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第15話 暗躍

 深い深いエラルダの森の中。

 暗い暗い夜の森。

 しんと静まりかえった、閑静な自然の中を――破壊するように突き進むのはアイゼンたちの一派だった。


 ブンブンブォオオオン!


 大自然には似合わない、人工的な駆動音が森の中でこだまする。

 先頭を走るのはレイヴン社幹部のアイゼンであり、獣道とも言える細い道を似つかわしくない二輪バイクで駆け抜けていく。彼に続いて、数十人はいるであろう部下たちも凄まじい速度で木々の合間を縫っていった。


 やがて、彼らの一団は森を抜けて平地へとやってきた。

 中部の平原である。

 遠くに見える焚き火と煙を目指して、アイゼンたちの一団は自らのバイクを加速させる。


「どうだお前たち」


 焚き火へと到着したアイゼンは、バイクを荒っぽく停車させて焚き火を囲う先遣部隊の部下たちに声をかけた。彼らはアイゼンに声をかけられると、素早く立ち上がって敬礼と共にボスを出迎える。


「仮面の特殊個体、その後異常ありません。驚くほどに静止しています」

「おう、ご苦労!」


 焚き火に近づいたアイゼンは、トレードマークのドレッドヘアーを一撫で。その形を整えて、お目当てのB.U.Gがいる方向を見据えた。「しかし、どうして騎士団の奴らなんかと協力するんですか? あいつらと協力してる事が本社に――」部下の一人がアイゼンの隣でそんな風に話し始めた。

 するとアイゼンはぐるりと視線を部下の方に向けて、ずいと顔を寄せる。

 真っ黒なサングラスがアイゼンの瞳を隠していたが、彼が上機嫌でないことは誰にだって明白だった。


「ああ、いえ――なんでも」

「俺様の役職はなんだ?」

「ええーっと、役員補佐です」

「そうだよな……俺様は誰よりも強くて優秀だ、そうだろう?」


 ドレッドヘアーを両手でなぞり、決めポーズをするアイゼン。

 ほとんどの部下はそれを称えるように拍手をするが「で、ですが――アイゼン様は現在役員階位最下位では?」

 その発言に、周囲の部下たちが一気に固まった。

 同じように、アイゼンの動きもピタリと止まる。


「だから――それを、適性な値に戻すために必要なんだろうがッ! 業績が! テメェら、何をボサっとしてやがる、さっさと仕事しろよ!」


 アイゼンは部下のバイクを蹴り倒して、怒り心頭という様子で吠えまくる。

 慌てた様子の部下たちは、各々の仕事を再開。「あーあー、せっかくの休憩が」なんて、言葉がひそかに聞こえくる。


 大きなため息と共に特等席に座り込んだアイゼン。


 今では高級品となった酒をなみなみと注ぎ入れて、一気に呷る。


「アイゼン様、騎士団からの連絡です」

「おう、繋げ」

「はっ」


 片手で持てるような水晶片が部下の手からアイゼンの手に渡る。

 レイヴン社が販売している魔導具の一つ。お話水晶――通称『話水晶』と呼ばれるものだ。話水晶にはそれぞれ特定の番号が与えられており、それを指定することで使用者の魔力を消費して、話水晶同士の遠隔会話が可能であるというものだ。

 魔力消費量は距離に応じて増加していく。レイヴン社の巨大な魔力タンクで魔力消費を肩代わりすることもできるが、後日肩代わりした分の魔力に相応する金銭が要求される。(これは、レイヴン社が統治するレイヴンポートが魔力本位制になっているからである)


「アイゼン殿、特殊個体の様子はどうですかな?」

「ゲラルの旦那――びくとも動かねぇとよ。移動したなら、都度連絡を遅らせておくから心配すんなって」

「ふむ、結構」

「それで、アイアン・レイクは俺たちが貰うってことで良いよな?」

「む? 水晶の調子が悪くて、よく聞こえなかったが――今なんと? まさか、聡明なアイゼン殿に限って、アイアン・レイクの支配権を主張するなどということは、ありますまい」

「……」


 アイゼンの眉間に皺が刻まれていく。

 ゲラルの白々しい演技がアイゼンに不快感を与えるだけではなく、一歩も退かないゲラルの姿勢が相当に腹立たしかった。もちろん、アイゼンとしてもふっかけただけではあるものの――想像以上に相手のガードは堅い。

 観測気球を出すつもりが、相手の反応を見誤ってしまったのだ。


「アイゼン殿の立場はよく理解してます。魔力本位制のレイヴンポートで、魔力を持たないアイゼン殿が活躍するのは、さぞ大変なことでしょう」

「随分とよく調べてるじゃないか。流石は万年副団長の旦那だ。地盤固めはバッチリらしいじゃねぇか」

「――舐めた口を」

「そう熱くなるなよ。アイアン・レイクの支配権は騎士団に譲ってやるよ。だが、俺たちに武具の提供はちゃんとしろよ?」

「……無論だ。騎士の誇りにかけて、約束は守る」

「おう、そうすりゃカナリアっていう奴も始末してやるからよ」


 そこまでアイゼンが言って、異議があるように「本来であればアイアン・レイクで始末しているはずだったろう!」と、ゲラルが声を荒げた。

 それを受けてアイゼンは肩をすくめて「特殊個体がいたんだ。戦ってる暇なんてなかったんだよ。次で決着をつけるんだ、良いだろ?」どこ吹く風というように聞き流す。


「ともかく、ちゃんと誘導してくれよ。じゃねぇと俺たちも仕事ができねぇからな」

「任せましたよ、アイゼン殿」


 そうして言葉を交わして、話水晶は輝きを失った。「ちっ、ハゲ狸が」舌打ちと共に話水晶を部下へと返す。


「しかし、あの交渉内容で良かったのですか? 騎士団が約束を守るとは――」

「ああ。だから全て掠め取る。そもそも、あんな雑魚が俺様と対等みてぇに振る舞うのが気にくわねぇ。最高のタイミングで裏切るぜ」


 かっかっかと、肩を揺らして微笑むアイゼン。

 彼の瞳にメラメラと燃え上がる焚き火が映る。様々な思いが交錯する中、夜はなおも更けていったのだった。


 ◆


【終末が訪れてからの数百年。大陸の人々はただ無為に時を過ごしていたわけじゃない。騎士団が所有する飛行艇はその最たる例だろうね。全ての騎士団に与えられた大飛行


「……」

「……」

『ううん、何とも重苦しい空気だね。ここは大魔王様のカリスマで何とかならないかな?』

『本当になると思ってるのか?』

『もちろんだとも!』


 脳内に響く召使いとの胡乱なやり取りを聞き流して、俺は視線を周囲に向けた。俺の隣には紅葉、そのまた隣にはカナリアが。背後には第四騎士団の騎士たちが立席。大きく長い机を挟んだ向かい側には――ゲラルが太太しくふんぞり返っていた。

 ゲラルの後ろには第五騎士団の騎士たちが顔を並べている。召使いが言う、重苦しい空気の正体は、第四騎士団と第五騎士団の会合によるものだった。


 昨晩、祝賀会でゲラルが言っていた第四、第五騎士団による共同戦線。

 その打ち合わせが朝一から行われていたのだが、カナリアもゲラルもお互い口火を切らなかった。意地か、あるいは別の理由か。ともかく、互いに見合ったまま――数分は経過しようとしている。


「それで、一体何の集まりなんじゃ?」


 意外にも、最初の一言を話したのは他でもない紅葉だった。

 まだ酒が抜けきらないのか、紅葉は机に突っ伏して気怠そうに不満を漏らす。「おや、英雄殿は昨日随分とハメを外されたらしいですな。儂が言っていた共同戦線の話はすっかりと忘れているようだ」

 顎を撫でて、ゲラルは目を細めた。その言葉は刺々しいもので“英雄”なんていうものは皮肉の一つにしか聞こえない。それを知ってか、紅葉は突っ伏したまま「楽しげな宴の席で、んな話されても誰も覚えとらんわ。のう、エイジ?」と、俺にまで飛び火をさせる始末。

 ゲラルの厳しい視線が俺にも向けられてしまった。

 正直言って、そんな面倒かつ生産性のない言い争いに俺を巻き込まないで欲しい。紅葉とゲラルの視線に居心地の悪さを感じつつ、この状況から逃げるために俺はさっさと本題に入った。


「俺たちもゲラル副団長も、貴重な時間を割いてここに集まっているんだ。その共同戦線について、ゲラル副団長から説明を頂いても良いだろうか?」

「……ふむ。まぁ良かろう。我らが団長殿は年に一度の大会議に出席しておられる。故に、本作戦の総督は儂――ゲラルが務める異論はないな?」

「どうして第四騎士団が第五騎士団の下につく必要があるんでしょうか!」


 カナリアの隣に控えた騎士(恐らく補佐官だろう)の言葉が飛ぶ。彼女の指摘は至極全うなものであり、同じ副団長であればカナリアであろうとゲラルであろうと誰が指揮を執っても良いように思えた。

 それを第五騎士団を率いるゲラルの一存で決めてしまっては――第四騎士団からすると面白くはない。しかし、そんな指摘は予測していたと言わんばかりの態度でゲラルは顎を一撫で。


「これは第四騎士団、そして第五騎士団の騎士団長同士が決めた取り決めだ。儂は確かに英雄であるカナリア殿の方が適していると思っていたのだが――残念ながら、団長たちはそう思わなかったようだな」

「……っ」


 証拠とも言うように、第五騎士団の騎士が書簡をテーブルの上に提出。第四騎士団の反応を見るに、それは確かに騎士団長たちの取り決めらしかった。


「何より、カナリア殿には最前線に出て貰うという手筈になっている」

「――今なんと?」

「アイアン・レイクを手中に取り戻し、特殊個体を退けたカナリア殿と第四騎士団は特殊個体を打倒するに相応しい実力の持ち主だと騎士団長たちが認めてくださったということだ」


 にやりと笑みを零して、ゲラルはそう締めくくった。「この作戦は総団長殿も期待を寄せているのだ。失敗は許されん。分かるな?」それどころか、追い打ちをかけるように情報を小出しにしてくる。


「では第五騎士団は何をすると?」

「当然、後方支援だ。有能な我々は既に仮面の特殊個体の位置情報も入手しているぞ? そしてお前たちが見事特殊個体を倒した際には――本部への運搬役も仰せつかっている」

「待て、もしかしてだけどあれを生け捕りにするのか!?」


 溜まらず、俺が二人の会話に割っていった。「当然だ。仮面の特殊個体とは我ら騎士団の最重要目的の一つである」ゲラルの返答、そして頷くカナリアの様子を見るに――それは確かなことらしかった。

 あの怪物の強さを思い返す。

 あいつを倒すだけでも無理難題なのに、弱らせて捕獲する――?


 そんなこと、本当に出来るんだろうか?


「作戦開始は本日正午より。それまでに用意はしておくように」


 ゲラルは捨て台詞のようにそんなことを言って立ち上がる。「連絡役とカナリア殿は常時話水晶の携帯を」ぐるりと俺たちに背を向けてゲラルは立ち去っていった。彼の後に続いて、第五騎士団の騎士たちもぞろぞろと引き上げていく。

 そうして、俺と紅葉、カナリアと部下の騎士たちだけが部屋に残された。


「はぁ……カナリアが言っていた苦労っていうのが少し分かった気がするよ」

「そうだろう。ゲラルという男と、彼によって動かされている第五騎士団はいつもああいった立ち振る舞いをする。権力への渇望が、騎士団の不和となっていることも理解せずに」


 冷たい瞳をゲラルたちが出て行った扉に向けるカナリア。

 彼女が彼を如何に嫌っているのか、痛いほど伝わってきた。「しかし、あれの判断は間違いじゃないのう」異論を唱えるのは紅葉だった。


「ゲラルという男ではあの特殊個体の相手は務まらんじゃろうて。そもそも、そうした鉄火場に顔を出すような傑物でもあるまい。そのような将に率いられた兵士もまた、将と同じく脆い」


 紅葉の語っていることはまさしく正論だった。

 とはいえ、問題なのは――「私が出たとしても、僅かな勝率が、ほんの少し上昇するだけだが――」カナリアが言っている通り、元々俺たちで勝てるかが分からないということだった。


「そこでだ」


 カナリアは立ち上がり、俺たちに頭を下げた。「もう一度……二人の力を、この第四騎士団に貸してはくれないだろうか」


「……」


 俺と紅葉は顔を見合わせる。

 彼女の少し驚いた表情を見れば、俺たちの気持ちは同じことが分かった。


「やはり、厚かましい申し出だったろうか」


 顔をあげて、心配そうな表情を見せるカナリアだったが――。

 俺たちの答えは、その逆。


「最初からそのつもりだったから、驚いただけさ」

「そうじゃな。この会議に出席しておる時から――答えは決まっておるようなもんじゃ」

「……!」


 カナリアの表情が明るくなった。

 彼女のこんな表情は、初めて見るといっても良いくらいに。「ありがとう!」そうして、俺たちの次の目標が決まった。

 敵はB.U.Gの特殊個体――通称、仮面の特殊個体。正午から始まる共同戦線に向けて、俺たちは準備を始める。

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