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第9話 鉄剣の女 

 エラルダの森、その深い深い木々を駆ければ――バッと視界が開けた。

 そこに入ってくるのは、鎧に身を包んだ男が一人。そして、それを取り囲む柄の悪い男が4人。状況を確認するまでもない。あの鎧の男性が襲われているのだ。


「誰だテメェは?」

「通行人だ。たまたま通りがかったな」


 錆びた剣を握り絞めた男が、威勢良く俺を睨めつける。「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」とイキり立つ。そうこうしている間に、俺は片目に意識を集中させる。男たちのステータスは平均してD。対して襲われている鎧の男のステータスはC。

 鎧の男性の方が実際は強いらしいが――まぁ、多勢に無勢か。

 俺が苦戦する相手でもなさそうだ。


「それで、どうする? まだこの人を襲うのか?」

「当然だろうが! 邪魔するなら痛い目にあってもらわなきゃなァ!」

「仕方ない、なるべく怪我しないようにするけど……責任は取れないからな」


 錆びた剣を振りかざして飛びかかってくる男の初撃を避ける。

 地面に勢いよく剣が刺さったのを見て、俺は拳を作ってそれなりの力で殴った。「ぐ、ぐはぁ!?」勢いよく吹き飛んでいく男。ちょっと力が強すぎたか?

 ――やっぱり、この加減がイマイチよく分からない。

 全員の視線がぶっ飛んでいった男に釘付けになる。ドン! という音と共に木にぶつかった男は物の見事に伸びた様子でピクリとも動かない。


「お、おい大丈夫か?!」


 仲間の一人が駆け寄って男の様子を確認するが、気を失っているようで返事はなかった。「どうする? まだ続けるか?」俺は他の三人を見て質問を投げかけた。大体、こういう手合いは実力差が分かっていても引かないと事が多い。

 ただ、これ以上無駄な争いはしたくないし――万が一があるので聞いてみた。


「お、覚えとけよ――て、撤退!」

「あれ?」


 思いの他、あのチンピラたちはお利口だったらしい。

 気絶した男を担いで、足早に茂みの中に消えて行った。どこかで聞いたような捨て台詞を添えて……。


「ふぅ、大丈夫だった……って、いない?」


 振り返って鎧の男の安否を確認すると、彼の姿も消えていた。まるで狐につままれたみたいだ。

 なんだか釈然としない。

 もちろん、お礼が欲しくて助けたわけじゃないが何も言わずに去らなくても……と思う。


「どうして殺さないのかな?」


 脳内に召使いの声が響いた。「終末世界じゃ殺し合いなんて当たり前にあるよ。彼らを見逃したところで、どうせ他人をさらに殺すのが目に見えているじゃないか」と、さらに理論立てて説明してくれる。

 召使いの言うことは正しいことなのだろう。

 俺はこの世界のことをそれほど知っているわけじゃないし、終末世界についても詳しいわけじゃない。でも、多くのポストアポカリプス的な作品ではヒャッハーな人たちが暴れ回って、惨たらしいことが起きる……みたいな世界観になりがちだ。


 きっとさっきの男たちもヒャッハー系の人たちであることは分かった。


 でも、殺したくはない。


「俺にはあいつらの命を奪う理由がないんだ」

「大魔王様は寛大だね。私も見習わないと」

「……本当にそう思ってる?」

「本当だとも! この私の澄んだ瞳を大魔王様に見せられないことが悲しいね。あーっはっはっは!」


 召使いの奴、また適当を言っているな。

 段々と彼女の扱いというか雰囲気にも慣れてきた。こういう時の召使いは話半分、適当に流しておくに限る。「さて、そろそろアイアン・レイクだね。大魔王様の反応が楽しみだよ!」

 放って置いたら、こんな風に勝手に軌道修正をしてくるからだ。


「そうだな、俺も今のアイアン・レイクがどうなってるかは気になってる」


 召使いの言葉を肯定して、俺はアイアン・レイクを目指して再び歩き始めた。


 ◆


「あれは?」


 アイアン・レイクを目前にして、俺は足を止めざるを得なかった。

 全く見覚えのない何かが、森を切り開いて居座っている。その巨大な金属の塊には見覚えがあった。「魔王城を目指していた時に道を塞いでいた船か?」

 開けた場所に設置された巨大な金属の船。

 その船を取り囲むように、つい最近建てられたであろう簡易的な拠点がいくつか見えていた。ここは確か――「エラルダの古代遺跡か」「大正解。さっすが~大魔王様」なるほど、遺跡を使って拠点にしているのか。


「あれは聖騎士団だね」

「聖騎士団? 三大勢力の? アイアン・レイクはどの勢力も関わっていないんじゃなかったのか?」

「どうやら状況が変化してしまったらしいね。戦力を派遣してアイアン・レイクを占領しようとしているのかな」


 脳内で会話を繰り広げる。

 確かに、よく目を凝らして見てみれば――鎧を身に着けた兵士たちの姿が見える。待てよ、あの鎧……「さっき助けた男の鎧と同じじゃないか!」

 合点がいった。

 俺がさっき助けた彼も聖騎士団の一員だったんだ。「騎士っていうのに礼儀のカケラもないんだね」と、召使いが(俺が言いたかったけど言わなかったことを)代弁。


「迂回した方がいいかもしれないよ。見つかったら面倒だ」

「ああ、そうだな。迂回していこうか」


 召使いの提案に従って、動こうとした瞬間。「行くとは、どこにだ?」「――!」背中に何か突き立てられた。同時に、凜とした声が聞こえてきた。


「ヘイム。お前が報告した不審者というのはこの男か?」

「はい、そうです」


 視線を後ろに向けて様子を窺うと、俺に剣を突き立てる女性と俺が助けた鎧の男が立っていた。「ふむ――まずはヘイム、お前の無断外出について話さねばなるまい」「いや、副団長……そんなこと気にしている場合ですか!?」

 ヘイムの言葉が気に食わなかったのか、俺の背中に当てられた剣が動いた。その切っ先が彼へと向けられる。


「そんなことだと? 貴様の無断外出によって部隊に1分16秒の遅れが出ていると知っているのか?」


 かちゃりと、腰にぶら下げた懐中時計を確認してヘイムを睨めつける女。俺はゆっくりと位置を調整する。取りあえず、背後を取られているのはかなり不味い。

 正面を向いて、これからのことを考える。

 片目に意識を集中――魔眼を起動する。


【ステータスう

 ◇ステータス

 ・筋力:C

 ・耐久:B

 ・敏捷:B

 ・魔力:D

 ・技量:B

 ・幸運:A】


 平均以上のステータスが多い、かなりの実力者であることは理解できた。

 でもステータスでは俺の方が上だ。

 話してダメなら正面突破しか方法はない。


「ち、違いますよカナリア副団長! 罰については後でも話せますが――ほら、不審者がフリーになってます!」

「俺は不審者じゃないっていう弁明は通るかな?」

「……我々は忙しい。貴殿の身元を確かめている暇さえ惜しいのだ。大人しく、今は捕縛されてくれ。そうであるなら、危害は加えないと約束しよう」


 ちらりと俺に視線を向けたカナリア。

 切れ長の瞳と、長いブロンドの髪。仕事の出来るクール騎士、そんな月並みな表現が良く似合う見た目をしている。その立ち振る舞い、堂々とした所作、そしてよく通る声、それら全てが彼女の実力を証明しているといっても過言ではない。

 ただ、俺だってここで足止めを喰らうわけにはいかなかった。


 それに、捕縛されて無事に済むという確証もない。


 俺は首を横へ振る。「悪いけど、俺もそんな時間はないんだ」「そうか――残念だ。時間が惜しい、強引にいかせて貰おう」懐中時計にもう一度視線を落として、時間を確認したカナリアはカチャリと、それを閉じて手離した。


 ――カチッ。


 秒針が進む音が、妙に張り付いた。瞬間、目の前まで迫ったカナリアが振り上げた剣を、俺に向かって振り下ろした。刀身を立てず、鈍器としての使用らしい。


「はやっ!」


 俺は彼女の速度に驚きつつも腕をクロスして剣の殴打を受ける。「いっ!?」ずしん、と骨に響く一撃だ。

 今までのチンピラたちとは文字通り格が違う!

 さらに間髪入れずに、放たれた蹴りが俺の脇腹を穿った。「かはっ!」鋭い痛みが脇腹から脳に突き上がる。俺はその威力に吹き飛ばされた。


「大魔王様、彼女は鉄剣のカナリア。第四騎士団副団長、正真正銘の大物だ! 気をつけてくれって――今更遅いか」

「後数十秒早く知りたかったなぁ!」


 なんとか両手を地面について制動。

 湿った土に両手の後が轍みたく残っていった。「力量差は理解できただろう?」「どうだろうな」姿勢を整えてカナリアを見据える。

 おかしい、身体スペックでは明らかに俺の方が上回っているというのに――どうしてこんなにも彼女の攻撃は“響く”のだろうか?


 次は先手を取る。


 俺は地面を蹴って駆け出した。今まで加減していたそれを解き放つ。狙うのは彼女の胴部。彼女の耐久はB、つまり俺と同値。本気で殴ったとしても命を奪うことはないはずだ。


「うぉお!」

「成る程、身体能力はあるようだが――」


 剣を鞘へと戻したカナリア。

 彼女は俺渾身の一撃を片手で受け止めた「使い方が余りにもお粗末だな」彼女の手に触れた瞬間に理解できた。彼女は俺の力を受け流すつもりなのだ。

 ――それを示すように、彼女はそのまま半身……身体をずらして力を逃がす。そして、受け止めた片手で俺の拳を掴んで。


「舌を噛むなよ」


 俺は投げられた。「やば」地面に激突する、そう思った瞬間に――俺の意識は途絶えていた。

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