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第4話 大賢者、メイド喫茶を知る

 今までにないくらい疲労を感じながらトボトボと歩き、いつものように出口の扉を開いて、ダンジョンを抜ける。


 そうして、暗い階段を登り切ると、そこには地下迷宮事務局のロビーが目の前に広がっていた。


『ほぉ、すごい人の数じゃの。こんなに冒険者がいるのか』

『はい。最近は特権の影響もあって冒険者を目指す人は増えてますからね』


 この駅前にあるビルは20階建であり、入っている施設の全てがダンジョンに関連した事業となっている。


 地域ごとにダンジョンが出現する場所は決まっており、そのダンジョンの出現場所の近くには例外なくこういった建物が建設されている。

 ここではダンジョンで使える剣や魔法の杖の販売に始まり、転職アドバイザーや、税金に関することなど...24時間対応可能で、ダンジョンに関することであればここに来さえすればなんとかなるのだ。


 そうして、休憩室やトイレのほか、筋トレの施設の説明をしながら、一旦報酬を受け取るべく受付に向かう。


 10分ほど並んでから受付に行くと、いつも受付してくれている、宮野さんがニコニコしながら挨拶してくる。


「おっ、今日はいつもより疲れてる顔してるねー。もしかして、配信大変だった?」と、軽い雑談が始める。


 宮野さんは歳の頃は20代前半くらいであり、黒髪ボブでナチュラルメイクが施されており、容姿はかなり整っている。


 更に、いつもいい匂いを醸し出しており、さぞ男性からモテているのだろうとなんとなく思っていた。

 そして、俺が配信を始めてから初めの方にファンになってくれた、いわゆる古参ファンでもあるのだ。


「あー...ちょっと、電波障害があって途切れたりとかあって...配信途中で切れちゃったんですよね」

「え?そうなの?それは大変だったね...。はい、カード出して」と、手を出される。


 そのまま冒険者カードを取り出し、先ほど入ったダンジョンの履歴を確認し、ミッションが完了しているか確認を行う。


「あっ、そうだ。そういえば、ハイエート出てきたんですけど...」

「え?マジ?Fランクダンジョンで?いやー、最近そういうの頻出してるとは聞いたけど...。それは大変だったね。OK。そのことは報告しておくね。てか、よくそれで無事だったね。誰か助けが来たの?」


 そう言われて、上手い言い訳を考えてなかったと安易に口走ったことを後悔する。けど、Fランクの俺がハイエート4匹を倒したなんて言ったら...。


「あー...まぁ...弱ってたみたいで...なんとか倒せました」

「そっかそっか。危なかったね。でも、無事でよかった」と、優しい笑顔でそう言ってくれた。


 そうして、いつも通り手続きが終わり、報酬を受け取る。

 ダンジョンに出現する一定のモンスターを倒した場合、またはダンジョンボスというそのダンジョンを司るモンスターを倒した場合にダンジョンは攻略となり、出口が開き、そのダンジョンから出れるようになる。


 今回のダンジョンの攻略目標はゴブリン5匹を討伐...。だったものの、ハイエートがゴブリンを殺したことで、攻略目標がハイエートに切り替わったと見受けられる。


「本当だ...。ハイエート4匹討伐したことになってるね。でも、ごめんねー。ハイエートが出てきたとはいえ、あくまでFランクダンジョンだからさ」と、Fランクダンジョン攻略の報酬を手渡される。


 Fランクダンジョンの報酬の額は...5,000円。


 ダンジョン攻略の報酬は一律であり、どれだけ時間をかけても一緒である。


「いえ!大丈夫です!」と、少しがっかりしながら俺はお金を受け取り、事務局を出るのであった。

 太陽の眩しさに目が眩む...。


 そこでようやく携帯が元に戻ったのか、安否を心配する多数の声がSNSの通知が一気に入ってきた。


 現在の時刻は12:30...。


 マジかよ。ほぼ1日ダンジョンにいたってことか?

あの隠し部屋に入ったことで時間経過がだいぶ狂ったみたいだ。

 そうして、改めて機材トラブルにより、配信が停止してしまったことと、無事であることをSNSで呟くのであった。


『ふむ...これがあの日本ということか。いやー、壮観壮観...。これはすごいな』

『1000年前から比べたらそりゃ何もかも違いますもんね』と、声に出さずとも、脳内で会話できることに気づいた俺は頭の中で返答した。


 1000年前...って逆にどんな世界だったのだろう。

平安時代くらいだろうか?


『あの動く塊は何なんじゃ?』

『あれは車ですね!今の世界で一般的な移動手段の一つですね』

『車?ほぉ...。あれは魔法で動いてるのか?』

 そうか。1000年前なら馬がメインだった時代だよな。


『いや、あれは電気自動車ですね!電気で動いてます!』

『...電気?魔法じゃないのか?』

『そうですねー。そもそも魔法は基本的に地上で使うことは禁止されてますから。あくまでダンジョン内のみで使用可能なんですよ!』

『そうなのじゃな。それじゃあ、お前さんがさっきいじっていた光る板もその電気で出来てるのか?はて、その電気というのは...勝手に湧いてくるものなのか』と、なんでなぜ期の子供のように次々に質問してくる。


『いや、基本的には何か他のエネルギーを変換していますね。例えば風力発電だとしたら、風から得られるエネルギーを電気に変えるみたいなイメージです!』

『随分と回りくどいことをするのぉ。魔法を使えば空中移動も瞬間移動も出来るのに。でも、自然のエネルギーから循環しているのなら、環境にも良いだろうし、いいのかのぉ』

『そうでもないですけどね。原子力発電とかは事故が起こるとそこから数キロが今後100年以上使えなくなったりとか...。危険も付き纏ってますね。けど、便利になりすぎてしまったのでもう誰も元の生活には戻れないんですよね』


 そんな話をしながらひとまず駅前で何か食事をする場所はないかと探しながら歩く。


『なんじゃそれ。なんでそんなことをするんじゃ?そんな危険を犯さなくても魔法を使えばいいじゃろうに』と、天然マジレスを食らってしまう。


 純粋にそんなことを聞かれるとなんとも言えない気持ちになってしまう。


『あはは...それは...ぐうの音も出ないというか...。けど、そういうので利益を得ている人が多くいますからね。魔法で全てを解決されては商売にならないというか...。それに大概そういう人は世の中で上の方にいるわけで...ぶっちゃけると、利権っていうのになるんでしょうけど...』

『...ふむ。よくわからんが、様々な事情が織り混ざっての現状ということじゃな』

『そうですね』


 そんな1000年という長期スパンでのジェネレーションギャップを感じていると...。


『...なんじゃあれは...』と、呟く。

『ん?どれですか?』

『あの若い女性じゃ!なんじゃあれ!あの格好!!』

 それは黒タートルネックセーターを着た20代前半くらいの女性であった。


『あの人がどうかしましたか?』

『いやいや...体のラインが...出すぎではないか?』

『あー...確かにだいぶぴっちりタイプの服ですね』

『...あれは誰かに命令されてきているわけではないのか?』

『いや、違いますよ、多分。もしかしたら彼氏の要望かもしれませんけど』


 そんな話をしていると、『あっちのあれはなんだ!』と言い始める。

視線の先に居たのは結構お胸の大きい20代後半くらいの女性であった。


 そして、先ほどの女性と同じような服で、かつ鞄の紐を胸の間に通していた。


『あー...パイスラですね。あれは』

『パイ...スラ?』

『はい。胸の間に紐を通すやつ。男子は全員見ていないふりして見ちゃうやつですね』

『...日本はあれか...?今は変態の王が国を治めていたりするのか?』

『いや、違いますよ。まぁ、日本を変態の国と呼ぶ人もいますけど!』


 そうして、日本の未来を危うんでいるシエルさん。

すると、ある店を通りかかったところで『お!なんじゃ、このお店は!面白そうじゃの!』と、シエルさんが声を上げた。


 そこにあったのは...メイド喫茶だった。

 いや、俺も行ったことはない。

興味はある。あるんだけどさ...。


『ほほー?面白そうなお店じゃな!何か食べ物もあるようだし、お腹が空いたのであればここに入るのじゃ!』

『いやー...ここは...』と、お店の前でモジモジしていると店員さんがやってきて、流れるように中に入ってしまうのである。


 すると、お店に入った瞬間、メイドさん達がみんな笑顔で「おかえりなさいませ!ご主人様!」と、可愛い笑顔でそう言ってくる。


 おいおいおいおい、こういうお店はあんまり得意じゃないのだが...。


 すると、受付に立たされて「ご主人様は当店のご利用は初めてですか?」と、天真爛漫な笑顔で聞かれる。


「あ...はい。初めてです...」

「かしこまりました!では、こちらの席にどうぞ!」と、案内される。

『ここはどういうお店なのじゃ?』


『...どういう...。うん...。男の夢が詰まった...お店ですかね』


 現代社会においてトップクラスに面倒な説明が必要なお店を、チョイスしてしまっていることを出来れば察して欲しいのだが...。


 そうして、メニュー表が出される。


 しかし、それはハンバーグとか、オムライスとか、そういうメニュー表ではなく、呼び方のメニュー表であった。


「お待たせしました!ご主人様の好きな呼び方で呼ばせていただきます!」と、白いカチューシャ的なのをつけた白と黒がメインのメイド服を着た可愛いメイドさんがそんなことを言ってくる。


【・ご主人様・お兄様・お兄ちゃん・旦那様・ど変態・+500円でオリジナルで呼ばれたい呼び方をリクエストできます】と、書かれていた。

『ふむ。...これは一体どういうことじゃ?』と、やや困惑するシエルさん。


 いや、説明とかできないから!これに関してはもはや何も言えないから!


 すると、隣の席から「子豚さん!オムライス持ってきたよ!」「ぶひー!」という地獄のようなやりとりが聞こえてくる。


 ...分かった。もうわかった!この際、楽しんでやる!


「...お兄様でお願いします!//」と、赤面しながらリクエストする。


「かしこまりました!お兄様!」


 やばい!死にそう!


『...儂がつないだ未来とは...一体?儂は何のためにこの身を捧げたのじゃ...?』

「じゃあ、お兄様、ご注文はいかがいたしますか?」と、ようやく食べ物のメニュー表を出される。


 もう、お腹がぺこぺこなのだ。何でもいいから早く...。

当然の如く、食べ物のメニュー表も普通の表記ではなかった。


【にゃんにゃんハンバーニュ...、チュパゲティ(ニャポリタン/カルポナーニャ)...、愛情たっぷりオムオムライス...】


「あの...これ...」と、メニューに指を差すが「ん?お兄ちゃん!ちゃんとメニューに書いている名前を言ってくれないとわからないよぉ~」と、可愛くお尻を振りながら目をウルウルさせ、上目遣いでそんなことを呟かれる。


 メイドさんは前かがみになっているせいで少しだけ谷間が見え、目が離せなくなる。


『捨てろ...恥じらい!!』

『そうじゃ!やるのじゃ!』と謎の声援が送られる。


「あっ、えっと...んじゃ、にゃんにゃんハンバーニュセットをお願いします!飲み物はコーヒーで!」

「わかったよ!出来るまでちょっと待ってて、お兄様!」

「はい!」と、敬礼する俺。


 すると、そんな店員さんを見て『少し奏凪殿と似とるの』と呟く。

『...え?あの女の子がですか?どこが似てます?』

『...いや、何でもない』


  それから少しして、「お待たせ!お兄様!にゃんにゃんハンバーニュセットと珈琲だよ!」

 そうして、出されたハンバーグは至って普通のハンバーグなのだが...。

空腹の限界ということもあり、全身から涎があふれそうになる。


 溢れる肉汁...、鼻を刺激する香ばしい香り...、ジュージューと『私は美味いですよ』と言わんばかりに音を立てる。


 目も鼻も耳も使って主張してくるハンバーグと向かい合い、いざ実食!と

フォークを構えると「あっ、ちょっと待って!」と、メイドさんに止められ

る。


「今から美味しくなる魔法をかけるからね!」

『ほう?この1000年でそんな魔法ができたのか。いやはや、これは楽しみじゃな』


 いや、多分これはそういうのじゃないです。


「おいしくな〜れ!おいしくな〜れ!メロメロにゃん!!」

『...今はこんな魔法があるのか...。いや、あるわけないじゃろ!じじぃがなんでも信じると思うなよ!誰がじじぃじゃ!』と、ノリツッコミをするシエルさんであった。


「それではお召し上がりくださいませ!お兄様!」


 はい。美味しくいただきましたよ。本当に。

 そうして、一瞬でご飯を食べ終え、食事+サービス料金+チェキ代で、3,980円を支払いお店を出た。


 それからは疲れたのですぐに家に帰ろうとしたものの、シエルさんがもう少し街を見たいというので、適当に散策することにした。


 俺にとっては何気ない風景であったが、1000年眠っていたシエルさんにとっては新鮮そのものだった。


『...儂の生きた時代はもっと貧富の差があり、飢餓で苦しむものは決して少なくなかったし、血生臭い日常が当たり前じゃった。じゃが、今は綺麗で過ごしやすい町に、楽しそうに手をつないで歩く家族...儂が描いた未来より遥かに幸せな世界になってたのじゃな。...さっきの言葉は訂正しよう。儂の犠牲は無駄ではなかった。そして、この先も...儂はこの生活を守りたい』


 そうだ。今こうして当たり前に見える光景も、恐怖の大王によって当たり前ではなくなる可能性もある。


 今の俺にできることなんて限られている。


 それでも、このシエルさんとなら...俺にもできることがあるはずだ。


 そのまま15分ほど散策し、自分の住んでいるマンションに到着する。


 4階建てのマンションの1階であり、築年数は15年くらいだったか?

どこにでもある1LDKのマンションの105号室に俺は住んでいた。

 鍵を開けて、靴を脱ぎ、そのまま倒れるようにソファにダイブする。


『すまんかったの。疲れているのに儂のわがままに付き合わせて』

『いえ!大丈夫です!けど、ちょっとだけ眠らせてください...』と、そんな会話をしながら段々眠りに落ちていく。


 ◇


 それからどれくらい時間があったろうか。


 ポンと何かで頭を叩かれて目を覚ます。


「ご飯できたよ」と、そんな声が聞こえた。

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