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第11話 いざ、アイアン・レイク

「それで副団長と見ず知らずのステータスがとーっても高いレディと一緒に行動してるって? あーっはっはっはっは! 流石は大魔王様だ! そのカリスマ、本当に、本当に素晴らしいね!」


 頭の中で召使いの声が響く。

 他人事だからってコイツ――「俺が大変な時にどこにいたんだよ召使い。全然声もかけないで、全部終わった途端に出てきやがって」なんて憎まれ口も叩きたくなる。


「申し訳ない。こっぴどくやられたものだから、半日は起きないと思って休憩を取っていたんだ。大魔王様の治癒能力を低く見積もり過ぎていたらしい」


 相も変わらずの明るい口調で悪びれずにそんなことを言う召使い。彼女の調子に合わせると俺のペースが乱される。「今はこの召使いなんかよりも、目の前のレディたちをもてなしてあげて欲しいよ」

 言われずともそうするよ、せざるを得ないからな、なんて軽口を返して俺は目の前の現実に思考を戻した。


「それで? どうしてアイアン・レイクに入れないんだ?」


 騎士団の拠点を抜けて、アイアン・レイクを目指すためにエラルダの森を歩く俺と紅葉とカナリア。道すがら、聖騎士団が何に苦戦しているのかを尋ねた。


「部外者である貴様らに教えることでもないが――大きく分けて二つある」

「でも教えるんじゃな」

「問題ない範囲での情報は共有しよう。作戦状況に悪影響が出ても困るからな」


 何というか――このカナリアという騎士。

 真面目だ!

 凄く厳しくて怖い人かと思ったら、ただの生真面目な騎士なんだ。


「まず一つ目、正門が閉まっている。これによって我々の侵入ルートが限られてしまうのだ」

「騎士団といえば、空飛ぶ魔法の船を持っておるんじゃろ? それで空から入ればいいじゃろう」

「そうしたいのは山々だが、空の戦力を動かした大々的な占領行動は目立つ。各勢力の介入理由を作ってしまいかねない」


 なるほど、三大勢力間での絶妙なパワーゲームが繰り広げられているらしい。派手な動きができないからこそ、地上からアプローチをかけて実質的な支配を目指している。

 ということか。

 アイアン・レイクが要所になるのは理解ができる。


「そうまでしてアイアン・レイクをお主らが狙う理由はなんじゃ?」

「そうだな。その理由も二つ目の理由も見た方が早い。もうすぐ、アイアン・レイクが見えるだろう」


 カナリアが言った通り、森を抜けて視界が開けた。

 遠くに何度も何度も見た都市と、灰色の巨大な湖が見える。アイアン・アッシュと呼ばれる特殊な金属製の湖。それを囲むように作られた都市が――アイアン・レイクだ。


「この遠見筒を使うといい」


 そう言って、カナリアから渡されるのは魔導具の一つだった。覗き込む俺。アイアン・レイクの主要な入り口周辺にはウヨウヨとB.U.Gたちがひしめき合っていた。


「あれは……」

「そうだ。限られた入り口をB.U.Gが塞いでいる。これによって、使える出入り口を通ったとしてもB.U.Gの群れを抜けられずに撤退を余儀なくされるのだ。以前はここまで大量発生していなかったはずなのだがな」


 少々愚痴っぽくカナリアが呟いた。

 確かに、あの量のB.U.Gを相手にするなんて、考えたくもない。それこそ、何かしらの手段がなければ難しいだろう。空から殲滅するとか、空から突入するとか。「エイジ、貴様の言う通り道は、本当に有効なのだろうな?」

 刺すような視線が俺に突き刺さった。


「大丈夫だ、任せてくれ」


 500年前の知識が通用するかは怪しいけど……今までは全部使えてるから問題はない、はずだ。


「騎士団ともあろうものが、B.U.Gを迂回するなど――業腹だが、仕方あるまい」


 本心から悔いるように呟くカナリア。「騎士団のB.U.G嫌いというのは本当だったようじゃな」カナリアの様子を見て、紅葉が欠伸混じりにそう話した。「B.U.G嫌い?」俺も思わず食いついてしまった。


「そうじゃ。まぁ、大半の人間はB.U.Gを嫌うが……騎士団のそれは過剰とまで言われることがあるほどには目立っておる」

「当然だ……私はB.U.Gによって家族を失った! 騎士団じゃそんな境遇の者は珍しくない。B.U.Gとの戦いで、多くの仲間を失うことだってある。この手で、変異した仲間を手に掛けた者だっている。それを憎まないなんて――できるわけがない」

「そうさな、儂には分からんが……それが辛いということは分かる。デリカシーというものが欠けておった、すまぬ」


 紅葉の謝罪を「いや……貴様にぶつけても意味のないことだった。任務中に感情的になるなど、副団長失格だ。忘れてくれ」とカナリアも一歩身を引くことで受け取る。やっぱり、紅葉もカナリアも悪い人間とは思えなかった。

 特にカナリアとの出会いは最悪だったが――彼女は生真面目で善良な人間であることが伝わってくる。


 ここで俺がキチンと彼女の信頼を勝ち取ることができれば――俺への対応ももう少し柔らかくなるのだろうか?


 なんて期待をしつつ、俺たちは目的地に到着した。


「ここだ」

「本当にここなのか? アイアン・レイクからは遠く――ほとんど森のような僻地としか思えないが」


 かちゃりと、腰に差した剣の柄にカナリアは手を置いた。「まさか、ここまで私を誘い込む罠か?」「そんなわけないだろ、それならもう既に仕掛けてもおかしくないはずだ」なんて疑り深い彼女の疑念を解きほぐす。

 確か、俺の記憶と脳内マップが正しければ――ここに、あった。

 草むらに隠れて分かりにくいが、ここにアイアン・レイクの中心地に続く地下通路があるんだ。


「このハッチだ」

「エイジ――お主は本当に、詳しいのう」

「アイアン・レイクには行ったことがあるからな。多少の抜け道は覚えてるんだ」


 ハッチには暗証番号がつけられているが、これもストーリーで予習済みだ。「0812っと」ダイヤルを回して解錠。ハッチを押し開けて、地下に続くハシゴとご対面。


「これを降りて地下通路を抜ければアイアン・レイクに到着するはずだ。出入り口もB.U.Gの群れがいる場所じゃないと思う」

「――目的地に到着するまでは信じないからな」

「分かってるって。俺が先導するから、信じられなかったらいつでも首を落とせば良い。最も、そうはならないけどな」

「……」


 怪訝そうに目を細めるカナリアを余所に、俺はハシゴを伝って下りていく。

 酷く暗く、出入り口から零れる光だけが頼りだった。「さぁ、続いてきてくれ」と、俺は上を見上げる。俺の言葉に背を押されてか、カナリアが降りようとするが――。


「紅葉、どうしたんだ。余所を見て」

「いや、なんでもない。さぁ、行こうかの」

「む、そうか」


 なんて会話がクッション的に交わされた。

 そうして俺たちは仲良くハシゴを下りて、地下通路を通りアイアン・レイクを目指していく。


 ◆


【アイアン・レイク。ガリア王国でも最大の規模を誇る鍛冶都市だ。灰の湖を取り囲むように作られた大都市は、アイアン・フォージと呼ばれる城下町とメタルアークと呼ばれる湖の中心に立てられた人工島の二つのエリアに分かれている。多くの鍛冶師や技術屋で賑わって――“いた、この都市。過去の繁栄と面影を残し続けているものの、今やここを支配するのは人ではなくB.U.Gのみ。大魔王様の行く手は今日もまた苦難に満ちていた”】


<アイアン・レイク>


 ハッチから顔を出して俺たちはアイアン・レイクの内部に侵入した。「ここは?」同じく、ハッチから姿を見せて、カナリアがきょろきょろと辺りを窺う。

 埃だらけの鍛冶設備が俺たちを出迎えた。

 少なくとも、人の気配は残っていない。

 終末を前に避難したか、犠牲になったか――そのどちらかだ。


「ここはアイアン・レイク職人街の中心的な施設さ。多分、昔は多くの鍛冶屋や冒険者がここで取引を行っていたと思う」


 思う、じゃなくて実際にその様子を見たことがあるんだけどそれを伝えると話をややこしくするので伏せておく。「……」見知った場所が、こうも物寂しくなってしまうと悲しいものだ。

 さて、これでカナリアも満足だろう。


「まさか、本当に繋がっているとはな――疑って済まなかった」


 頭を下げて俺に謝罪するカナリア。やっぱり真面目だ。「いや、いいさ。乗りかかった船だ、アイアン・レイクの正門を開ける方法も知ってるんだ。手伝うよ」このままだと、また難癖をつけられるかもしれないので、もう少し役に立っておこう。

 カナリアは目を輝かせて「本当か!」と、食い気味な反応を見せる。


「ああ、もちろん。その代わり――俺たちを不問にして欲しいし、紅葉の得物を返してあげてくれ」

「もちろんだ。そこまで協力してくれるのであれば功績次第では貴殿らを騎士に推薦することもできる」

「あー……それは、ちょっと考えさせてくれ」


 嬉しいお誘いではあるものの、俺は大魔王だ。

 立場的に聖騎士団へ所属するのは色々と不味い気がする。「ほぉ、儂の代わりに交渉をしていたとは、ありがたいのう」最後にハッチから出てきた紅葉が、今までの会話を聞いていたようで感心した様子で姿を見せた。

 さて、新しい目的も決まったところだ――「じゃあ、行こうか」俺は施設の扉を開けて外に出る。


「げ」


 すると、視界に広がるのはB.U.Gに変異したエネミーたちだった。エラルダの森に出現する見覚えのあるエネミーたちが、異形へと浸蝕され見慣れぬ姿になっている。


「入り口ほどではないが――やはり群れているな。エイジ、目的地はどっちだ?」

「あっちだ、遠くに聖堂が見えるだろ? あそこだ!」

「分かった。ならば――強行突破しかないな!」


 剣を構えたカナリア。

 勢いよく突撃をかましていく――「かっかっか、勢いのよいな! エイジ、儂らも続くぞ!」と、カナリアの突撃に合わせて紅葉も駆け出していった。


 ――こうなったら仕方ない。


 俺もそれに合わせて、彼女たちに遅れないように背中を追う。


「はぁ!」


 剣を巧みに扱い迫るB.U.Gたちを斬って斬って、斬っていくカナリア。俺と戦っている時のような加減はまるで感じられない。ひたすらに急所を狙った無駄のない殺生が続く。

 紅葉の言葉を思い出した。

 騎士団のB.U.G嫌いは凄まじい。それを示すようにカナリアの剣はB.U.Gに対して苛烈だった。


 俺もそんな彼女に遅れを取るわけにもいかず、襲いかかってくるB.U.Gを拳で倒していく。エラさんと比べれば随分と弱いのか、大抵が一撃で片付いていった。「ほう、エイジもやはり中々強いな」

 自分の敵には一瞥もせず、俺を観察しながら片手間でB.U.Gたちを圧倒する紅葉。「その状態の紅葉に言われても嬉しくはないけど……」彼女の規格外っぷりにはちょっと……いや、かなりドン引きだ。


「そうか? 儂は特別じゃからなぁ」


 なんてマイペースな様子でB.U.Gを無力化していった。

 カナリアが敵の群れに穴をあけて、俺と紅葉がそこを通って撃ち漏らしを倒していく。そんな役割が自然と生み出されていた。


「気をつけろ、デカブツだ!」


 先導するカナリアから警告が飛んできた。彼女の言葉と同時に前方を見れば、建物の影から巨大なB.U.Gが姿を見せる。「トロルが変異したのか!」棍棒とでっぷりとした身体が融合し、ノイズが走るその姿――エラルダの森でも強敵として知られるトロルがそこにいた。

 トロルに対してカナリアが先陣を切ろうとした瞬間。


 エンジン音にも似たけたたましい音色が背後から響く。「ヒャッハー!」そんなかけ声と共に乱入してくるのは一台のバイク(に、よく似た乗り物だ)そのバイクは凄まじい速度で俺たちを抜き去っていったかと思えば。


 ウィリーを披露しながらトロルへと向かっていく。


 そして、運転する男がバイクから飛び上がる。ハンドルを掴んだままの彼は思いっきり身体を振り回して、空中にバイクを放り投げた。「むぅ?」すると、バイクが変形。

 巨大な回転ノコギリじみた変態武器へと姿を変えた。


「しぃねぇ雑魚がああ!」


 その勢いのまま、トロルの首を薙ぎ払い狩り飛ばす。


「あいつは……」


 目を細めたカナリアが、武器を再びバイクへと戻して華麗に着地する男を見てまるで見覚えがあるかのように言葉を零す。


 キキーッ、というブレーキ音と共に俺たちの前でバイクを停めた男。その背後で、首をなくしたトロルが崩れ落ち、血飛沫の雨が降り注ぐ。


「よう、堅物の騎士共。アイアン・レイクは俺たちレイヴン社が頂くぜ」

「何?」

「レイヴン社――三大勢力の!」


 黒いドレッドヘアが印象的な陽気な風貌の男。焼けた肌とサングラスがいかにもという雰囲気を醸し出している。

 その発言にカナリアの雰囲気が一層に堅くなる。「正面を抜けてきたのか?」「まさか! お前たちが使った道を俺様も使ったまでさ」「尾行か――しかし、いつからだ!」

 サングラスをぐるぐると回して、男は人差し指を俺たちの背後へと向ける。


 するとそこに立っていたのは――「貴様、ヘイム!」俺がアイアン・レイクに来る直前に小競り合いをした男たちと、その男たちに襲われていたヘイムがいた。

 しかも、雰囲気的に人質とか脅されたみたいなものじゃない。

 完全に、彼らの仲間と言わんばかりの立ち振る舞いだった。


「やっと気がついたんですね。副団長は真面目すぎます」


 かつ、かつと俺たちの横を通って、ヘイムはニヤニヤと薄気味悪いにやけ面を俺たちに見せつける。「騎士団の情報を売り払って、僕はもっと良い暮らしをします。そのために副団長――犠牲になってください」

 どうやら、騎士団というのも一枚岩ではないらしい。


 ヘイムはカナリアを、騎士団を裏切ったのだ。「貴様……」カナリアの怒りとも悲しみとも取れないような表情が、やけに印象的だった。

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