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第11話 恐怖と、来訪

 ◇都内のタワマン 58階


 一つ10万円を軽く超える、小さな照明。

一個で十分なのに無駄に配置されている、お洒落なだけの置物。

一人暮らしには不要な大きさの冷蔵庫。


 そんな豪華なだけで空虚な一室で私は天井を眺めていた。


 そうして、ぼんやりとテーブルを見ていると、昔から好きだったキャンディが目に入り、一個手に取るとそのまま口に運ぶ。


 この味は...コーラ味かな?

部屋で最も安く、似つかわしくないものが一番安心できた。


 そのまま、立ち上がると一糸も纏うこともなく、生まれたままの姿で私はキャンディを舌で転がしながら、窓ガラスから地上を見下していた。


 この高さでは人を認識することすらできない。

けど、そこには一人一人の人生が確実にあるのだ。


「...くだらない」と、感傷に浸っていた自分にそうつぶやく。


「...目的の少年には会えましたか?」と、名前も知らない20代くらいの黒服の男が、白のネグリジェを持ってくる。


 月収100万円で雇っている、執事兼SP兼マネージャーの男。

私が直々に面接をし、雇ってからもう1年経つというのに、特に親近感も友情も愛情も芽生えることはない。


「...まぁね」と、それを受け取ると、私は虫を払うような仕草をして、その男を部屋から追い出す。


「失礼しました」と、頭を下げて部屋から出ていく。


 今、私がこうしている間もあの人は楽しく過ごしているのだろうか。

...あの人は私が手に入れる。


「...今行くね、お爺ちゃん」と、白のネグリジェに袖を通しながら小さく呟く。


 ◇


 あの後、ダンジョンを攻略したのちに、宮野さんにその旨を報告し、家に帰宅した。


 もちろん、式波さんのことは言えるわけもなく、伏せて報告した。


 色々あり過ぎて、状況の整理ができていない中、ソファに座りテレビをつける。


 時刻は7時を過ぎていた。


 グルメ番組が流れ始め、美味しそうにご飯を食べる芸能人。

しかし、やっぱり気になって俺はシエルさんに質問する。


「あの子とは知り合いなんですか?」

『...いや、儂が生きていたのは1000年前じゃぞ。知り合いなど居るわけがないのじゃ』


 正論。

それはその通りだ。

もし、いるとすればそれは相手も1000年眠っていたことになる。


「...1000年眠っていたという可能性は?」

『ないの。そもそも1000年前にも見たことがないのじゃ』


 だとしたら、彼女は一体...。


 そんなことを考えていると、カバンにしまっていた赤いスライムが暴れ始める。


 あっ、忘れていた。


 そのまま、カバンのファスナーを開けて、スライムを外に出す。


 息苦しかったのか、狭苦しかったのか、カバンを開くと勢いよく飛び出て、ぴょんぴょんと跳ね始める。


 そうして、俺の部屋をぐるっと見渡して、少し呆然とした様子の赤いスライム。


 なんかちょっとかわいいなと思いつつも、いつまでも赤いスライムなんていう呼び方では可哀想だと思い、名前をつけることにした。


「...うーん、どんな名前がいいかな」

『ふふっ、命名は儂に任せるのじゃ。そうじゃな...赤星はどうじゃ?』


 うーん、ものすごく足が速いかと想像してしまうし、誰かの顔がチラつくのでやめておこう。


「もっと、ペットっぽい名前がいいですね」

『ぬぬ?じゃとすると...赤いスライムを略して、アスラはどうじゃ?』


 おぉ、なかなか悪くない名前だ。

うん、アスラ。いい。


「よし、じゃあアスラにしましょう」


 すると、慌ただしく家の鍵が開く音がして、なだれ込むように斗和が入ってくる。


「ご、ごめん!ちょっと、遅れちゃった...。ごはんもう食べた?」と、額に汗をにじませながら質問してくる。


「いや...まだだよ?今から作るなら、今日は出前にしようか?」

「おなか...減っちゃってるよね。本当...ごめん」

「別にいいっての。たまに休むのもいいでしょ」


 そうして、俺は出前で寿司を頼むことにした。


『なんじゃこの食べ物は!』と、HPに乗っているメニューを眺めているとシエルさんが興奮気味でそう質問する。


『これはお寿司ですね。お魚の刺身とごはんを合わせた食べ物です。見たことないですか?』

『前に一度見たことがあったのぉ...。その時にいつか食べたいと思っていたのじゃ!』

『それはタイミングばっちりですね。じゃあ、食べるときに変わりましょう』

『よいのか!!』と、プレゼントをもらった子供の如く喜ぶ。


 戦闘においては頼もしくかっこいいのだが、こういう時には無邪気に喜ぶその様子がなんだかかわいくて、少しだけ笑ってしまう。


「...なんでお寿司のメニュー見て笑ってるの?怖いんだけど」と、そんな俺の様子を見た斗和が引きながらつぶやく。


「何でもない、何でもない。ところで、斗和が何がいい?」

「お金をもらって夜ご飯を作りに来ているのに、ご飯を作り忘れた上にご飯までごちそうになるつもりはないから」と、相変わらず頑固にそう言った。


「...別に気にしなくていいのに。というか、やっぱ頻度下げたほうがいいんじゃないか?週3回とか...。毎日はやっぱあれだし...」

「それじゃ...毎日あんたに会えないじゃん」

「ん?何?」と、後ろを振り返りながら聞こえないふりをして、聞き返す。


『それじゃ...毎日あんたに会えないじゃんって言っていたぞ』と、シエルさんが丁寧に教えてくれる...。

ったく、鈍感主人公を装っているのに...。


『今のは聞こえないふりをするのが、現代の正解なんですよ』

『そうなのか?...現代とは難しいのじゃな...』


 そのまま、ソファに座ってテレビを見ていると、横に座ってくる斗和。


「なんか面白いテレビやってる?」

「...最近は面白い番組減ってるからな。【衝撃映像!】とか、【大食い系のお店紹介】とか、【クイズ】とかばっかりで...。てことで、映画でも見るか」と、サブスク契約している動画サイトにアクセスし、ランキングを眺める。


「...ねぇ、ホラー映画見よう」と、俺からリモコンを奪い取ると、勝手に話題になっていたホラー映画を選択する。


「...あの...斗和さん?俺...怖いのそんなに得意ではないんですが...」

「うん、知ってる。だから見るの。反応面白いから」と、ドSな発言をしながら音量まで上げ始める。


 ホラー映画とか...何年ぶりだろう。

最後に見たのは小学生くらいのときか?

確か怖くて一緒に見ていた斗和に抱き着いたんじゃなかったっけ...。


「あの...斗和さん。念のため布団を持ってきてもよいでしょうか?」

「却下。隠れようとしてもだめ」


 そうして、無慈悲に流れ始める映画...。

当然、電気は消されて、映画さながらの雰囲気を演出する。


 映画のタイトルは【5minutes of tears】、訳すと【5分の涙】になる。


 物語はとある一家に一人のお爺さんが訪れるところから始まる...。


 最近ここらへんに引っ越してきたもので、近所の人に手土産を配りながら挨拶をし、ついでにここら辺のことを聞いて回っているとか...。

しかし、家族全員がその姿を見たとき、どことなく怪しさを感じたため、適当に挨拶を済ませるのだった。


 それから、事あるごとにお爺さんは家に来た。

やれ、醤油がなくなったので恵んでほしいとか、最近ここらへんで怪しい人物を見かけたので注意したほうがいいとか、近所のうわさ話など...。


 最初こそ適当にあしらっていたのものの、お爺さんの忠告通り、実際近所で殺人事件が起きたこともあり、次第にお爺さんのことを信頼していく。


 そうして、母親や父親、兄弟もお爺さんを好意的に受け入れるようになっていった中、7歳の次男であるルディックのみがずっとお爺さんを怪しんでいた。


 なぜ、怪しんでいたのか?理由はいくつかある。


 最初、お爺さんは近所の人に挨拶をしていると言っていたが...、近所の仲のいい人に聞くと、そんなお爺さんは知らないといわれたのだ。

それ以外にも、そもそもお爺さんはどこに住んでいるのかも不明なのだ。


 近くのマンションに住んでいると言っていたが、それがどこなのかは一切言わないのだ。

しかし、家族はそんな彼の主張も『戯言』といい、聞こうとしなかった。


 なので、少年はそのお爺さんの後をつけてみることした...。


 いつも通り、7時くらいになると「あぁ、そろそろ帰らないと...」と言い始める。


「送っていきますよ」という母に対し、「いえいえ。近いですから、大丈夫です」と定型文な返答をする。


 そして、家を出たのを確認したタイミングで、裏口から飛び出すルディック。

ばれないようにこっそりと覗いていた。


 うちの家の窓から離れた瞬間、腰は上がりスタスタと、若者のような軽い足取りに変わる。

そのまま、狭いわき道に入ると、何かごみのようなものを路上に捨てて、一人の人と遭遇する。


 後ろからついていきながら、お爺さんが捨てたものを見に行く。


 そこにあったのは...お爺さんの顔の皮であった...。

つまり...あれはお爺さんではなかったのだ。


 その衝撃的な事実に驚きながら、パッと顔を上げると、誰と話しているかが分かった。

それは...近所の仲のいい人であった。


 一瞬、あの人もグルなのかと思ったが、すぐに違うことに気づく。

いや、正確に言えば、グルかもしれないし、そうじゃないかもしれないだな。


 だって、近所の人の言ってることは何も間違っていない。

本当に、あのお爺さんのことを知らないんだから。


 そう思いながら、ルディックは立ち上がる。


 その瞬間、肩をたたかれる。


 振り返ると、お爺さんがものすごい顔を近づけながら立っていた。


 お爺さんは...一人じゃなかった。

だってそうだろう?マスクをかぶれば誰だってお爺さんになれるのだから。


 その瞬間、我が家のチャイムが鳴り、恐怖の最高潮に現実が重なり、「ぎゃああああああああああ!!!」と、大絶叫をかましてしまう。


 勢いよく俺は斗和に抱き着くと、「ちょ!?//何してんのよ!//」と、思いっきりビンタを食らう...。


 まさに、踏んだり蹴ったりである...。


 そうして、頬を抑えながら玄関に向かう。


「はーい...」と、扉を開けるとすぐに声が聞こえてくる。


「金の寿司でーすw」


 そこに立っていたのは、式波さんであった。


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