部屋を見渡した。メニューが書かれたブラックボードの他には何もない空間は、今までと美歌が入ったことのないような「大人な」雰囲気を醸し出していた。
「ここね、パスタが美味しいんだよ!」
水を一口飲んだあと、瑠那の声が弾けた。絹糸のような長い髪の毛を隠していた黒のハットとサングラスを外した瑠那のブルーの瞳が輝いている。
いや、美歌には、オフショルの薄手の白いブラウスも、水色と白のチェック柄のチュニックワンピースも、全てがキラキラと輝いて見えた。
瑠那が首を傾げたことで返答をしていないことに気づいた美歌は、慌てて口を開いた。
「そ、そうなんですね! 今度食べてみます!」
「そのときはまた一緒に食べよ~あっ、そうだ、ところでさ」
腕をまくると、テーブルの上で腕を交差させて瑠那は身を乗り出した。小形のハートのピアスが揺れる。
「初ダンジョンはどうだった?」
「最高でした! 瑠那さんと出会えて……」
「ありがとう! 他には? スラッグが可愛かったとか、魔法が使えてよかったとか、ギターが弾けてよかったとか」
「あっ。ギターは、久しぶりに人前でって言ってもあのモンスターと瑠那さんだけなんですけど、それでも、嬉しかったです! あの、私、昔、音楽を少しやってて……瑠那さんとは全然比べ物にならないんですけど、それでも大切だったっていうか、好きだったっていうか……」
「夢、みたいなもの?」
「そうです! あっ、あの、すみません。ただのド素人がこんなこと言って」
「ううん。美歌ちゃん戦いのあと泣いてたよね?」
「やっ……すみません!」
恥ずかし過ぎて美歌は両手で顔を覆った。きっと赤くなっているのに違いない。
「大丈夫だって。あの涙見てさ、私、美歌ちゃんって素敵だなって思ったの。自分の大切なものをわかってる人なんだって。それが、連絡先教えたきっかけなんだから」
瑠那はにっこりと微笑んだ。
どういう意味だろうと聞こうと思ったそのとき。
「お待たせしました。店仕込みこだわりカタラーナと、ほろ苦本格コーヒーパフェ、アイスコーヒー2つです」
茶髪の綺麗なお姉さんが食事を運んできた。瑠那を見慣れているのか、そつなくそれぞれをテーブルに置くと、丁寧な挨拶とともに個室を後にする。
「へ~コーヒーパフェも美味しそうだね!! コーヒーパフェにアイスコーヒーなんて、美歌ちゃん大人だね!!」
「そ、そうですか?」
言いながらコーヒーゼリーに生クリームをたっぷり乗せてスプーンで口に運ぶ。
(に、苦っ!?)
少しでも大人に見られたいと背伸びをして頼んだのが裏目に出る。それでも美歌は顔に出さないよう我慢しながら会話を続けた。
瑠那の食べているパリパリしたカラメルの下にある冷えたとろけるようなカスタードがとても魅力的に映る。
デザートに悪戦苦闘しながらも、二人の会話は思った以上に他愛もない話が続いた。ダンジョンの話から、ファッションの話。高校生活のアドバイスに、中学時代の思い出話。初恋の話や家族の話まで、友達とほとんど変わりのない話題で時間は過ぎ去っていく。
そんななかで美歌は気になっていた質問をぶつけた。
「あの、瑠那さん」
「ん?」
先に食べ終わった瑠那は、紙ナプキンで口を拭いていた。
「なんで、私と……その、仲間になってくれたんですか?」
ストローでアイスコーヒーを飲み干す。喉がカラカラになっていた。
「似てるの」
「似てる……?」
「うん。美歌ちゃんが私の親友……だった人に」
だった人? その微妙な言い回しが気になったが、美歌は心の中に疑問を留めておく。
瑠那は、猫のイラストが描かれたガラスコップと皿をどかすと、真剣に見つめる目に視線を合わせた。
「美歌ちゃん、中学のとき、不登校気味だったって言ってたよね。私も、実は一時期そうだったんだよね」
「……えっ……」
「あ、これまだどこにも出してない話だから内緒ね」
唇の前で人差し指を立てて内緒のポーズを決める──その仕草にドキッとさせられた。
「も、もちろんです!」
「ふふ。クラスで陰口を言われてね。なんだそんなこと、って思うかもしれないけど、なんだろう、すごくダメージを受けて。そのときに支えてくれたのが、その親友で、その人がいたから、今の私がいるんだと思う」
組んだ両手にあごを乗せて瑠那は話していた。その視線は美歌を見ているようで、美歌をすり抜けてどこか遠い過去に向けられている気がした。
「陰口はしょうがないかなとも思うの。私ほら、こんな外見だから学校にいると目立つし、先生にも地毛かどうかって目をつけられるしさ」
「そ、そんなことないです! 瑠那さんキレイだしかわいいし素敵だし、みんなの憧れで! だから、しょうがないなんて言わないでください」
なぜかムキになっている自分がいた。立てるものならきっと立って怒っていただろう。そんな美歌の変化を目の当たりにして、瑠那はきょとんとした顔をしたあと、すぐにまた微笑んだ。そこには哀しみの色も少なからず混ざっていたが。
「その子にもそうやって怒られた。自分をしょうがないなんて言うなって。今でも鮮明に浮かぶよ。すっごい衝撃だったけど、嬉しかった」
瑠那はアイスコーヒーを飲み終えると、編み込みのショルダーバッグからスマホを取り出す。バイブが振動していた。
「あーもう時間だ! もっと美歌ちゃんと話していたかったのに!!」
唇を尖らせる仕草が美歌にはとてもかわいく見えた。これが少しでも自然体だったらいいな、とつい思ってしまう。
「瑠那さん忙しいですもん!」
「そうだけどさ~そうなんだけどさ~美歌ちゃんウチ来ない? それなら帰ればいつでも」
「そ、それはダメですよ! 他のファンの人に申し訳なさすぎます!」
「む。美歌ちゃんは、まだ私のファンのままなの?」
「いや、違いますって! 仲間だし、その、もし瑠那さんがご迷惑でなければプライベートでも友達というかなんというか……」
瑠那は急に吹き出した。
「ごめん、冗談だよ! ちょっとからかっただけ。ウチに来てくれたら嬉しいけどさ、それこそ美歌ちゃんの迷惑になっちゃうよ」
「じ、じゃあ」
「だけど、向こうでは仲間だし、こっちでは友達! だから、気兼ねなく連絡してほしいし、私からもするし、また会おう!」
「は、はい」
そんなことを言われたら「はい」としか言えなくなってしまう。
「そしたら次はまたダンジョンで! 次は塔を制覇しよう!」
「はい!」
二人は同時に腕を振り上げた。
*
そして、再びダンジョンの扉が開く。選ばれたプレイヤー、通称『ギフテッド』を待ち受けるように、ひっそりとしかし厳かに。