「魔法使いかァ!? お前たち!」
ぶん、ぶんと鉄の塊を振り回して鶏みたいな赤いモヒカンの男が叫ぶ。「そういうわけじゃ――」「どっちでもいい、命が惜しけりゃ金目の物を置いていきなァ!」鶏がわめき散らした。
金目の物なんて持ち合わせているわけがない。俺は首を横に振った。
「俺は文無しだ、彼女もそうだ」
こく、こくと首を縦に振るエラ。
嘘はついていない。けど、それが気に食わなかったみたいだ。「はァ~~!?!」と鶏が鳴いた。
「舐めやがって! やっちまうぞ、野郎共!」
鶏の言葉に従って、両脇にいた男たちも各々の武器を握りしめる。「ち、近づかないでください……!」「女は殺すなよ!」鶏がエラさんににじり寄った。思わず、俺は前に一歩踏み出して、鶏の進路を妨害する。
俺の力が、プレイしていた当時の四分の一でもあれば、こんな相手余裕で倒せるのに……。今の俺はそんなに強いわけじゃない。生きることだけを考えれば、エラさんを庇わない方がいい。
でも、庇ってしまった。
「退け、クソが!」
鶏が握っていた鉄の塊が俺に振り下ろされた。「エイジさん!」思わず、俺は瞼を閉じて衝撃に備えた。
直撃すれば、痛い――というか、死ねる。だから、腕を前にしてガードはするものの、意味があるかは怪しい。ドン! という音が響いた。
……でも、音が響いただけだ。
衝撃は確かに伝わってきた。じんじんと腕が痺れるような、微かな痛みは生じる。でも、想定していたような痛みは全くない。
「……?」
俺は瞼を開けて、自分の身体を見た。
ダメージはない。
次に、鶏を見れば……目の前で起きたことが信じられないとでも言うように、目を大きく見開いて、わなわなと震えていた。
「な、なァ……ちょ、直撃してたよな!?」
後ろに控える仲間に質問。同じく驚いた様子の仲間二人も首を縦に振って鶏の言葉を肯定した。「なのに、なんでコイツはピンピンしてんだよォ!!」俺の顔をもう一度見据えて、鶏が叫び散らかした。
どうしてかは分からないけど、生半可な攻撃を通さない身体になったらしい。
――それなら。
俺でも、十分にこの状況をどうにかできそうだった。
一歩、踏み出して俺は鶏との距離を詰めた。「な、舐めやがって!」そうやって得物を振りかぶる鶏。心なしか、その動きも鈍く見えた。
腕を前にして、もう一度攻撃を受ける。
ガンっ!
そんな気持ちの良い音が響く。衝撃と鈍い痛みこそ腕に伝わるものの、ダメージと言えるほどではない。
「は、はァ!?」
再度確認した事実を認められないのか、鶏は一歩、二歩と後退り。その動きに合わせて俺が前に出て距離を詰めていく。
俺は拳を構えて――喧嘩なんてしたことはないけど、取りあえず鶏を殴った。得物を前にしてガードを試みる鶏。
「ぎゃああ!」
しかし、その狙いも空しくガードを貫通して鶏を吹き飛ばしてしまった。「……」ごろごろと、地面を転がる鶏を見て俺は唖然。
――嘘だろ?
俺のどこにこんな力があるっていうんだ。というか、明らかに強くなっている……いや、なりすぎてる。
「い、いってぇえ~!!」
身体を起こしてジタバタと暴れる鶏。
俺は彼らに近づいて「次は本気で殴る」と、努めて恐ろしそうに告げた。それを聞いた三人は互いの顔を見合わせて――「お、俺たちランナーズを舐めた報いは絶対に受けさせてやる!」なんて、テンプレな捨て台詞を吐いた。
そのまま、慌てた様子でバイク(みたいな乗り物)に跨がった彼ら。
ブオンブオン!
そんな、けたたましい音を出して凄まじい速度で俺たちから離れていった。
「……ふぅ、何とかなったか」
ホッと一息。
どうなることかと思ったけど、自分の強さに救われた。
「エイジさん……そんなに強かったんですか!?」
「そうみたいだ。自分でもちょっと驚いてる」
「やっぱり、不思議な人ですね……エイジさんは」
俺の返事が要領を得ないものだったからか、エラさんはクスりと笑った。「あ、あの人たち何か落としていきましたよ」エラさんが視線を向けた先には、太陽光をキラキラと反射する何かが落ちていた。
近づいて見れば「手鏡か」地面に落ちたそれを拾い上げる。
年代物っぽい鏡を眺める。
ちらりと、鏡面を覗き込んだら――そこに映っていた自分の姿は衝撃的なものだった。
黒い二つの立派な角、顔を横断する傷、そして魔眼というべき左目。
この特徴は――大魔王そのものだった。
「エイジさん、どうしたんですか?」
俺の動揺を察知したのか、エラさんが首を傾げた。「あー、えーっと……またエラさんを驚かせるかもしれないけど」と、俺は前置きをした。
するとエラさんは、胸を張って「大丈夫です!」と、高らかに宣言。
「もう既にエイジさんには驚かされっぱなしです。どんなことがあっても、これ以上は驚かないと思います!」
なんて自信満々に言ってくれた。
なら、その言葉に甘えるとしよう。俺は手鏡からエラさんに視線を移して「多分、俺――」そこまで言って、一度止める。
すぅ、と息を吸って。
「大魔王、だったかもしれない」
と、今生じた疑いを告げた。
それを聞いたエラさんは、ぱちくりと目を開けたり、閉じたりして。「え、えぇぇぇええ!?」エラさんと出会って一番良いリアクションが帰って来た。
どうして俺が大魔王のような風貌になっているかは分からない。でも、より……城を目指す理由が増えた。
俺は遠くに見える魔王城を見据える。
あそこにたどり着けば――今、俺が抱えている疑問に答えは見つかるのだろうか。それを知るためには、魔王城にたどり着くしかない。