◇
時代はまた1000年前に戻る。
「...誰だ?」と、上質な着物を着ている男は突如、天井から現れた私にそう言った。
すると、隣にいた奥さんと思われる人が袖から小刀を取り出し、私に向ける。
「曲者!」
先程までの朗らかな表情は消え、その目はまさに敵対心に満ちた鋭い目をしていた。
「いい目をしているねぇ、お嬢さん」と、言いながら私は天井から降りる。
「すぐに救援を...!「待て。問題ない。もし暗殺者なのであれば、声をかけるわけもない。わざわざ声をかけたということは、対話を望んでいるということ。少なくても現時点では」
鬼を狩っただけのことはあるな。
「正解だ。流石は鬼を狩ったと噂の男...」
「そちらこそ。私に気取られることなくここまで侵入してくるとは、只者ではないとお見受けする。それで?その見た目...あなたは何者で、私になんの用が?」
そのまま、硬い木の床に腰を下ろす。
「ちょっと、最近腰が悪くてな。悪いが、座って話をさせてもらう。あなたも自由にしてくれて構わない」と、まるで私が上であるかのような態度を取ってみる。
しかし、表情ひとつ変えず、「いや、このままでいい」と言った。
そうして、私はここに来た目的と自分の正体について説明し始める。
「私は遠方の国からやってきた。名前はシエルドビット・ライノーアプリテンド・リュシエンヌ。長いからみんなからはシエルと呼ばれている。ここに来た目的はある魔物を退治したいと思っているから...その協力を頼みたくてな」と、簡単に事情を説明する。
「...遠方の国?」と、訝しげにこちらを見つめる。
説明はそこから...か。
隣国との貿易程度ならしているはずだが、この世界の大きさについてはまだ理解していないようだ。
そうして、俺は簡単にこの世界について説明した。
この国は世界の一部で有り、その中でもかなり小さい島国であること。
その島国からとんでもない悪の気配が感じられると話題に上がっていた。
しかし、ある時その気配が突然なくなった。
言うまでもなく、誰かがそれを倒したことは明らかであった。
そのため、その倒したものに会いに、はるばる遠い国からやってきた...と、そう告げた。
「...なるほど。確かに酒呑童子...あなたのいう鬼を倒したのは私だ。しかし、あれは私1人の力ではなく、周りの人間のサポートがあったからこそ勝てたのだ。あまり、課題に評価されても困る」と、およそトップとは思えないほどの謙遜ぶりに思わず笑みが溢れる。
「...なぜ笑うのだ」
「いや、それだけの力を持っていれば、大抵の人間は欲に溺れ、他人の見下し、自分を崇めさせるものが多いと思うんだがな。あなたはどうやら違うらしい」
その言葉を聞いて、少しだけ張り詰めた緊張が解けた気がした。
「...大体の話は分かった。しかし、申し訳ないが協力はできかねる」と、真っ直ぐな目を見つめて、あっさりと断られる。
「一応、理由を伺っても?」
「理由はいくつか有る。今、この国を収めているのは私。その私がここから離れるというのはできかねる。それに遠方の国の出来事に首を突っ込めるほど余裕もないからというのもあるが」
その瞬間、付け込める隙があることを確信する。
「何もあなたを遠方に連れて行こうだなんて思ってない。むしろ、私は増援のようなものだ。つまり、何が言いたいかと言うと、その魔物がこの国に来ようとしているから...。そう、次のやつのターゲットがこの国なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、悟ったような顔をする。
「虎の尾を踏んでしまった...ということか」
そう...。酒呑童子は大王の最も信頼する手下だったのだ。
それを倒したとなれば間違いなくやつはここにやってくる。
復讐をしに。
「だから、別に協力が必要ないと言うことなら、私は一口にそれでも構わない。分かるか?つまり、協力をお願いするのはむしろそちら側だということを」
ここまではプラン通り。
正直、激情型であればもう少し下手に出らつもりだったが、このタイプであればむしろこういったやり方の方が効果があることはわかっていた。
「相当口が上手いですね、あなたは。いいでしょう。では、お願いします。それで?報酬は?」
「...報酬ねぇ」
「タダで協力していただけるというわけでもないしょうに」
正直、ここまでうまくいくとは思ってなかった。むしろ、こちらがお願いする立場になると思っていたくらいだ。
先ほどの発言から明らかに余裕があるようには見えない。下手に金品を要求するのはむしろ悪手か。
なら、あれでいいか。
「...ここの国には四季というものが存在するらしいな。春夏秋冬と言ったか。それを見せて欲しい」
そんな予想外の報酬に思わずニヤッとする男。
「...本当に賢い人のようだ。いいでしょう、その条件で。それでは、話を聞かせてもらいましょうか。その魔物とやらを」
「その前に一ついいか?」
なんでもどうぞというような感じの仕草をされた。
「一応、どの程度の力を持っているか、確認したいんだが。良いか?」
「いいですけど、どうやって確認するんですか?」
「軽い手合わせでいいだろう」と、魔法で作った空中から剣を取り出す。
「この国では刀...というかなり切れ味のいい剣があると聞く。その腰に刺しているのが刀なのだろう?」
少し不安そうに見つめる奥さんの頭に優しく手を置き、「大丈夫。私は負けない」と言った。
「...お互いに傷を負わせることを禁止する。あくまで手合わせ...。5割程度の力を見れれば「全力でやりましょう。もちろん、相手に怪我を負わせずに」と、割り込んでそう言った。
柔和な態度から一変、周りの空気が張り詰めるのがわかる。
「...なるほど。やろうか」
そうして、お互いに真剣に刃を交えた。
結果は私の勝ちだった。
◇
お互いに怪我を負うこともなく、力量が分かった私たちはすぐに仲良くなり、私はお客として城に招かれた。
そして、客室で2人、この国のお酒を嗜みながら、話をしていた。
「...すごいですね。基本は魔法をメインとしているのにあれだけの剣術...。世界は広いということですね」
「それを言うならこっちこそ。あれだけの剣術...世界広しといえど、そうそういないと思うぞ。それに弓もかなり良かった。鬼を倒したというだけのことはある。安心しろ。私は世界で一番強いと自負している。その私が強いというのだからあんたは強い」
酒の勢いもあってか、ペラペラと話をする私を見てクスッと笑う。
「なんだ?」
「いや...この国の言葉どうやって学んだんですか?」
「そこら辺の子供や大人たちとちょこちょこ話をしたからな。最初こそ、怪しい奴を見る目を向けられていたが、すぐに仲良くなれた。この国はいい国だ。トップがいいからか」
そんなことを言いながら、もう一杯、お酒を飲む。
「なるほど。でしたら、私から一つ忠告を。外見から判断するにシエルさんは恐らく年齢は60代ですよね?」
「その通りだ」
「でしたら、一人称は儂...語尾は『じゃ』とか、『のぉ』みたいなほうが貫禄が出ていいと思います。今のままだと話し方が少し若者すぎるので」
一人称は鷲?いや、そういう一人称があるのか。それに『じゃ』に『のぉ』...か。
この国の言葉は難しいな。
「...分かったのぉ。やってみるのじゃ」
試しにやってみるとクスッと笑われる。
「...なんじゃ?」
「いや、少し面白いなって。ごめんなさい」
その言葉を聞いてなんだかわしも嬉しくなった。
「...わしの背中はお主に任せるのじゃ」
「...はい。私の背中も預けます。一緒に倒しましょう」
そうして、また杯を交わした。