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第5話 幼馴染の、来訪

 目を覚ますといい匂いがした。

何度も嗅いできた、少し独特なお味噌汁の...匂い。

更に、焼き魚の匂いもセットで薫る。


 何とも、日本人の食指を動かす刺激的なニオイである。


 ゆっくりと目を開けるとそこには斗和が立っていた。


「...やっと起きたの?本当、昔から一回寝たら起きないんだから」


「...斗和...」


 ◇


 網風 斗和は幼稚園からずっと一緒の幼馴染である。


 黒くて長い髪の毛と少しきつい目。

身長は平均よりやや小さく、胸もおそらく平均より小さい。

目つき同様、性格はややキツめで、クールというか、冷たい性格をしている。


 その可愛い見た目からそこそこモテる男子から告白されることも度々あったものの、その度に「ごめんなさい。ちょっとあなたは無理です」と、強めに拒否を伝えているらしいというのを風のうわさで聞いたことがある。


 そんな男子に媚びない性格も相まって、女子からはカリスマ的な人気を博しており、恋愛相談をされることもあったものの、「...じゃあ別れれば?」と、およそカリスマとは思えない返答であっても、斗和が言えばカリスマ的な発言へと化すのだった。


 更に斗和はなんでもできた。


「斗和ちゃんすごーい!また100点じゃん!」

「...別に。これぐらい普通でしょ」


 テストはいつも学年上位で、それは記憶力の良さや理解力の速さもあるが、それ以外の要素もあることを俺は知っている。


 試験前にはいつも目の下にうっすらクマを作るくらいに夜遅くまで勉強をしていたこと、そのせいで体調を崩すことも多かったが、風邪を引いているときでも虚ろな意識で勉強をしていたこと。


 いつも勝手に期待され、勝手に失望されるという重圧の中、その期待に応えるために、隙間時間を見つけては勉強をし、決してその努力を見せないようにしていることを、幼馴染の俺は知っていた。



「斗和ちゃん、全国決まったんだって!」

「...まぁ、相手が良かっただけ」


 バドミントンも中学の時には全国に出場できるレベルで、神童なんて言われていたが、才能だけではないそれ以外の要素もあることを俺は知っている。


 部活が終わると勉強もあるので基本居残り練習はせず、自宅に帰ってから自分のフォームや動きをチェックし、大会が近づくと対戦相手の映像を見まくってひたすら研究を重ねていること。


 後輩にはとても優しく、何か悩んでいたり困っていたら、誰よりも先に自分を犠牲にしてでも相談に乗ったり、技術面のアドバイスを送ったりしていた。


 先輩からは居残り練習しないことをグチグチいわれることもあったが、それをいつも結果で黙らせてきた。

本当は誰よりも優しくてかっこいい幼馴染であることを俺は知っていた。


「おいおい、冒険者初めて3ヶ月でもうDランクってマジ!?すごくね?」

「...運が良かっただけ」


 俺が冒険者を始めるというと、一緒に始めたのだが、彼女は瞬く間に俺をおいてどんどんと強くなっていった。

けど、これに関しては俺の方が努力をしていたはずだった。


 俺は斗和と違って、勉強ができるわけでもなく、スポーツができるわけでもなく、誰かに何かを期待されることがなかった分、自由にやってきた。


 そんな俺が本気でやりたいことを見つけたのだ。


 それがダンジョン冒険者だった。


 ありとあらゆる有名な人の配信を見て、対モンスターの立ち回り、魔法の射程範囲、必要な状況、脳内シミュレーションに、実戦経験...。

 死にそうになったことも何度もあったのが、それを糧にして俺は毎日、毎日ひたすらダンジョンのことだけを考えるようになっていた。


 けど、斗和は片手間にダンジョンをこなし、結果俺よりはるかにすごい冒険者になった。


 圧倒的な才能には敵わなかった。


 嫉妬しなかったのか?と聞かれればしないわけがないだろうと、言いたい。

 嫉妬して、尊敬して、憧れて、比較し、絶望した。


 こんな落ちこぼれで、どうしようもない俺だが、斗和はそれでもいつも俺のそばにいてくれた。


 優しくはしてくれなくても、素直じゃなくても、それが斗和のやり方であることも、俺はなんとなくわかっていた。


 そうして、現在はここら辺で一番頭のいい大学に通っており、ついでに冒険者をやっている。


 現在はCランク。

ほとんどランク上げを目的とはしておらず、アルバイト感覚でたまにダンジョンに潜ったり、俺の配信を手伝ってくれている。


 斗和は努力家で、本当は優しくて、最高に素直ではない幼馴染なのだ。


 ◇


 そのまま時計を見ると19:00を回ったところだった。


「はぁ。全く...SNSで生存確認はしてたけど...それで何があったの?」

「え?あぁ...えっと...」


 やばい...。寝起きのせいで上手く頭が回らない。シエルさんのことは...隠し通さないとだよな...。


「...えっと...なんか井戸みたいなところに落っこちて...そしたら通信できなくなって...それで...」と、目を逸らしながら頬を掻いてそういった。


「相変わらず嘘をつくの下手だね。まぁ、言いたくないなら深掘りはしないけど...。怪我はなかったの?」と、コップにお茶を注ぎながらそう質問してくる。


「あ、う、うん...。て、てか俺の放送見てたの?」

「...たまたまね。まぁ、無事ならよかったわ」と、ご飯とお味噌汁...そして焼き魚に小鉢に小さいサラダがテーブルに置かれていることにそこで気づく。


「...悪いな、いっつも」と、謝りながら席に着く。

「別に?ボランティアでやってるわけじゃないし。ちゃんとお金をもらっている以上、仕事としてこなしているだけだから」と、いいながら斗和も席に着く。


 斗和には毎月3万円支払って毎日夕食を作ってもらっていた。

そして、余ったお金は斗和のものになるという契約をしているのだ。


「...でも、Cランクって特権で毎月20万円もらえるわけだろ?別に俺との契約が無くても金銭的には問題ないよな...?」

「お金はあるに越したことないから」


 そんなことを言っているが、大学、ダンジョン、サークル、俺の夜ご飯作り...と、かなりの掛け持ち状態しているわけで、大変なことは痛いほどわかっていた。


「...無理しなくていいからな。ほら、一晩食わなくたって死ぬわけじゃないし!」

「...人間はあっさり死ぬわ」


 それは...確かにそうだ。

あれがただの落とし穴のようなものだったとしたら...今頃俺は死んでいただろう。

そんな昨日の記憶がフラッシュバックし、思わず少しだけ手が震える。


 そんな様子を察してか、「大丈夫?」と心配そうに斗和が聞いてくる。


「...うん、大丈夫」と、笑って見せる。

「そう...。それより、早くご飯食べて。私は明日は早いから」

「じゃあ、家に泊まっていく?ほら、家からのほうが大学近いし」


 そう提案すると、顔を真っ赤にする斗和。


「はぁ?//馬鹿!?//も、もう子供じゃないんだよ!?//と、泊まりとか...一緒に寝るとか...もうそういう意味じゃないっていうか...//」と、立ち上がり机をバンバンと叩きながら、少し口を窄ませて目を逸らしながら言ってくる。


「ん?いや、俺はソファで寝るから大丈夫だよ?」


 そんな言葉を吐くと、いつものような真顔に変わり、そのまま何事もなかったかのように椅子に座り「...そうですか。えぇ、そうでしょうね」と、そのままご飯を食べるのであった。


『お前さんは...あれじゃな。多分、一生童貞じゃな』

「だ、誰が一生童貞だ!//」と、思わず今度は俺が立ち上がり声に出してしまう。


「...何?//やっぱり...そういうことなの?//」と、また立ち上がる斗和。

「い、いや違うから!いまのは...マジで!」

「...マジで違うって何?そんなに私が嫌なの?」と、先ほどより明らかに怒った雰囲気に変わる。


「いや違うから!」と、何とか言い繕うもなかなか許してくれない斗和。


 そんなやり取りを終えて、再び二人でご飯を食べる。


 そうして、流れでテレビをつけると、以前やっていたニュースに関する討論が行われていた。


「ランク外のモンスターが現れる件について、MCI側は何かしらの手段を取るべきだ!」と、専門家らしき人が怒りながら文句を垂れる。


「しかし、これ以上彼らの手を借りるのは...。政府側でなんらかの処置を考えるべきでは?」と、眼鏡をかけた頭の良さそうなおじさんが呟く。

「具体的にはどんな?」と、パワハラしそうなおじさんが机をたたきながら答えを催促する。

「兵器の開発に資金を注ぐべきだ。命をかける冒険者を目指すものは年々少なくなっている。だからこそ、最低限の安全を担保するべきだ」


『ほぉ?まさに今日起こったことについて議論しておるの。確かに、このまま放置していると貴重な冒険者が余計に減ることになるからのぉ...』と、シエルさんが興味深そうにそんなことを言う。


「あっ、そうそう。今日配信切れた後にさ、ハイエートに襲われたんだよね。多分、これってそれのことだよね」

「...ハイエート!?って、大丈夫だったの?」と、不安そうに聞いてくる。


「あぁ...うん!なんとかね...?俺が見つけたときは瀕死の状態だったから...」

「...そう。でも、なんでFランクのダンジョンに?」と、顎に手を当てながら呟く。


「最近結構ニュースになってるじゃん。ランク外のモンスターが現れる事件。知らない?」


「...それはもちろん知ってるけど...2ランクも違うモンスターが現れるなんて...。ねぇ、やっぱり一人でダンジョンに行くのは辞めたら?できるだけ、私もついていくようにするから」と、上目遣いで可愛くそんなことを言ってくる。


「で、でも...斗和は大学とサークルで忙しいでしょ?そんなに負担をかけるわけには」

「負担なんかじゃないから...。私...来光が居なくなったら...嫌だよ」と、悲しそうにつぶやく。


 あぁ...わかってる。だからもう無茶はしない。

それに...今は師匠がついているから、大丈夫だよとは言えないのが心苦しかった。

 そうして、ご飯を食べ終えると二人でお皿を洗い始める斗和。


「あっ、それくらい俺やるから。明日早いんでしょ?駅まで送るよ」

「...いい。今日は泊まる」と、ちょっと恥ずかしそうにモジモジしながらそんなことを言う。


「...え?」と、思わず手が止まる。


「...来光が言ったんだよ。泊まってもいいって」と、真剣な顔つきでそう言

われる。


 いや、言ったけども!と、今更無理だというわけにもいかず、少し困惑する。


「...そっか。で、でも着替えは?」

「...来光のパジャマ貸してよ」

「...う、うん」


 いや、別にいいんだよ?全然いいんだけど...前とは違い、俺の中にはもう一人...いるんですよ!!


 万が一...億が一そういう雰囲気になろうものなら...それはもう一種のプレイなんだが!!


『奏凪殿、安心せい。儂も一人の男じゃ。これでも若い頃は結構盛んでのぉ...。子供は3人、孫は6人。もしそういうことになれば、この儂が直々にアドバイスをしてやろう』

『頼む!今は変なことを言わないでくれ!眠っていてくれ!』と、本気で願う。


『おいおい、寂しいことを言うじゃないか。奏凪殿も決してその子の事が嫌いではない...いや、好いているのだろう?だとすれば...な』

『...いや、斗和が優しくしてくれるのは俺が幼馴染であるからっていうことであって...そういう恋愛感情とかではないと思うんだよ』

『それは直接聞いたのかい?』


 直接聞くなんて...そんなの...。


「お風呂借りていい?」

「え!?ど、どうぞ!!」


 一人の時なら放棄できた思考を考えさせられ、やや困惑する。

 それからテレビを見ながら待っていた。

シャワーの音に少しだけ動揺しながら、落ち着け、落ち着け!何もないさ!

いつも通りの日常さ!と、言い聞かせる。


 しかし、水流れる音、シャワーが止まる音...。

頭の中には見たことのない斗和の裸が頭に浮かぶ...。


 そんな煩悩に頭を持っていかれながらも、目を閉じて悟りを開くことでなんとか我を取り戻す。


 そうして、ドライヤーの音が聞こえて、少ししてから出てくる。


「...上がったよ」


 俺の寝巻き用のTシャツを着ているだけなのに...!

彼シャツっていうんだっけか?こういうの...。

いや、俺たちはそういう関係じゃないのだが!!

さらに風呂上がりで頬が照っていたりとか、色々相まってなんかすごい!


「...シャツありがとう...。ちょっとぶかぶかだけど...」と、萌え袖をしながら、体を左右に揺らしながらどこか照れくさそうに言った。


 かわいい...。やばいかわいい...。

このままではまた煩悩に脳を支配されそうだったので、足早にお風呂場に向かう。


「お、おう!んじゃ、俺も入ってくるわ!」

「...うん。待ってる」


 くそー!シエルさんが変なこと言うから!


『儂は別に変なことは言っておらんよ?ただ、思ったことを口にしたまでじゃ』


 そうして、お風呂に入り、ドライヤーをして、少し深呼吸して脱衣所を出る。


 そこにはいつも通り、俺のベッドで先に寝転がっている斗和。


 足をパタパタさせながら漫画を読んでいるようだった。

きっと...恋人であればこの後イチャイチャして...それからそれから...と、思わず生唾を飲み込む。


「...遅かったね」と、こちらの視線に気づいたのか振り向きながらそう言ってくる。


 しかし、横になっているせいでゆるくなった胸元から小さい谷間がちらっと見えて、すぐに目をそらす。


 ...煩悩はどうやらなくなりそうにはない。

「うん...」と、俺は何事もなかったかのようにソファに寝転がる。


『ほほう。意気地がないのぉ』と、馬鹿にしたようにシエルさんが言う。

『うっせ!』


 そう心で呟きながら目を瞑る。


「...そうだ。明日は昼からダンジョン行くんだけど、明日の企画とか何か考えてる?」と、ベッドから声をかけられる。


「あー...、そうだな。もし、斗和と一緒ならこの前のダンジョン飯Part2でも撮ろうかな。斗和となら上の階層にいけるし、ゴブリンとかスライム以外のモンスターにも出会えるし」と、提案する。


「...私はいいけど..。その代わりモンスターの討伐は私がやるからね。来光は手出し厳禁。それと...もう一人でダンジョンに潜るのも禁止だから」と、決まったことを言うように断言されてしまった。


 しかし、俺としてはやっぱりガチ冒険者を目指しているわけで、その言葉に首を縦に振ることはできなかった。


「...」

「...はぁ..。分かった。討伐は私が補佐をすればいいんだね。けど、一人でダンジョン行くのは...やっぱり賛成できないから。せめて行くときは逐一私に報告すること。いい?」と、顔をぐっと近づけて言う。

「...おう」と、少し照れながら思わず同意してしまうのだった。



 まぁ、なんだかんだいっつも配信手伝ってくれるんだよな。本当...助かるわ。


 だからこそ、今の俺ではまだダメなんだ。

今のままではとても斗和と釣り合っているとは言えない。


 ...もっと...強くならないと。

まずはそこからなんだ。

そう心に誓いながら眠りについた。


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