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第9話 ざまぁと、同情

「チュンチュン!」と、スズメが鳴く声で目を覚ます。


 眠い...。完全に寝不足である。


 一日中、将棋の勉強をしていたシエルさんはようやく眠ったようで、入れ替わるように俺が目を覚ます...。


 脳内で永遠に符号を言われるのは地獄でしかなかった。

例えるなら寝ようとしているのに無理やり目をあけられて、羊が右から左に移動する映像を見せられているような...。


 そう思いながら重い体を何とか起こし、カーテンを開いて無理やり目を覚ます。


 さて、今日はどうしようか...。

斗和は大学だし、今日の夜はバイトだし...。

よし、午前中は昨日の動画の編集をして、午後は新しい道具を買いに事務局に行くとするか...。


 寝不足の目を擦って、顔を洗い、体全身に喝をぶち込む。


『...儂の勝ちじゃ...らいこう...むにゃむにゃむにゃ...』と、シエルさんが呟く。


 えぇ...。寝言とかも聞こえるのこれ。てか、なんか名前で呼ばれてるし。


 さすがに鼾は聞こえないようなのでそこだけは安心した。


 そのままPCを起動させつつ、冷蔵庫からコーヒーを取り出し、コップに注いで1口含む...。うむ...、早朝にこれは良き一杯だ。


 そうして、動画を切り抜いたり、カットしたり、字幕を付けたり...。

お昼までそんな編集作業をするのだった。


 ◇昼


 朝食はあまりタイプではないため、お昼になるとお腹がペコペコだった。


 よし、事務局に行く前に適当にご飯を食べに行くか。


 そうして、支度をしていると『...うむ、おはよう。奏凪殿』と、声をかけられる。

 どうやらシエルさんが起きたようだ。


『おはようございます、シエルさん』

『むむ?どこに行くのじゃ?』

『まぁ...お昼を食べに行こうかなと』

『そうかそうか。それはいいのぉ...ふぁ...』と、大きな欠伸をする。


 俺同様に寝不足なようだ。

そうして、リュックを背負って外に出る。


 流石の晴天...。

気温は28度。

日光が俺の体を照らし、汗を滴らせる。

もう...夏だもんな。


「あははwまじウケるよなw」

「なw馬鹿かってのw」と、楽しそうに笑う、おそらく俺と同じ年位であろう男子が二人とすれ違う。


 多分、大学生だろう。

自分も本当はあの輪の中に...と、少しだけ羨ましいなとか思ったり...。


『いやぁ、1000年前はもっと涼しかったのじゃが...なんでこんなに暑いんじゃ?』と、シエルさんが切り出す。

『地球温暖化ってやつですね。その代わり建物の中は涼しいからいいんですけどね...』と、手で扇ぎながら脳内で返答する。


『チキュウオンダンカ?つまり地球そのものがあったかくなってるってことか?』

『そうらしいですよ。その原因も人間にあるらしいですがね』


 そんな雑談をしながら、地下鉄を使って駅前に移動する。


 駅前に到着すると、適当なファミレスが目に入ったので、涼むためにも急いで中に入る。

平日の昼ということで、席はだいぶ空いているように見えた。


「いらっしゃいませ。1名様ですか?」と、ニコニコと笑う可愛らしい20代前半くらいの女性店員さんが言う。

「はい、一人です!」と、こちらも笑顔でそう返答する。


 なんかこう返答するといつも一人の人っぽく聞こえるよな。うん。ちょっとだけなんか恥ずかしい。


 すると、店員さんの姿を見たシエルさんが『...メイド服じゃない?』と、すべての飲食店でメイド服を見れると思っていたのか疑問を口にする。


 今度、改めてメイド喫茶について説明しないとだめだなと思いながら、案内された二人席に腰をかける。


「ごゆっくりどうぞ!」と、言うとそそくさと去っていく店員さん。


 メニュー表を取り出し、何がいいかなーと悩む。


『おぉ、こんなに色んな料理があるのか。あのお店の数倍あるぞ?』

『あの店はご飯がメインではないですからね』

『...そうなのか?では、あのお店は何がメインなのじゃ?』

『...雰囲気?コンセプト的な?』と、曖昧に回答しながら、メニューを眺める。


 そうして、何となくナポリタンを食べたい口だったので、呼び出しボタンを押して、注文を終える。


 その待ち時間で『将棋アプリを開いてくれ~』と言われたので、ダウンロードした将棋アプリで俺を操りながら最強Aiと戦い始めるシエルさん。


 すると、反対側の席から数人の男女が近づいてくる。


「あっれ~、誰かと思えば来光くんじゃーんw」


 やってきたのは千能寺であった。

...また最悪の偶然に遭遇したようだ...。


「あっれ~一人なの~wまぁ、基本いっつも一人かw」

「そ、そうだね~w」と、適当に返すと、空いていた正面の椅子に座り始める。


「そうだ~w今度コラボ動画撮ろうよ!タイトルは...【イケメンBランク冒険者と腰ぎんちゃくFランカー】とかどう?w再生数伸びそうじゃない?w」

「ど、どうだろうね...」

「あ?何?俺が何やっても伸びないとか言いたいの?」


 そんな俺の態度が気に食わないのか、機嫌が悪くなり始める千能寺...。

あぁ、本当にめんどいな。


『儂が代わって一発ぶん殴ってやろうか?』

『そうすると今より面倒になると思うんですよね...残念ながら。適当に流すので大丈夫ですよ』


「なぁ、適当に返事してんじゃねーよ...って、何?今更将棋にハマってんの?wおいおいw昔ぼこぼこにしちゃったこと、もしかして忘れちゃった?w」

「これは...そういうのではないけど」


『奏凪殿、こやつ将棋強いのか?』

『まぁ、子供の頃は強かったですね。今は知らないです...』

『よし、勝負を挑め。儂がボコボコにしてやる』と、ガキ大将のようなことをいい始める。

『...えぇ。そんなことしたら余計にプライドが傷ついて厄介なことにならないかな...』

『舐められたままでよいのか?一矢報いたいとは思わないのか?』


 そういわれて、昔の自分を思い出す。

千能寺に追いつこうと、勉強だって、徒競走だって、水泳だって、将棋だって...なんだって努力をし続けた。


 けど、結局何一つ敵うものはなかった。

才能には勝てないということをまたしてもわからされたのだ。


 何でもいいから一度くらい...勝ってみたい。

本当は自分の力がいいけど、今の自分では無理。

だとすれば...シエルさんの力を借りて...。


「...将棋...久々にやる?」

「...は?お前...俺に勝てると思ってんのか?」と、やや表情をピクつかせながらそう言い放つ。


「おっ、何?wもしかして、下剋上狙い?w」

「ウケるw」と、周りの取り巻きが煽り始める。


「...うん」と、目を見ながらそう言った。

「...いい度胸だな...ったく」


 そういうと、俺と同じアプリをダウンロードし、対戦がはじまるのだった。


「...もしお前が負けたら配信者をやめろ」

「...」

『大丈夫じゃ。絶対に勝つ。儂を信じろ』


 配信者は...唯一、登録者という意味では千能寺に勝っている分野だった。

もし、それが奪われたら...と恐れながらもシエルさんの言葉を信じて、勝負を始めるのであった。


『2六歩』


 そうして、配信者という俺にとっての命と同価値のものをかけた勝負が始まるのであった。


 ◇30分経過


「...」と、盤面を苦虫を噛むような表情で睨みつける千能寺。


 初心者の俺でもわかる。

俺は明確に有利な状況となっている。

いや、昨日用語で見た気がする。

これは...勝勢だ。

つまり、有利の先であるほぼ勝てる状況...というやつだ。


「...ありえねぇ...。バカのこいつが俺に勝つなんて...。ふざけんな、ふざけんな!」と、既に盤面が見えていないのではと思う発言を始める。


『10、9、8、7』と、携帯のアプリは無慈悲に時間のお知らせを行う。


 後ろの外野たちもいつもとは違う雰囲気を察してか、お互いに顔を見合わせている。


 あぁ、この感覚をなんというか俺は知っている。


【ざまぁ】だ。


 見下し、馬鹿にし、虚仮し、煽り続けた人間の末路というやつだ。


 けど...本当は自分の力でざまぁをしたかった...という気持ちはある。


『いや、それは問題ない。いずれ奏凪殿は儂を超える冒険者になるのだから。その時に自然と此奴くらい抜いているはずじゃからな』


 そうして、もう一度、千能寺を見つめる。


 何を指していいかわからず、画面をタッチしてはキャンセルしを繰り返している。


 ...このままでいいのか?本当に...まるで某囲碁漫画のように、他人の褌...もしくは虎の威を借る狐じゃないか。


 俺の復讐、いやざまぁ...はこんな形で成立していいのか?


『5、4、3、2』と、向こうの携帯から秒読みの声が聞こえる。


 そうして放ったのは苦し紛れの一打であった。

思い出王手といういうんだっけか?こういうのは。


 あとはこの桂馬を払えばゲーム終了...。


 誰がどう見ても、歩で桂馬をとるだけに見える局面で俺は思わず指が止まる。


「お前...なんかイカサマしてんだろ?」

「...え?」


 ある種、的を射た発言をされて思わず顔を上げる。


「お前みたいな雑魚が俺に勝てるわけなんて悩んだ。あるとしたら...イカサマをしているっていうこと以外ねーんだ。何をした?なぁ、何をしたんだよ」と、責め立てるように発言をする。


 すると、今度はこちらの秒読みが始まる。


『10、9、8、7』


 これでいいのか?

このまま、シエルさんの力を借りて勝って、それで俺は嬉しいのか?満たされるのか?


 違うだろ。

それじゃあ、俺は一生勝てないままだ。


『3、2、1、0』


 スマホの画面には大きく、【敗北】と表示されていた。


 見慣れていたようで新鮮な表示だ。


「...なんだよ、それ。てめぇ、誰に同情してんだ?」と、胸ぐらを掴まれて殴られそうになる。


 覚悟を決めて歯を食いしばったところで、店員さんがやってくる。


「お客様!?」


 そうして、何とかことなきを得たわけだが、最後の最後まで千能寺は俺を睨みつけていた。


 まるで親の仇の如く。


 それから、予定通り事務局に向かった。


 喉を奥になにかが詰まったような感覚を覚えながら、それでも何とか事務局に到着し、ぼんやりと1,000円均一の道具を見ていると肩を叩かれる。


「よっ!」


 振り返るとそこには宮野さんが立っていた。


「...あっ、どうも」と、少しだけ力無く笑う。

「こんにちはー!って、なんか元気なくない?」と、すぐに突っ込まれる。


「ちょっと寝不足で...」と、真実と嘘を織り交ぜながら適当に返答する。


「そ?ちゃんと寝ないとダメだよー?なんか悩み事があるなら...発散するのがベスト!てことで、行っちゃう?」

「...?」

「もちろん、ダンジョンでしょ!」

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