「流石はカナリア副団長! まさか、特殊個体を退けてアイアン・レイクを制圧するとは! これは、団長殿も喜んでおられるのではないでしょうか」
「ああ、ありがとう。しかし、私だけの力というわけじゃない。ここにいるエイジたちのお陰だ。特に、彼の機転がなければ――我々は全滅していても不思議ではなかった」
俺の前でカナリアと騎士の会話が繰り広げられていた。
二人の会話を聞きながら、俺は周囲を見回す。
広々とした空間に、煌びやかな食事が並べられていた。丁寧に整えられた室内は、高級ホテルのような内装で、ここが空中であることを忘れさせてくれる。
『騎士団の飛行艇に乗り込むとは、大魔王様のカリスマは留まるところを知らないね!』
「飛行艇か――凄まじい技術だな」
脳内に響く召使いの声に返事をする。
どうやら騎士団たちは、この空を飛ぶ巨大な金属の塊を根城にしているらしい。俺が意識を取り戻したのはつい一時間ほど前だったので詳しくは分からないものの……どうやら、アイアン・レイクから特殊個体を退けたことで、カナリアの任務は達成となったようだった。
そうして拠点に戻ってきた俺たちを乗せて、飛行艇が空へ飛び立って――祝賀パーティーが開催されたらしい。
「エイジさんもぜひお話を!」
「カナリア副団長の活躍とか!」
「アイアン・レイクで何が起きたんですか!?」
「え、え?」
気がついたらカナリアと話していた騎士たちが俺を取り囲んでいた。向けられた様々な質問に戸惑っているとカナリアが咳払い。「お前たち、エイジが困っているだろう。客人を困らせるのが……騎士の勤めか?」
ぎろりと、ただでさえ鋭い目をさらに尖らせて騎士たちを一瞥。
さっきまでの勢いが嘘のように、騎士たちは背筋を伸ばして離れていった。どうやら彼女の真面目さは、恐ろしさも兼ね備えているようだった。
「悪いな、彼らも久しぶりの手柄に浮き足立っているようだ」
「久しぶりの手柄?」
「ああ」
頷いて、カナリアは手元にあったワイングラスに口をつける。
祝いの場といえども、彼女が着飾ることはなく――むしろそれが正装といわんばかりに鎧と剣を纏っているが、かえってそれが彼女の美しさを際立てているようだった。
「騎士団には総数七つの団が存在する。我々は第四騎士団なのだが――第五騎士団副団長のゲラルという男が、ことあるごとに第四騎士団の妨害工作を行うのだ」
「同じ騎士団なのにか?」
「ああ、騎士団といえど一枚岩ではない。ゲラルのように自身の保身と昇進のことしか考えていないような男にはとってはなおのことな。今回のアイアン・レイクも何かしらの妨害が来るものだと思っていたが――」
ワインを一気に飲み干して、カナリアは俺に視線を向けた。
「エイジの裏道が効いたな。改めて礼を言わせてくれ、助かった。エイジがいなければ、今頃も攻めあぐねていたことだろう」
俺に向かって深々と頭を下げたカナリア。
面と向かってこう感謝されるとなんだかこそばゆい。『大魔王様! 今がチャンスだとも! ここに来た目的は覚えているかな?』脳内に召使いの声が響いた。
忘れるわけもない。
世界を知るため、そしてアイアン・レイクの設備を使った装備品の獲得だ。召使いが言いたいのは、ここでそれを切り出せば交渉がより上手くいくと言っているのだろう。確かにその通りだ。
でも。
「いや、大丈夫さ。役に立ったなら良かった」
『えぇ~~!? 大魔王様、気でも狂ったのかい!?』
違う、と俺は召使いの言葉を否定。
もちろん召使いが言うように、ここで交渉をした方が有利なのだろう。それは理解できる。
でも、せっかくの祝いの場をそんなことで潰したくはなかった。
それに、相手の弱味につけ込んでいるようで申し訳なくも思ってしまう。だから、交渉をするなら日を改めたい。別に、カナリアもアイアン・レイクも逃げるわけじゃないのだから。
『大魔王様は甘々だなぁ~。まぁ、それも素敵なところかもしれないけれどさ。善良なのもほどほどに、だぜ』
俺の考えに納得はしていないようだったけど、尊重はしてくれた。召使いに感謝を伝えておく。
「かっかっか。酒盛りに出遅れてしもうたわ。馳走になっておるぞ、カナリアよ」
「紅葉……どこに行ったと思ったら、酒を集めてたのか?」
両脇にタルを抱えた紅葉が出現。
仄かに赤く染まった頬は緩んでおり、彼女の上機嫌さを示していた。「阿呆、儂が最初からおったら、ここの酒なんぞぺろりと飲み干してるわ」どうやら俺の推測は間違っていたらしい。
「紅葉から押収していた得物を返していたんだ。改めて、紅葉もエイジも申し訳なかった。急を要していたとはいえ、傲慢な対応だったと反省している」
「構わん構わん。この酒でお釣りがくるからのう」
「ああ、俺も気にしていないさ。いい社会勉強になったしさ」
俺も紅葉も、カナリアの謝罪を軽く受け流した。「恩に着る」と、顔をあげたカナリア。彼女の謝罪も一段落したところで、紅葉が背負っている刀に視線がいった。「それが、紅葉の得物か?」ついつい、そんな風に聞きたくなるようなものだった。
そもそも、紅葉が背負っているような武器は俺が遊んでいた頃のゲームにはなかったものだし、俺が見ただけでも分かる“オーラ”があった。価値のあるものだと、俺でも分かるような代物だ。
「あぁ、そうさな。儂はこの得物に相応しい誰かを探しておるんじゃ」
「相応しい誰か?」
「そうとも。いつか、この刀を抜くべき時が来るという話でな。その時までに儂はこの得物に相応しい者を見つけなければならん」
「随分と大変な使命を背負っているのだな」
紅葉の話に、カナリアがワイングラスを傾ける。カナリアが言うみたいに、紅葉の使命というものは中々に難しいものだと感じる。彼女の使命について、さらに深掘りしようとしたところで――。
「おっほん! 邪魔をするぞ!」
勢いよく、扉が開け放たれた。
良くも悪くも通りの良い声が響いた瞬間、周囲の騎士たちの様子がピリついたものに変化していく。カナリアの表情も、若干強ばったように見えた。
「おぉ、そこにいるのは英雄様じゃあないか!」
「ゲラル副団長――お久しぶりです」
室内の中央を堂々と歩くのは、輝かしい鎧に身を包んだスキンヘッドの男だった。見たところ五十代くらいの男は、浅黒い肌とその表情が何とも厳めしい印象を与えてくるが
……一方で、その腹周りは随分と肉がついており、ぶくぶくとしたような印象を抱いてしまう。
厳めしさとだらしなさ、本来ならば矛盾する二つの要素が仲良く同居している様は、少しばかり不気味だった。
「がっはっは。カナリア殿は随分と功を急いているようだなぁ」
「いえ、私はただ――騎士団のために、身を砕いているだけです」
「今行われている騎士団長会議で、カナリア殿の話が出ていること――まさか、知らないとは言わないだろう?」
「ゲラル副団長は相変わらず、情報の精査に余念がない様子ですね。まさか、私に祝辞を伝えるために足を運ばれたわけじゃないでしょう?」
「あぁ、そうだったな――」
その視線が、俺(と紅葉)に向けられた。
かつ、かつ、かつ。
小気味良く靴の音を響かせたゲラルは、その両手で俺と紅葉それぞれの肩を叩いた。「君たちが、カナリア殿と共にアイアン・レイクを解放した英雄か」厳めしい顔が、笑顔に転じた。
薄っぺらいとか、そういう次元ではない――ビジネスとしての笑み。ゲラル自身も、それを隠そうとはカケラも思っていないようだった。
「誰じゃお前、儂の酒盛りを邪魔するでない」
「がっはっは! カナリア殿の伏兵は随分と世間知らずのようだ。ぜひ、無知なご友人たちに儂の説明をして頂けるかな?」
「……」
紅葉の一言で気を悪くしたのか、へにゃりと笑った笑顔が一気に戻る。そして、肩から手を離して一歩下がってカナリアを見遣った。当のカナリアはといえば、彼女も嫌悪感をカケラも隠さない表情で続ける。
「ゲラル副団長――その名の通り、第五騎士団で副団長をしている騎士だ」
「付け加えるのであれば、儂は騎士団でも有数の古株だ」
ここは譲れないといった雰囲気でゲラルが口を挟んだ。
なるほど、会って数分だがゲラルという男の人間性がなんとなく掴めたような気がする。この男はカナリアが言うように、保身と昇進のことしか考えてはいないのだろう。
そして、そうやって築き上げた自分の立場を何よりも誇っているタイプだ。
こういうタイプは厄介だ。
その立場のためならば、どんな手段も用いてくる。
「そうか、儂は紅葉じゃ」
「俺はエイジだ。よろしく頼む」
「紅葉にエイジか。ふむ――カナリア殿がこのような戦力をどこで見つけてきたのか、あまり騎士団に所属しない戦力は用いない方が良い、というのにカナリア殿は随分と柔軟な運用をするようだ。もしや――クーデターでも起こすつもりか?」
ぎろりと、ゲラルがカナリアに疑惑の眼を向けた。「ご戯れを。私の剣が誰に預けられているか、それを知らないゲラル副団長ではないでしょう。エイジたちも疲れています。本題があるのであれば、手短にお願いします」
カナリアは落ち着いた様子でゲラルを窘めた。
その反応が面白くなかったのか、あるいは崩せないと諦めたのか。ゲラルは顎を一撫でして笑みを零した。
「あぁ、そうだった。忘れるところだったが、第四騎士団と第五騎士団での共同戦線だ」
「……共同戦線?」
「そうとも、狙いは一つ。仮面の特殊個体だ」
ゲラルの言葉は、少なくない衝撃を祝賀会場に与えた。