深い深い森の中を俺たちは歩いていた。昨日と違って、空は晴れ渡り大きな太陽が燦々と輝いていた。木々は鬱蒼と生い茂り、道はお世辞にも良いとは言えない。根っこや岩が行く手を阻み、その度に無駄な動きを強いられる。
そうして歩くこと一時間以上。
ずっと歩き続けて分かったことがいくつかある。
一つは、異様に疲れないということ。普段の俺も体力に自信がないわけじゃない。けど、こんなに長く歩きっぱなしでも全く疲れないというのは異質だ。
もう一つが、ここは本当にゲームの世界なんだろうな……という確信を持ち始めたということ。あらゆる部分で俺の思い出を刺激してくるし見覚えしかない。これがエターナル・ライフの世界でなければ、他に何があるんだろうという一致度だ。
最後に、エラさんが暮らしていたのは大魔王領でも辺鄙な場所ということ。こうして歩いてみて、過去に覚えていた大魔王領のマップと相対できるようになってきた。そこから考えれば、あの小屋が建っている場所も想像がつく。
ますます、彼女がどうしてあんな場所にいたのかが分からない。そんな疑念を抱きつつ、俺はチラリとエラさんに視線を向けた。
俺と目が合った彼女は、嬉しそうに爽やかな笑顔を見せる。
「こうして誰かと外を歩くのは本当に久しぶりです。まさか、こんな日が来るとは思いませんでした」
「ここに、他の人はいないのか?」
「私の行動範囲が狭いこともあるんでしょうけれど……他の人に出会ったことは……」
エラさんの返事は想定内だった。
あんな場所じゃ、他の誰とも出会わない。それに、元々大魔王領は人がよりつかない場所だ。「あ、でも」と、エラさんが何かを思い出したかのように言葉を重ねた。
「あ、ライダーズは見かけますが……」
「ライダーズ?」
「知らないんですか? 独特の乗り物に乗った荒々しい人たちです」
そういう魔物がいるんだろうか。でも、魔物を人とは呼ばないか。「私のいる小屋まで来ることはありませんが、音を出しながら走っている姿は見かけたことは何度かありました」と、エラさんが締めくくった。
ライダーズ、そんな集団はMMOで聞いたことがない。裏設定が動いているのだろうか。
「この辺りの地理には詳しそうなのに、エイジさんって意外なことを知りませんね」
「自分でも、ちょっと驚いてるかな」
「あはは、そうなんですか?」
和やかに会話を終わらせることはできたけど、俺の心には不安が募る。
最初から感じていること――どうにも、違和感が拭えない。自分で言うのもなんだけど、俺ほどエターナル・ライフをやりこんだ人間はいないはず。
そんな俺でも分からないことが多い、あまりにも。
ただの気にしすぎかもしれないが……イマイチ釈然としなかった。意識を考えることに集中していたからか、ごつん、と何かにぶつかってしまった。「いた」立ち止まって、思わず額に手を当てる。
「大丈夫ですか? あ、そういえば忘れてました……こっちにはこれがあることを」
エラさんの言葉を聞きながら、俺は前を見る。一体、何にぶつかったというんだ。「……は?」そこにあったのは巨大な、金属。恐らく、何かを形作っていたであろうそれは今や見る影もなく無残に破壊されていた。
倒木と、落石によってコーティングされている。
ただ、それでも原型を想像することはできた。そして、想像されうる原型を思い浮かべては、俺はその可能性を否定せざるを得ない。
「ふ、船?」
でも、そのあり得ない考えが零れてしまった。
海や川からはまだまだ距離がある。その上、金属の船なんてエターナル・ライフの世界になかったはずだ。「そうです。ガレア聖騎士団の船ですね」「聖騎士団の?」俺は思わず聞き返した。
聖騎士団――パラディンの職業クエストを担当していた組織で、ガレア王国を代表する組織でもある。しかし、聖騎士団がこんな船を所有していた……なんて話は聞いたことがない。
一体、何が。
「これがあるせいで、真っ直ぐ行けないんでした……申し訳ありません、もう少し早く思い出せていれば……無駄足も、エイジさんがおでこをぶつけることもなかったのですが」
「後半はできれば忘れて欲しいけど――」
そうだ。
今はそんなことよりも、道が途絶えてしまっていることの方が重要だ。ここから迂回するとなると、相当に面倒なはず。
「どうしましょうか……」
と、エラさんの表情が曇った。
いや、でも待てよ……。
俺は腕を組み思案。
「ここがエターナル・ライフの世界なら……」
「エイジさん、どうしたんですか?」
「ああ、そうだ。大丈夫だエラさん!」
「え!?」
そうだ、ここがゲームの世界なら問題を解決できるはずだ。
俺はエラさんの手を引いて「こっちに抜け道があると思う!」「ほ、ほんとですか!?」あるであろう抜け道を目指した。
道ですらない木々の中を抜けて、俺は自分の記憶を頼りに突き進む。
こうして自分で歩くのと、ゲームでプレイするのは似ても似つかないが――それでも、今は自分の記憶を頼りにするしかない。
そうして、森の中を進んでいけば――あった、目印の石碑だ。
「あった、これだ!」
「こ、こんな場所に石碑があるなんて」
「俺の知ってるものより、かなり苔むしてるけど――大丈夫だろう」
俺は石碑の前に立つ。
さて、この石碑に仕込まれた魔法を起動するためには……「エラさん、今から俺のする動きをそのまま真似て欲しい」先にエラさんを石碑の前に立たせて、俺はそう語りかけた。
「は、はい……?」
困惑するエラさんの前で、俺は記憶にある“エモート”の動きを何とか再現しようと試みる。
エラさんの前で披露するのは、珍妙なダンスだ。エモート名は”絶対☆約束ダンス”だ。ふざけた名前だが、このふざけた名前がこのダンスに名付けられるまでのシナリオはかなり良かった。
――という感動は、エラさんに存在しない。「と、突然どうしたんですか?」なんて、至極全うな反応だ。なんだか、恥ずかしくなってくる。でも、進むためにはやって貰うしかない。
「この動きが必要なんだ……信じて欲しい」
「そ、そうですか? 私を揶揄ってるとかじゃないですよね!?」
「大真面目に言ってるんだ」
怪訝な顔をしたまま、エラさんが俺の動きを真似ていった。そして、一連の動作が終わると――「え?」石碑に蒼白い光が灯って、エラさんを転移させる。
よかった、これで動かなかったらエラさんに激怒されるところだった。
「よし、俺も続くか」
石碑の上に移動して、もう一度ダンスを踊る。予定調和みたく、俺の身体を光りが包んで、視界がぐらぐらと揺らいだ。
「っと、成功だな」
歪む視界が戻り、移動は成功。「また、来たぜーっ!!!」エラさん、この短時間で声がかわ――そんな訳ないな!?
正しく戻った視界で、しっかりと周囲を見れば――石碑を取り囲むのは荒々しい3人の男たち。彼らは皆、同じような格好とゴーグルをつけ、その近くにはバイクのような乗り物が立てかけられていた。
「エ、エイジさん――こ、この人たちがライダーズです」
隣にいたエラさんの表情が強ばっていた。
作戦は成功したけど――同時に、失敗でもあったみたいだ。ニタニタと笑みを浮かべた荒くれ共が、ジリジリと俺たちに迫る。