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第8話 初バトル

 全然OKじゃなかった。これから何が起こるのか、不安だらけでもはや心配事しか考えられなかった。だけど、それでも美歌は、大きくうなずいて見せた。瑠那と一緒ならきっと楽しい冒険が待っているはず、と自分を奮い立たせて。


 美歌は瑠那とともに扉をくぐる。その瞬間、ここへ来たときと同じように空間にノイズが走り、周りの暗闇が別の構成物へと超高速で置き換わっていく。光の速さってこれくらいなんだろうか、と美歌がのんきな感想を頭の中に浮かべているうちに、それらは終了し、気がつけば二人は何かの建物の中にいた。


 天井も床も壁も赤茶色の煉瓦を重ね合わせたような単純な構造だが、フラットな地面は車椅子の邪魔にはならなそうだった。


『この初級ダンジョン【ベル塔】は段差が少ない平面で構成されており、車椅子の移動も容易です』


 美歌が浮かべた心配事の大きな一つである車椅子の移動は、このダンジョンにおいてはクリアされたことになる。


「確かに今まで考えたことなかったけど、ここのダンジョンって平坦な道が続いていた気がする」


「そうなんですか?」


 振り返ると、瑠那は白地に赤と青が散りばめられた柄物のヘアバンドを装着すると、肩に背負っていた明るいピンクのストライプの杖を手にした。


(カワイイ!)


 もしかしてこの瑠那の姿を見れるのはここだけじゃないか、などとうっとり見つめていると、瑠那はにっこりと微笑んだ。


「どうかな?」


「かわいいです! とっても! それもここで買えるんですか?」


「この杖だけは、ここで作ったの! 【杖製造】スキルを買ってね! あのお店で売ってたのは、どれもいかにも魔法使い!っていう感じの地味な杖だったから。これだとステッキみたいでちょっとカッコいいでしょ?」


 瑠那はダンスを踊るみたいに杖をくるくると振り回した。


(な、生ダンスだ~!!)


 とはさすがに言葉に出せなかった美歌は、「カッコいいです!」と手を叩いた。もしかして、自分もオリジナル楽器を作ることができるんだろうか。


「あっ、そうそう。まだ、誰も踏破してないから、最上階がどうなっているのかはわからないんだ。初級ダンジョンって言うくらいだから、このままずっと変わらない道なりだと思うんだけどね~」


 と、そのときだった。前方の曲がり角から、何かが疾走してくる音が聞こえる。


「さっそく、モンスターね!」


 杖を手にした瑠那の後ろで、美歌は恐る恐るギターを奏で始めた。その指の運びを聞いて、ナビが自動的にミュージックアプリを起動する。


『音楽魔法火属性初級スキル、【アレグロ】。楽譜を表示しますか?』


「お願いします!」


『了解しました』


 瞬時にエレクトフォンの画面に楽譜が表示された。


 バードが主に使う音楽魔法スキルは、瑠那などが使う一般的な魔法に必要な詠唱の代わりに、楽譜を用いてそれを演奏することで現象を引き起こす仕組みになっている。発動するまでにタイムラグがあるわけだが、それを補うために──。


トンドロ落雷!」


 杖を振りかざしてそう叫ぶと雷が落ち、煉瓦が剥がれ飛んでいく──瑠那のように一緒に戦う者が必要となる。


 曲がり角から出てきたのは額に二本の特徴的な鋭い角を持つ四足動物。


「バイコーン!!」


 それがどんな姿をしているのか、美歌は瑠那の背が視界の大半を覆っていてよく見えなかった。


 だが、それよりも紡ぐ音の羅列に心を奪われる。


 音楽は浦高のおかげで毎日聴くことができていたが、オーディエンスではなくプレイヤーになったのは随分と久しぶりのこと。


 獣の咆哮にも、雷のとどろきですら意に返さず、ただひたすら音を追いかけていく。美歌の目はすでに閉ざされ、楽譜を見ていなかった。指に挟んだピックが同音を順々に高速で弾き、熱情的なメロディを築き上げていく。


 葦毛の馬に似た容貌のバイコーンは、怒りに満ちたその赤い目を瑠那に見据え、さらにスピードをあげて突進してくる。


「トンドロ! トンドロ! トンドロ!」


 ──連続で雷を落とすものの、そのスピードの方が勝り、すんでのところでかわされてしまう。血管がぶちギレそうなほどの怒りの形相が間近に迫ってくるという状況の元でも、しかし、瑠那は何の不安も抱いていなかった。


 そこにある感情を言葉にするのなら、沸き上がるような情熱と奮い立つような感動。


(なんて! なんて素敵な音!!)


 今が戦闘中でなければその旋律に合わせて踊りたいくらいだった。一粒一粒が主役のように明瞭に音を主張し、しかし、乱れることなくネックレスのように一本の線に繋がっている。


 こんな音を瑠那は今まで聴いたことがなかった。これなら、これならきっととんでもない魔法が発動すると、確信に満ちていた。

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