「...その速度...。お前、本当にFランクか?」と、メデューサが驚いたような口調でそんなことをいう。
今回は逃げを前提とした戦いになる。
昔の儂の肉体であれば肉体強化の魔法不要でこの速度に耐久出来たのじゃが、宗凪殿の体ではそうはいかない。
今度からは肉体の強化もしないとだめじゃな。
ただでさえ少ない魔力を余計に使っているのもあり、もって5分...。
いや、下手すればもう少し早く尽きてしまうかもしれない。
ダンジョンからの緊急脱出が一番いいが、奴がそれを許してくれるとは思えん。
狭いダンジョンの中を高速で移動しながら思考を巡らせる。
「いやぁ...やっぱあの方の目を疑っていたのが間違いか...。お前がシエル...でいいんだな?」と、こちらに向かって魔法を飛ばしてくる。
真っ赤な火が龍の形となり、高速でこちらに向かって飛んでくる。
間一髪でかわすが、奴が腕を振るとそれに合わせて追尾してくる。
これは一級魔法【火神楽】か...。それを詠唱破棄してこの威力を保てるとは...。
本格的にまずいな。奴の魔力の底も見えない。
「...一級魔法【水演舞】」と、唱えると水の龍が表れて【火神楽】にぶつける。
相殺されて周りに水蒸気が立ち込める。
この隙に逃げると、入り口に走り始めると、天井が崩れて入口への道が途絶える。
「はっ、この程度の目暗ましで負けるとか本気で思ってんの?」
「...ふぅ...」と、一呼吸置き、もう一度ナイフを構える。
そんな異次元の戦いを見て、宗凪殿が呟く。
『...すげぇ...』
「...宗凪殿にもいつかはこれくらいできるようになってほしいんじゃがな」
そんな会話の隙も与えないといわんばかりに様々な攻撃が飛んでくる。
遠距離で攻撃しているうちは問題ない。
しかし、これが近距離に移り変わり、あの毒髪で攻撃されようものなら恐らくひとたまりもないはずじゃ。
奴がそうしないのは、舐めているからじゃ。
いつかは勝てる試合だからこそ楽しんでいる。
それでいい。そういう間合いで戦ってもらわないとこっちは持たない。
魔力コスパのいい身体能力向上系のバフ魔法を中心に、とりあえず逃げに100%舵を切っている限りはこの均衡はなかなか崩せないはず。
「ははっwよくかわすじゃんwけど、あんたもあの方と同じなら、全盛期の力はないはず。その肉体でのいつまでもつか、楽しみだな」
「...」
それから、何とか耐久するもすぐに3分程度が経過する。
今のところ助けが来る気配はない。
既に魔力は三分の一まで減っていた。
「はぁ...はぁ...」と、上がり切る息。
呼吸を整える魔法を使うのも惜しまれる。
「いやぁ、すげぇよ。けど、残念だな...。全盛期のあんたとぜひ戦いたかったぜ」
「...はぁ...見逃してくれれば...戦えるかもしれんぞ...っはあ...」
「その挑発は少し無理があるな。悪いがあんたは殺していく。そういう命令だからな。狭いダンジョンから私を解放してくれたあの人のためにも」
その瞬間、とある気配を遠くに感じる。
思わず少しにやっと笑う。
「...第一級魔法【煉地獄】」と、唱えて初めて攻撃のための魔法を使う。
上下左右からマグマが飛び出し、無数に攻撃を始める。
やつも攻撃されると思っていなかったのか、焦って【水上壁】を繰り出しなんとか相殺する。
しかし、儂はすかさず攻撃魔法を繰り出す。
奴に向かって真っすぐに腕を向けて、「第一級魔法【光線波】」と唱える。
音速を超える、光の細い攻撃が奴の髪に直撃し、蛇の頭が飛散する。
「ぎゃあ!!!」と、攻撃された髪の毛を抑えながらこちらを睨む。
そうして、眉間にしわを寄せると、こちらに向かって突っ込んでくる。
「てめぇ!調子に乗りやがって!」
儂は既に魔力のすべてを使い切った。
反撃がないと思って真っすぐ突っ込んでくる。
そう...。こういうタイミングを待っていた。後は任せるぞ。No.1。
やつの手が儂の顔の前に来た瞬間、その手が真っ二つになる。
「んなふ!!??」と、驚愕するメデューサ。
「...よく耐えた」と、小さく男は呟く。
そこに立っていたのは...宗凪殿に見せてもらった配信に映っていた...日本最強のダンジョン冒険者の姿だった。
その瞬間、魔法が切れた影響で肉体の主導権が宗凪殿に戻る。
「極...さん」
そこにいたのは真っ黒い双剣を構えた日本最強のダンジョン冒険者。
それは映像で見るより遥かに迫力がある姿だった。
「...ってぇ!!てめぇ...!どういうつもりだ!」と、叫ぶメデューサ。
「どういうつもりとは?悪いが、俺はモンスターと言葉をかわす趣味はない」
そのまま、まっすぐに突っ込んでいく極さん。
それと同時に俺は邪魔にならないように壁のほうに走る。
魔力切れにより重くなった体を引きずりなんとかたどり着くと、両膝と両手を地面に付く。
「...はぁ...はぁ」
そうして、振り返ると先ほどまで余裕綽々の表情をしていたメデューサの焦った表情が見える。
反対に極さんは慣れたようにどんどん魔法も毒髪も関係なく、すべてを黒の双剣で真っ二つにしていく。
その表情は全く変わらず、冷たい目でやつを見つめる。
これだ。
一切表情に出さずに、無情にモンスターを討伐するその姿。
その姿に俺は強くあこがれたのだ。強者ゆえの余裕。それがただただかっこよかった。
「っち!第一級魔法「遅い」と、詠唱の暇も与えず、その腕を切り刻む。
「っ!!!」と、高速再生でなんとか腕を再生するも、魔法の無駄うちと再生により魔力の底が見え始めていた。
「...終わりだな」
「...っぐ!て、てめぇ!う」と、何かを言いかけた瞬間、メデューサの首が飛んでいく。
...人生で初めて見たSSクラスの化け物と、それを難なく処理する最強の男。
歓喜に沸いている中、極さんはダメ押しするように奴の肉体をバラバラにし、そのまま魔法で塵にする。
そうして、ゆっくりと近づいてくると、俺のところに来た。
「...けがは...あるよね。とりあえず無事でよかった」と、無表情で俺に話しかけてくれる。
「は、はい!あの...!いつも...配信見てます!」
「...そう。俺も一回、君の配信見たことあるよ。面白いことやってるよね」
「あ、ありがとうございます!」
「...確か、ランクアップダンジョンなんだよね、ここ。ちゃんとEランクのモンスターは倒しているようだし、今回の件については俺が報告しておくから。ランクアップに関しては心配しないでいいよ」
「はい!」
アイドルにあったファンのように、目を輝かしながら数秒の時間に心を躍らせていた。
「じゃあ、戻ろうか」と、声をかけてくれる。
そのまま立ち上がり、ついていこうとすると、『宗凪殿。悪いが、この人とは一緒に帰らないでくれるかの』と言われる。
「...え?」と、思わず口に出てしまい、極さんが「どうしたの?」と言う。
『適当に嘘をついて...例えば大事なネックレスをダンジョンに落としたので、それを見つけてから戻りますとか...そんな感じでうまいこと言ってくれ』
シエルさんの真意をつかめないものの、俺は言われたとおりに極さんに伝える。
「...落とし物?一緒に探そうか?」
「い、いえ!大丈夫です!モンスターはいないですし、一人で探せます!」
「...そう」
すると、彼はそのまま一人出口に向かっていくのだった。
そんな姿を視認しつつ、見えなくなったところでシエルさんが呟く。
『悪いの。せっかく憧れの人に会えたのに』
「...いえ、別に大丈夫です。それでどうしたんですか?」
『こんなタイミングで申し訳ないのじゃが、このダンジョンにあるようなんじゃ』
「...ある?何がですか?」
『決まっているじゃろう。【亜解凍の魔晶】じゃよ』
「...え!!!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、あまりに予想外な出来事に大きな声が出る。
『儂もびっくりしたのじゃが、まぁダンジョン攻略後でもよいかと思っての』
「...マジですか。てか、【亜解凍の魔晶】について、極さんには話してもよかったんじゃないですか?」
『...どうじゃろうな。儂にはその判断ができなかったのじゃ』と、どこか訝しげにそう呟いた。