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第4話 マルチソーサリーのルナ

(……毛で覆われてよくわからないけど、たぶん、グッドポーズのつもりなのかな?)


「あっ、はい。すみません、ぬいぐるみだと思ってたからびっくりして……」


「ぬいぐるみ~!? そんな可愛いもんに間違われたのは初めてだぜ!」


 そう言って豪快に口を開けて笑うと、ウルフガイはカウンターの下からタブレット大の端末を取り出した。太い指で器用に操作すると、古文書の表紙のような装飾で彩られた画面が現れる。


「ここに名前を記入するんだ」


 言われた通り、美歌はシンプルな四角い枠の中に指で名前を書いた。もう少し丁寧に書けばよかったと思ったのは、最後の一文字を書き終えてから。通知音とともに美歌のエレクトフォンが振動する。


「見てみなよ。登録が完了しているはずだよ」


 スラッグに促されるままにサーモンピンクのシャツの胸ポケットに入れておいたエレクトフォンを取り出す。光る画面には、「ようこそ 齋藤美歌!!」の言葉とともに次の行に「初期クラス バード」の文字が。


「初期クラス? バード……?」


「やっぱりバードだったんだ!」


「ほう、バードとは珍しいな」


「へーバードか」


 スラッグもウルフガイも美歌の端末に顔を近づけてのぞき込んでいた。もう一人初めて聞く声が後ろから。


「って、だれ!?」


 エレクトフォンを胸に押し付けながら、慌てて後ろを振り返ると、そこには一人の男が軽く腕を組んで立っていた。全体的に髪を立たせたショートヘアだが、縦半分が金髪でもう半分が黒髪の遠くからでも認識できる特徴的なヘアスタイルで、浅黒い肌につり目。その組んだ腕はTシャツがはち切れそうな程に太くがっしりとしていた。


 男は数秒ほどじっと美歌を見ると、「オレは有門優。よろしく」と名乗った。


「あっ、どうも──」


 自分も名乗ろうと美歌は口を開いたが、途中で止まってしまった。有門と名乗った男の後ろに何人も人が並んでいたからだ。それも全員男。


 最初は順番待ちかなとも思ったが、なぜか自分を凝視していることに気がつく。美歌が何も言えずにいると、男たちは一斉に車椅子のまわりに集まり、手を差し出した。


「仲間になってください!」


(えっ、仲間? なになに!?)


「齋藤さん、新人プレイヤーなんでしょ? だから、みんな仲間になれるチャンスだと思ったのさ。齋藤さん、可愛いから」


 有門は美歌に顔を近づけると目を細めて微笑んだ。あまりにも自然な動作に、接近を許してしまったが、すぐに体を後ろに下げる。


「ほら、気づかなかったみたいだけど、あっちでみんな聞き耳立ててたんだ。そんで登録が終わったところを見計らって──」


「──いやらしいことをしようと企んだわけね?」


「そうそう、いやらしいこと……あん?」


 有門は急に顔を強ばらせてゆっくりと後ろを振り返った。そして、その先にいる人物の顔を見て顔を引きつらせる。


「『マルチソーサリー』のルナ!?」


 慌てた様子で直立する有門。しかし、その様子も美歌の視界には入っていなかった。美歌の目に映るのは、その先に腕を組んで仁王立ちしている金髪美女の姿だけだった。


(ウソ…………)


 輝くような光沢を帯びた金糸のような髪は、邪魔にならないように低めの三つ編み団子でまとめられ、整った眉の下でキリリと睨み付ける切れ長のブルーの瞳は、青空を凝縮したかのように済みきっていた。筋の通った高い鼻は彫刻で彫られたかのように綺麗で、ふっくらとした唇はへの字に曲がっていても可愛かった。


 今、美歌の前にいるのは、間違いなく日本、いや美歌個人的には世界最強の美しさを誇るトップアイドル、金木瑠那だった。


「るっ……」


 驚きすぎて喉に蓋がかかったみたいに声が出せなかった。嬉しすぎて急に高熱が出たみたいに体が熱かった。──どうしよう。心臓が、心臓が、暴れまわりそう。


 美歌は自分がどこにいるのかも誰に囲まれているのかも、自分がどんな状況にいるのか一切全てを忘れ去ってしまっていた。かわりに、瑠那の一挙手一投足を全て刻み込もうとするかのように、その大きな丸い目は瑠那だけにフォーカスされていた。


 瑠那は眉をひそめて溜め息を一つ吐くと、横に垂らした緩くカールした髪の毛を耳にかけた。


「右も左もわからない女の子を集団で狙うなんて許せないわね。私の魔法で消してあげるわ」


「ダメだよ! 対人戦は禁止!」


 跳ねてアピールするスラッグにも、威圧感たっぷりの視線が注がれる。


「うるさいわね。だいたい、案内係のあんたにはその子を守る義務があるんじゃないの? まとめて消してあげる」


 瑠那は右手を体の前でかざすと詠唱を始めた。皆が青ざめるなか、ただ一人頬を赤らめてうっとりと瑠那を見つめていた美歌は、意を決して声を上げた。


「る、瑠那さん! 私、ずっとファンでした!!」


 その一言で空気が変わる。みんなが自分を見ていることに気がついて、ようやく瑠那は現実世界に戻ってきた。


「あなた、私のこと知ってるの?」


 右手を戻した瑠那は不思議そうな目で美歌に疑問を投げ掛ける。話しかけてくれたことに、美歌の胸がまた高鳴るが、今度は無事に言葉を発することができた。


「も、もちろん知ってます! 金木瑠那! 憧れなんです! 私の!!」


 その答えを聞くと瑠那は微笑んだ。それだけの動作なのに、花が咲いたみたいに特別なものに見えてしまう。


「だったら話が早い」


 有門が横に避けて開けた視界に、瑠那が近づいてくるのが見えた。ロールアップしたブラックジーンズに五分袖のゆったりとしたストライプブラウスとシンプルなファッション。なのに、スラッとした長い脚と透明感のある白い肌、小さすぎるその顔が絶妙なバランスで芸術を生み出している。


 フワッとローズの香りが広がると、目の前には手が差し出されていた。


「よろしく、私は金木瑠那。私と仲間になりましょう」


 何を言われているのかわからなかった。


 美歌は何度も視線を瑠那の顔と差し出された手を行き来して、ようやく握手を求められていることに気がつく。


「私とじゃ、いやかな?」


(いいえ、もちろんOKです)


 首をふるふると横に振ってその手をつかんだ。暖かくて柔らかい。ぎこちなく笑顔を向けると、瑠那は弾けるような笑顔を返してくれた。


「じゃあ、いこいこ!」


 後ろに回ると瑠那はためらうこともなく車椅子を押した。ゆるゆると動き出す振動とともに美歌の鼓動のリズムも速さを増していく。


「まずは、クラスの確認とスキルの購入だね! 教会に向かいながら、いろいろ説明してあげる」


「ダメだよ! それは僕の仕事なんだから」


「まあ、いいじゃん、いいじゃん!」

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