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第5話 召使い

「エイジさんが大魔王かもしれない……ですか」


 神妙な面持ちでエラさんが呟いた。

 俺は首を縦に振ってその言葉を肯定する。「まだ、そうと決まったわけじゃないけど」と、断りを入れつつも。


「でも、ちょっと変だと思ったんですよ! 角とか生えてるので」

「あはは……」


 その角に、さっきまで気がつかなかったというのが不思議でならなかった。

 自分が大魔王だなんて、信じたくはない。

 何故かって?

 自分がいずれ倒されてしまう悪役だと言われているようなものじゃないか。


「……色々ありましたけど、到着です。魔王城!」

「ああ、そうだな」


 目の前にそびえ立つのは”いかにも”としか言いようのない大きな城だった。遠くからでもハッキリと分かったが……実際、こうして近くで見てみると、あまりにもゲームの中にある魔王城そのまま過ぎる。

 何というか、そういう状況じゃないけど聖地巡礼みたいでテンションが上がっている自分がいる。


 不気味な像が両脇に立った、大きな大きな門の前に立つ。

 どうやら、鍵がかかっている様子だった。


「開きませんね」


 門に近づいて、うんうん、と押したり引いたりするエラの試みは失敗に終わった。困ったな、魔王城の入り方は考えていなかった。

 ゲームでプレイしている時は特に入るための条件なんてなかったし。「抜け道を探すしかないか」そういって余所を見れば。


「あ」


 ――ゴゴゴゴ。

 そんな大仰な音を立てて門が動き開き始めた。「エイジさん、また何かしたんですか?」俺は首を横に振る。「い、いや――今回は何も……」そのまま、開ききった門の先に立っているのは、バトラースーツに身を包んだ女性。

 真紅の長髪に、毛先が青というケバケバしさすら感じるカラーリングの髪が目立つ。エラさんがNPCだとすれば、この女性はネームドキャラ。ゲームで登場していたなら、さぞ気合いの入ったモデリングだったことだろう。

 深々と頭を下げたままの彼女は、ゆっくりと面を上げる。


「大魔王様、ようやく帰って来てくれたんだね!」


 ぐるりと、握った杖を回してニコリと笑って宣言。その言葉は、明らかに俺へと向けられていた。「えーっと、君は?」そう尋ねると、シルクハットのツバを抑えた彼女は高らかに名乗りをあげた。


「大魔王様の側近、召使い! 大魔王様と私の契約、忘れたとは言わせないよ?」

「……」

「凄い、身なりも顔も全部が綺麗な人です……!」


 戸惑う俺を余所に、エラは召使いの見目を褒めた。確かに彼女は美しい。

 でも、非常に残念ながら彼女との契約を俺は忘れている。一体、どんな契約をしたんだ?「もしかして――覚えてない?」

 杖を地面につけて、召使いの表情が僅かに陰った。変な嘘を吐くくらいなら、真面目に答えた方が良さそうだ。俺は首を縦に振る。


「ああ、その――色々あって忘れた……みたいだ」

「まぁ、それも仕方ないか。大魔王様を事故に巻き込んでしまった私にも原因がある」

「事故、ですか?」

「ああ、そうとも。どうやら、私の転移魔法の調子が悪かったようでね。こう、逸れちゃったんだよ」

「あぁ、だからあんな場所にエイジさんが……」


 納得したようにエラさんが頷いた。彼女の言葉を信じるなら、俺と召使いが会うのは初めてじゃない……ということだろうか?「まぁでもよかった! 石の中にいる! なんて事態にならなくてね」あっはっはっは、と快活に笑う召使い。

 さらっと恐ろしい可能性を提示してくる。本当にそうならなくてよかった。


「しかし、流石は大魔王様だ。私の手助けも借りずに、自ら城に帰ってきてくれた。多少の記憶混濁なんて、その内戻るだろうさ! さぁ、城に案内しよう。もちろん、一緒にいる彼女もね」

「え、あ、私も良いんですか?」

「当然さ。大魔王様の恩人を無碍にするわけもないとも」


 シルクハットを押さえて、召使いはくるりと方向転換。ぐるん、ぐるんと杖を回して俺たちを先導していった。

 俺とエラさんはお互いに顔を見合わせる。


「どうしますか? 悪い人じゃなさそうですが……」

「そうだな、取りあえずは着いていこうか」


 なんて作戦会議をする。(もちろん、召使いには聞こえないように小声で)「置いていっちゃうよ~!」召使いのポップな急かしを受けて、俺たちは急いで彼女の後を追う。

 そうして、魔王城の見学会が始まったのだ。


 ◆


「どうだったかな? 魔王城は!」

「凄かったです! どこもピカピカで、まるで誰も使ってないみたいでした!」

「……それは多分、誰も使ってないだけだと思うよエラさん」

「え、そうなんですか!?」


 魔王城見学ツアー、かなり広い城だったので随分と時間がかかってしまった。ツアーの最後はここ、食堂で夕食が振る舞われるらしい。

 エラさんが言うように、どこもピカピカで整理が行き届いていた。召使いの管理が行き届いている証拠だ。とはいえ――召使い以外の住民がいないのは気になったが。


「お恥ずかしい話だけれど、我々大魔王軍は弱体化が著しくてね。具体的には今のメンバーは私と大魔王様くらいなのさ」

「そ、それは軍なのでしょうか?」


 俺も思ったけど言わなかったことを、エラさんはハッキリと指摘した。その手厳しい指摘にも怯まず「あっはっは! 夢は大きくなんて言うだろう?」と和やかに返す召使い。

 それに、と続けて「大魔王様も帰ってきたんだ。ここから本格始動って奴だよ? ね、大魔王様!」ニコニコの顔で俺の同意を求める。俺は僅かに目をそらして、まぁ……うん、というような曖昧な返事を返した。

 正直なところ、大魔王になりたくてここに来たわけじゃないんだ。


「その件なんだが召使い。本当は、この地下にある転移門を借りようと思っていたんだ」

「転移門、あぁ――あれか。私と一体化してしまったよ、あれは」

「……は!?」


 思わず、声を荒げてしまった。この召使いは、けろりととんでもないことを言ってくれる。「私の転移魔法は、転移門の力によるものなのさ。だから、最早私が転移門だと言えるね」朝のメニューを言うような声色で、淡々と告げる召使い。


「じゃあ、召使いさんにお願いすれば転移させてくれるということでしょうか?」

「ああ、理論的にはそうなるね。でも、大魔王様はどうして転移門を求めているんだろうか」

「召使いも言っていた通り、記憶が混濁してるみたいでさ。元々、大きな町にいって譲歩うを集めたかったんだ」


 ここは素直に話す。

 なんだか、嘘をついても見抜かれそうな眼力が召使いにはあった。「なんだ、そんなことか」これに対しても彼女は淡々と受ける。


「大魔王様は大魔王様だ。それは自明の理ではあるが――大魔王様が望むなら、大きな町……レイヴンポート辺りが手頃かな? そこに連れて行くことはもちろん可能だ」

「レイヴンポート、最高だ!」


 レイヴンポート、エターナル・ライフを始めたプレイヤーが最初にたどり着くであろうホームタウンの1つだ。初心者から上級者含めて賑わっており、何かを募集するならまずはここにやってくる。

 そんな場所なら、情報収集には打って付けだ。「じゃあ、明日向かおうじゃないか」ぐるりと杖を回して、召使いは俺の願いを承諾してくれた。


「私もついていっていいですか?」

「もちろん。一人も二人も消費魔力は大差ないからね」

「やったー! ありがとうございます!」


 両手を挙げて、大喜びするエラさん。直後に――「ゴホゴホッ!」と、咳き込んだ。


「……体調不良かな?」

「ああ、はい。持病、のようなものです」

「それは気をつけてくれたまえ」


 エラさんの様子を窺って、召使いは薬も探してみようと言葉を付け足した。

 やっぱり、彼女の手には血が付着しており、体調は優れない様子だった。移動中も、何度か咳き込んでは、今みたいに血を吐き出していた。

 原因が分かれば良いんだが……。


 「じゃあ、話がまとまったところで私は料理を取ってくるとしよう。しばし、待っていてくれ」ぺこりとお辞儀して召使いは奥の厨房に引っ込んでいった。


「召使いさん――いい人ですね」

「ああ、そうだな……」


 エラさんが言うように、召使いは良い人だった。

 けど、妙に引っかかる。

 というのも、召使いなんてキャラクターはゲーム中に存在しなかった。大魔王軍どころか、どこを探しても。


「どうしたんですかエイジさん?」

「いや、夕食のメニューは何かと思ってさ」

「確かに! ふかしたお芋があれば嬉しいです!」


 自分の疑念を濁すために、俺は話題をそらした。エラさんの要望が素朴であることは置いておくとして……この世界に来てから感じる、この違和感。一体、どういう解釈をすればいいのだろうか。

 このズレ、見過ごしてしまうと大きな落とし穴に嵌まってしまうような……そんな気がしてならなかった。


「さぁ、美味しい夕食の到着だよ!」

「わぁ! とっても良い匂いです!」


 勢いよく厨房から姿を現した召使いによって、俺の思考は中断。

 ずらりと並べられるのはステーキに、パン、スープにサラダ。高級レストランのような食事内容だ。「え、え!?」テーブルに並べられたメニューを見て、エラさんは驚きを隠せない様子だった。


「こ、こんなご馳走、良いんですか!?」

「もちろん。大魔王様の来客に不自由な思いはさせないさ」

「わ、わぁ!」


 料理を口に運ぶ。

 ――旨い。

 前に食べたのが、あの乾パンみたいなパンということもあってか感動も一入だ。「お、美味しいです~! こんな料理食べたことありません!」と、エラさんも大絶賛だ。


「そう言って貰えると嬉しいよ。さぁ、まだま料理はあるから遠慮せずに食べて欲しいよ」

「やったー!!」


 そうして、俺たちの夕食会は続いていった。

 この世界も、自分自身も、召使いも、何もかも分からないことだらけだが――少なくとも、今はこの一時を楽しみたかった。

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