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第8話 この世界の現状

 場所は食卓。

 昨晩は俺とエラさんと召使いの三人だったが――現在は二人。エラさんがいないだけで随分と寂しい印象を受ける。

 召使いが作った朝食を並べていく。「さぁたんと食べてくれ大魔王様。身体は資本だからね!」美味しそうなパン、肉、ソーセージ、魚、果物、牛乳、もう一度パン……。


「多すぎる、多すぎる!」

「あぁ、申し訳ない。昔の大魔王はこれを5食分くらいペロりと食べてしまったからね。記憶喪失で食欲減退とは――心配になってしまうよ」

「本当にそれ俺なのか……?」


 召使いの話に疑問を抱きつつ、俺は召使いの料理を口に運ぶ。「美味しいよ、召使い」「ありがたきお言葉」深々とお辞儀して、召使いは俺の少し後ろに移動した。なんというか、本当に召使いって感じの立ち振る舞いだ。

 ちょっと慣れないから逆に緊張してしまう。


「大魔王様は食事を取りながら聞いて欲しい。終末事変を始める前に、今の世界情勢について説明をしないといけないからね」

「ああ、それは俺も気になっていた。五大都市はどうなってるんだ?」


 エターナル・ライフにはバージョン1の頃から実装されている五大都市と呼ばれるメイン拠点がある。この世界は北部、南部、西部、東部、中部の五つに分かれて、各エリアに一つの町だ。(バージョンアップで追加されたものはもっとあるが)

 ゲームのセオリーに従うなら、こうしたメイン拠点から考えて行く必要がある……と思う。


 俺の顔が見えるように移動した召使い。

 杖をぐるりと回して彼女を首を横に振る。


「確かに大魔王様が気にしているように五大都市についても重要だけれど――それよりも大切なことがあるんだ」

「大切なこと?」


 そうとも、と頷いて召使いはとん、と杖を床につける。

 すると、空中にホログラムのようなものが立ち上がった。「これは……ガリア大陸の地図、か?」「ご名答。流石は大魔王様だ」頭の中で不自由なく想像図が描けるまでに覚えた地図が、召使いによって生み出された。


 さらに召使いが杖をとん、とん、とんと鳴らせば――南部、北部、さらに地図の空中に巨大な赤い球体が設置される。


「この終末世界には3つの巨大な勢力が存在する」

「勢力……?」

「そうとも。南部、旧レイヴンポートを支配するのは、先進技術の使用によって終末を逃れたレイヴン家の生き残りたち……レイヴン社」


 とん、とんという小気味良い杖の音がまた聞こえたかと思えば、南部に打たれた赤点の上に鳥がモチーフであろうロゴマークが記される。

 自分が知っている組織や町が、こんな風に変わっているのは若干戸惑ってしまう。


「そして、北部の旧フロストヘルムにはB.U.Gたちの首領が存在している」


 北部の赤点には、蟲のロゴマークが。

 なるほどB.U.Gたちも自身の拠点を持っているのか……。「最後に、空中移動都市を支配するのはガリア王国の正当なる後継者を自負する、聖騎士団」空中の赤点には、獅子のロゴマークが配置された。


「これが、この世界を今三つに別っている勢力たちさ」

「じゃあ、この勢力のウチどれかに接触するのがいいってことか?」

「大魔王様の言う通り、行く行くはそれがいいと思うけれど――今は時期尚早だ。記憶をなくしてしまった大魔王様には、まず世界の様子を知ってほしいと思う」


 ホログラムを消して、召使いはこくりと首を縦に振った。赤と青の髪が、ゆらゆらと跳ねた。


「そこで、だ。アイアン・レイクを見学するというのはどうかな?」

「アイアン・レイク……その理由は?」

「あそこは今現在、どこの勢力にも所属していないのさ。その上、レイダーたちも寄りつかない」

「レイダー?」

「ああ、さっき教えた勢力――便宜上、三大勢力と呼ぶけど。その三大勢力に属さない中小集団の俗称さ!」


 そりゃ3つの勢力だけじゃないか。「それだけじゃないよ? 大魔王様も知っての通り、アイアン・レイクは武具作成のメッカさ。大魔王様の装備も新調したいところだね」

 確かに、今の俺はゲームでいうところの初期装備。

 こんな装備じゃいくらステータスが高くても、強敵相手には勝てないだろう。


「分かった。じゃあ、さっそくアイアン・レイクに行こう。西部は大魔王城からも近いな――移動時間にはどれくらいかかりそうだ?」

「そうだなぁ、ざっと――2秒」

「は?」


 そう答えると共に、ぐるりと杖を回す召使い。

 とん、と杖を勢いよく地面につけた彼女は、片手でシルクハットを押さえて、ぐるりと身体を回転。横にずれれば、彼女が立っていた場所にワープゲートが広がっていた。


「私は地下にある転移門と同化していると行っただろう? これくらいは造作もないのさ」

「――そういえば、そうだった」

「さぁ、中にどうぞ? 大魔王様」


 お辞儀と共に、片手でワープゲートを指し示す召使い。

 彼女の力は底知れない。

 これほどの転移魔法を、まるで息を吸うように扱ってみせる。恐ろしいとさえ思ってしまう力だった。


「ありがとう。召使いは行かないのか?」

「ああ、申し訳ない。ワープゲートを作ると力を凄く消耗してしまうんだ。行っても大魔王様の役に立てるとは思えないし、帰りのゲートを作る役目も必要だから……残念だけど留守番しておくよ」


 でも、と言葉を繋げて「安心して欲しい。会話はできるようにするし、大魔王様の様子は逐一見ているからさ」逐一見るのはちょっと勘弁して欲しいけど――事情は分かった。

 召使いが一緒に来てくれれば、心強いけど彼女に頼りっきりというのもアレな話だ。一通り食事を楽しんだ俺は、席から立ち上がってワープゲートへ向かう。

 蒼白く発光するワープゲート。

 先は見えず、どこに繋がっているかも確証が持てない。ゲーム中だと事もなげに何度も何度も繰り返してきた行為だが、こうして見るとちょっと勇気がいる。


 でも、こんな場所で迷ってなんかいられない。


 俺は意を決して、ワープゲートに触れる。

 すると、嫌な浮遊感が身体を襲って――視界が真っ白に染まっていく。


 ◆


【ガリア王国西部に広がるヒュージ大森林。その中でも大河を挟んだ、南部と中部に隣接するこの地域こそ――アイアン・レイクを擁する、エラルダの森だ。豊かな自然と、穏やかな動植物。遠くに見える灰の湖こそが――”今や各勢力がシノギを削り、我先に押さえたいと狙う要所だとも。終末を経てもなお、アイアン・レイクの設備は生き続ける。まるで、過去に囚われ続けているかのように。さて、大魔王様はこの地でどんな活躍をするのか……そればっかりは、この私の眼を持ってしても、見通せそうもない”】


<エラルダの森>


 ぐらり、ゆらり、ぐるり、気持ちの悪い視界の乱れが収まった。

 周囲を見渡せば、ゲーム画面で見たエラルダの森が広がっている。自分の何倍も大きい大木が、無数に生い茂る。圧倒的な自然の迫力を感じざるを得ない。


「無事に到着したみたいでよかったよ大魔王様」

「その言い草――無事じゃない場合もあるってことか?」

「世の中には知らない方がいいこともあるかもしれないね! あっはっは!」

「……」


 怖いからこれ以上は掘り下げないでおこう。

 彼女のワープゲートは便利だから、今後も世話になる。その度に心配事が増えたんじゃ、身が持たない。「アイアン・レイクまでの道のりは分かるかな? 必要ならナビゲートをするよ」「いや、問題ない」もう大体の位置関係は覚えている。

 しかも、エラルダの森からアイアン・レイクまではとても単純な道のりだ。真っ直ぐ進むだけといっても過言じゃない。


 自分の脳内マップに従って歩くこと十分程度。

 ふと、視界の端に妙なものが映った。足を止めて、俺は目を凝らしてそれを見る。ノイズ――のようなものが草木と地面に広がっていた。


「あれは?」


 思わず近づいて、俺はそれを観察する。

 バチバチ、という小さな音を立てておりノイズが走り続けている。エラさんの身体に広がったものと似ているような気がした。吸い込まれるように、指先で触れてみる。

 ――なんともない。

 そこには地面があるし、草木がある。ただ、氷面のテクスチャが張り替えられてしまったみたいな。そんな奇妙な感じだった。


「あぁ、大魔王様それは――」

「ん?」


 不思議な感触を楽しんでいると、召使いの声が頭の中に響いた。

 そんな彼女の言葉と共に、ぴょん、ぴょんと兎がノイズに触れる――瞬間、兎の身体全体にノイズが走った。「はぁ!?」思わず後退りする俺。ノイズが収まると、兎はB.U.Gに変じる。


 偉業となった兎は呻き声と共に草むらの中に消えてしまう。


「耐性がないと身体に毒だよ」

「それは先に言ってくれよ!?」

「あっはっは、大魔王様は耐性があるから大丈夫さ」

「そ、そうなのか?」

「理由は私にも分からないけどね。まぁでも触らない方がいいとも」

「じゃあなんで止めてくれなかったんだよ……」


 大魔王様への信頼さ☆

 なんて、虫の良い返事が来た。なんとなく、召使いがどんな奴なのか分かってきた気がする。色々な意味で彼女に頼りっきりはヤバい。それが分かっただけでも良しとしよう。


 なんてこともありつつ、アイアン・レイクを目指す道のりは順調そのものだった。


 およそ、ノイズが走っていた場所からさらに十分ほど。懐かしいギミックがある場所に差し掛かったので、俺は足を止めた。


「どうしたんだい? 大魔王様」

「ここは崩落の床っていうギミックがあるんだ。召使いは知ってたか?」

「あぁ、あれのことか。もちろん、私は知っているよ。正しい道のりをナビゲートしようか?」

「いや、大丈夫だ」


 目の前に広がるのは一見すると何の変哲もない道だ。

 しかし、実際は正しい道があって――それ以外を進もうとすれば、地面が崩落して落とされる。まぁゲームとしてはよくあるギミックだ。

 そして、何度も何度も何度もここを渡った俺にとって、ここを落ちずに抜けることは造作もない。(MMO時代は目隠しして、ここを超えるっていう遊びをフレンドたちでしたこともある)


「お見事。流石は大魔王様だ」

「慣れさ、慣れ」


 召使いの賞賛を受け取っておく。(褒められることでもないと思うけど)さて、ここを超えたということは……アイアン・レイクまでもうすぐってことだけど。


「だ、誰か助けてくれ~~~!」


 なんて声が響いた。「!」俺は声の方を見る。草むらと木々に邪魔されて助けを呼ぶ誰かは見えない。けれど、もう身体が勝手に動いていた。

 見過ごせなかった。

 自分が助けられる人は助けたい。ただその一心で俺は草木の合間を縫っていった。



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