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第18話 大物と、遭遇

 あれから数日経った。


 深夜のアルバイトと配信...、配信の企画を考えながら片手間にシエルさんによる特訓を繰り返し、正直寝る暇もない状況になっていた。


「おっ、今日もダンジョン?最近頑張ってるねぇ。けど、顔がすごーく疲れているよ?ちゃんと食べて、ちゃんと寝てる?」と、宮野さんがいつものように楽し気に話しかけてくる。


「あぁ...そうですね。ちょっと寝不足かもです。でも、大丈夫です!」と、空元気で返事をする。


「そう?それで...今日はいよいよ、ランクアップの試験を受けると...。いやぁ、最近はEランクも単独で潜っているわけだし、ちゃんとクリアもできてるし、大丈夫だとは思うけど...気を付けてね?」と、手続きをしながら片手間に心配される。


 宮野さんは俺にとって姉のような存在だ。

そんな人に気遣われることは少しうれしさを感じながら、「...はい!」と大きく返事をした。


 実際、単独でのEランク攻略は基本シエルさんの指示の上での結果だった。


 今回に関しては完全に単独でのEランク攻略が求められる。

命の危機がある以外は一切シエルさんの助言や交代はなし。

まさに...これは俺の修行の成果を試すいい機会である。


 そうして、ダンジョンランクアップの申請を終えるといつも通りEランクダンジョンに入る。


 ランクアップの条件はランクごとに異なる。

Fランクは冒険者に申請することで誰でもなれる。

その一個上のEランクになるには、単独でEランクをクリアすることが条件。

緊急の場合を除いて他のダンジョンプレイヤーは入ることができない。また、誰かが入った時点でランクアップ試験は不合格となる。

もちろん、管理に関してはダンジョン事務局で行っており、特別な状況を除いてそれは起こらない。


 シエルさんだけではない...。ほかのダンジョンプレイヤーの助けもない。


 その状況について改めて理解しながら、呼吸を整えて、ダンジョンに進んでいく。

今までの経験上、恐らく一人の攻略はさほど難しくはない。

しかし、こころの支え、保険がないっていうのはやっぱり不安しかない。


 呼吸を整えてダンジョンに潜る。


 最初に現れたのはエレクトリック・スネーク。


 こいつには何度もやられてきたな...。

なんだかんだ一番思い入れのあるモンスターになっていた。


 最初は動きも理解できず、尾の攻撃をもろに受けていたのが懐かしい。


 今ではステップをしながら軽くかわせるようになっていた。

もちろん、敵わないと思うが、最初にみたハイエート対シエルさんの戦いに近い動きができていた気がした。


 そのまま、ナイフを構えながら弱点が露呈する瞬間を狙う。

そうして、こちらに突っ込んできた瞬間に頭部の弱点にナイフを突き刺し、そのまま目にも突き刺す。


 ナイフを刺した後にすぐに体を引いて、距離を取り、そのまま、1000円で売っているスペアのナイフを準備する。


「...ふう」と、深呼吸してからもう一度エレクトリック・スネークを見つめる。


 痛みと視界がなくなったことで荒れ狂う奴をもう一度見つめる。


 そうして、周りに当たり散らかすのをなんとか躱しながら、動きが止まった瞬間にナイフを頭に突き刺す。


「ぎゃああああああ!!!」と、泣き叫びそのまま倒れる。


「...ふう...」と、一息つく。


 問題ない。いつも通りの動きができている。

これなら大丈夫だ。


 そのままリリック・ゾンビや、ビッグ・ハムスターを倒すことに成功する。


 受けた傷はかすり傷が数か所...、十分だ。


 残りは数体のモンスター...。これを始末すればダンジョン攻略完了。

シエルさんの手を借りることもなくここまでできているのは...自信に繋がるな。


 そのまま、エレクトリック・スネークの巣穴に向かい、奥のほうに進むとそこにいたのは...数匹の子供のエレクトリック・スネークと...卵であった。


「きゅーん...」と、泣きながらまるで殺しに来た俺に助けを求めるような目で見つめる。


 ...今まで子供のモンスターを殺したことなんてなかった。

いや、迷うな。この子たちがいつか...俺たちのことを殺すのだ。

だとしたら、今ここでやることが...。


 しかし、子供のモンスターと人間の子供が重なるように見える。

その瞬間、構えたナイフが震え始める。


 わかっていた。モンスターだって、子供がいるし、こういうことが起こっていることくらい。


 けど、目にしたことはない。

いや、考えたことがなかったのではない。考えないようにしていたからだ。


 思考はどんどん循環していく。

やるべきか...否か。


 その瞬間、巣の中で一番大きい...といっても、手のひら程度の大きさのエレクトリック・スネークが俺の腕に噛みつく。必死に...。


 そのせいで余計に思考が乱れていく。

自分の正義が...ヒビに入っていく。


『しっかりしろ』と、まるで背中を叩かれたような感覚に陥る。


 我に返るとそのまま、腕に噛みつく小さい子供を...俺は引きはがす。


「ごめんね」


 そうして、生まれた子供たちのエレクトリック・スネークを...優しく息の根を止める。


 卵はそのままにして、巣を後にしようとする。


『良いのか?卵はそのままで』

「...はい。ダンジョン攻略はあくまでモンスターの退治ですから。卵はその対象外です」

『しかし、いずれは人間に牙を向くことになるんじゃぞ』

「わかっています。それでも...です」

『そうか。それが宗凪殿の判断なら...』


 噛まれた腕をじっくりと見ながら、ダンジョンを抜けようとする。


 その瞬間、地響きとともにダンジョンの天井が崩れる。


「な、なんだこれ!?」と、足元もぐらつき始めてそのまま地面に倒れてしまう。


 一体何が起こっているのか分からないまま、振動に耐えていると、少ししてようやく落ち着く。


 ふう...、いったい...ダンジョンで地震なんか聞いたことないけど...。


 膝に手をつきながら立ち上がると、目の前に何かがいることに気づく。


 それは女性の体をした...蛇のようなモンスター。

エレクトリック・スネークではない。

だって、それは子供ともども俺が殺したのだから...。


 それに大きさも色も気配も...何もかもが違う。

一度...彼の配信で見たことがある。


「...ふざんけんなよ...なんでこんなところに...」


モンスター名:【酷虐のメデューサ】ランク:【SS】

見た目は一見して人間のようではあるが、髪の毛は全て蛇になっている。

身長は160cm程度、やせ型。

攻撃方法は多種多様。蛇の髪の毛による無数の攻撃、更に全ての髪の毛に即死レベルの毒が仕込まれているため、噛まれた時点で終了。

それ以外にも人間同様に魔法を使用することができ、そのレベルもSランクのダンジョン冒険者と同等のレベル。

SSランクの中でも上位のモンスターであり、単独の撃破はSSSランクではないと不可能とまで言われている。


「...なんで...Eランクのダンジョンに...」


 次の瞬間、『変わるのじゃ!』と言う言葉と共に、シエルさんが入れ替わり、間一髪で髪の毛の攻撃を躱す。


「...逃げの一択じゃな」


 今までのシエルさんとは違う。

明らかにやばい状況であることを再確認させられる。


 倒すのは絶対に不可能。

逃げるのもほぼ不可能だが、既に緊急の連絡を行っており、数分もすれば討伐隊がやってくるはず。


 しかし、モンスター情報は向こうには届いているはず。

そうなると、SSSランクの派遣が考えられるが、あのレベルともなればそんな簡単には派遣できないかもしれない。


 そうなれば、いよいよピンチもいいところだ。


 額から垂れてくる冷や汗。


 深呼吸しながら、シエルさんは防御全開の構えをとる。


「...元の儂の体でもそこそこ手こずりそうなレベルじゃな。なんでこんなところに...」


 すると、ようやくメデューサは口を開く。


「はぁーあ。何でこんなEランクのダンジョンの雑魚冒険者を狩るために私が派遣されたんだが。あー、そうだ。質問しないとダメなんだっけ。あんた、【亜解凍の魔晶】って知ってる?」


 ...やはり、大王の差金なのか。

というか、あいつらは魔族だけでなくダンジョンのモンスターも従えているのかよ!


「...知りません。なんですかそれは?」と、シエルさんが俺になりきってしらを切る。


「でしょーね。まぁ、やっぱり知るわけないよねー。はぁーあ。だから言ったのに。どうしようかなー。帰ろうかなー」と、退屈そうに呟く。


 そんな言葉に淡い期待を抱くが、「杞憂はない方がいいか。ごめんだけど、やっぱあんた殺すわ」と、手をこちらに向けてくる。


「...っ!」と、すでに圧倒的な魔力の差に怯えている俺だったが、シエルさんはまっすぐやつを見つめていた。


「...時間を稼ぐが、恐らく持って5分。それまでに応援が来なければそこまでってことだ」と、独り言のように呟く。


 覚悟は決まっている。

シエルさんが無理なら諦めもつく。


 ゆっくり目を閉じて、五感を研ぎ澄ませるようにしながら、小さく魔法の詠唱を始める。


 それは全て俺には使えないような高等魔法だった。


「これが俺の残した全ての魔力。失えばしばらく交代することも難しいだろう」


 そのまま準備を整えたシエルさんはゆっくりと目を開き、メデューサにこう言った。


「...はじめようか。下剋上を」


「...正気?何をどう見積もっても、Fランクのお前が叶う道理はないんだけど」


「それでも、やらなきゃいけないことってあるんだよ」


 そうして、両手に1000円で買ったやっすいナイフを手にして、構えた。


 次の瞬間、俺の体は音速を超えた。

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