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サ終末事変
雨有 数
ゲームゲーム世界
2024年10月08日
公開日
50,735文字
連載中
一世を風靡したMMORPG……『エターナル・ライフ』主人公のエイジはそんなエターナル・ライフのトップランカーであり、彼にとってはまさしくこのゲームこそが生きる理由だった。……5年前にサ終するまでは。立派な社畜となった彼は、ひょんなことから事故に遭ってしまう。
気がついた彼がいたのはエターナル・ライフの世界だった。
しかし、どうにも様子がおかしい。実はこの世界、エターナル・ライフがサ終した後の世界であり……それに伴って出現した世界を食い潰す蟲――B.U.Gによって終末が引き起こされてしまった。これが即ち――サ終末。
何故か大魔王として扱われるエイジは、この終末世界を元の美しくて楽しかったエターナル・ライフの世界に戻すため、現実世界へ帰還する方法を探すために活動を始めた。

そう、全ては自分の好きだったあのゲームを取り戻すために。

この物語は、大魔王エイジがポストアポカリプったゲーム世界で終末前の知識を活かしながら終末に抗おうとする物語だ。

第1話 転移は突然に

 窓から夕日が差し込んだ。

 タイムレコードから穏やかな音楽が流れた。

 周囲から「ふぅ」というような、安堵のため息が聞こえ始めた。

 午後17時30分――俺が働く会社で決められた就業時刻、誰もがこの時間を待っていた。


 今までの沈黙が嘘のように、人々は一斉に立ち上がっては帰り支度を初めて行く。「また仕事を頼んで悪いな英司」俺の肩を叩いて、同僚が(口だけの)謝辞を述べた。俺はデスクと睨めっこを続けながら「気にするな、困った時はお互い様だろ?」と、これも(口だけの)返事をしておく。


「英司君は飲み会に誘わないの?」

「おいおい、お前も仕事を任せといてよく言うぜ」


 そんな声が後方から聞こえてくる。「だって、英司君いてもつまんないし~。それに、頼んだら断らないでしょ?」「だな。何が楽しくて生きてんだか」――聞こえてるって。

 陰口を叩くのは別に良いけど、俺の聞こえないところで言ってくれ。

 だからといって、任せられた仕事を放棄するつもりはない。……何が楽しくて生きている、か。


「そんなの、俺が知りたいよ」


 人の気配がどんどんと消えていくオフィスで、俺は呟いた。

 毎日毎日他人の仕事を請け負ってため込む。そして、今日みたいな週末はオフィスに泊まり込んでため込んだ仕事を消化する。

 でも、別に苦じゃない。家に帰ってもすることはないし、やりたいことだってない。唯一、熱中できたMMOも、五年前にサ終した。「はぁ……」同僚のせいか、嫌な考えがぐるぐると頭の中を巡っていく。


 気分転換でもしよう。そう思って、俺は携帯を取り出した。サービス残業だ、スマホで動画を見ながら仕事をしたって誰も文句は言わない。

 作業用のBGMを選ぶ。焚き火の音は前に聞いたし、滝の音はちょっと気分じゃない。スクロール、スクロール「ん?」そうしていく中で、あるサムネイルが俺の目を奪った。


「電撃新情報発表……?」


 それは、俺がハマったMMOの新情報が発表されるという内容のサムネイルだった。思わず、タップする。動画の時間はおよそ5分。俺はそれを食い入るように見た。

 結果、分かったのはMMOを開発した”メグル”さんが新しい情報を発表するらしいということ。再生時間が終了して、停止したスマホを前に……俺は胸の高鳴りが抑えられなかった。


 また、あの世界に帰ることができる?

 そう思うだけ、活力が湧いてくる。さっきまでの落ち込んだ気分が嘘みたいだった。いつか来る新情報を思えば、いくらでも仕事ができるように思えた。


 ◆


「ふぁ~……流石に疲れたな」


 小鳥(多分スズメだ)のさえずりを聞きながら、俺は事務所の鍵を閉めた。全ての作業を終えたのが5時くらい。そこから二時間の仮眠を取って、家に帰る。

 ハードだが、毎週の恒例行事だったため慣れっこだ。ここから家までは30分程度。さっさと家に帰って寝よう。


 そう思って帰路につく。

 会社の前には、信号が一つある。俺はその信号を渡る必要があるのだが、タイミングの良いことに丁度青だった。ラッキーと、内心思いつつ信号を渡る俺。丁度、向こうから子どもの姿も見えた。

 どこかに遊びに行くんだろう。ニコニコとした表情で、人生の憂いを感じさせない。俺もあれくらいの純粋さが欲しかった。

 なんて、現代社会に疲れた大人の価値観で小学生を眺めていると、嫌なエンジンの音が耳をつんざいた。通りに差し掛かろうとする車。赤信号であろうに、止まる気配がない。

 どうしてか――時間がゆっくりになるような感覚が芽生えた。

 車と自分、子どもの位置関係がハッキリと理解できる。このまま車が突っ込めば……子どもに当たってしまう。それを理解した俺の身体は、勝手に動いていた。


 子どもを押しのけて、車に突っ込む。

 どん、という衝撃があった。ゴキ、とかバキ、みたいな変な音――これが、骨の折れる音なんだろうか、そんな音も聞こえた。

 真っ黒な視界。

 意識の輪郭が徐々に崩れていく中で、俺の心の中には安堵があった。


「誰かのために……死ねた」


 もう動かないかもしれない口で、掠れているかもしれない言葉を吐いた。

 俺の命が誰かの命を救う。

 それ以上に嬉しいことはなかった。


 あぁ、でも……。


「MMOの新情報……は……」


 しり……たかったな……。



 ◆



 何事にも理由は必要だと思ったことがある。

 人は、そうした理由の上で生きている。理由があるから、人は選択できる。

 俺には生きるに足る理由が見当たらなかった。ただ、死ぬべき理由も見つからなかった。

 だから、俺にとって生きるという行為は――どっちつかずの行為で、毎日誰かの役に立って、死ねない理由を少しでも嵩まししようという”消極的”な行為だった。


 そんな俺でも、理由を忘れて没頭できることがあった。

 MMO――『エターナル・ライフ』だ。熱いストーリーに、スタンダードながらバランスの良いバトルシステム、そしてプレイ人口の多さ。何をとっても最高レベルのMMO。このMMOを遊んでいる間だけ、俺は”生きていた”かもしれない。

 でもそんな、永遠……なんていう意味を持つエターナルを冠したこのゲームだったが……サ終した。5年前に。


 そこからは逆戻り。

 ただ、死ねない理由を積み上げようと無難に生きるような毎日だった。でも、そんなMMOに新情報があったんだ。そう、だから!


「し、死にたくない!」


 ガバりと、俺は身体を起こした。

 あれ……俺は確か、車から子どもを庇って、轢かれて……「し、死んでない?」自分の身体を触る。腕、ついてる。足、大丈夫。顔、傷なし。

 何より、身体を動かしても痛くはない。


「む、無傷……?」


 服はスーツじゃなくなっている(なんか、黒い服を着させられているみたいだ)けど、それ以外に異変はない。自分がどんな風に吹き飛ばされたかは分からないけど、骨の折れる音(っぽいものも)も聞いた。

 それが無傷なんて――あり得ない。

 でも、実際に身体に異常はない。ひとまず、飲み込むしかないようだ。そこを飲み込めれば、次に気になるのは自分がいる場所。


「ここは?」


 俺は改めて自分が目覚めた場所を見渡した。薄い、というか隙間が目立つ木材の壁。藁っぽい天井、薄くてボロボロのベッド、オマケに煤で汚れた暖炉。「……なんだ、この内装」そのどれもが、日本でお目にかかるのは中々難しいものだった。

 初めて見るのに、何故か妙に見覚えがある。


 不審に思いながらも俺は立ち上がってベッドから降りた。部屋の大きさはそこまで、簡易的なキッチン――とはいえ、キッチンと呼んで良いかも怪しいほどに前時代的なものだが。

 部屋の中心にはテーブルが置かれている。

 ボロい食器棚もあるし、ラグだってあった。やっぱり、そのどれもに妙なデジャヴを感じてしまう。その”見覚え”の正体、俺の中で見当がつきつつあった。


 ――でも、そんなことはあり得ない。


 俺は自分の“見当”に否を突きつけるために、部屋を飛び出した。外には木々が広がっていた。


「に、日本じゃない……?」


 初めて見る景色。でも、やっぱり見覚えがある。空には黒く重い雲が広がっていた。周囲を見回して、坂を見つけた俺はそこを駆け上った。

 頂上にたどり着いた途端、木々で遮られた視界が開ける。そして、遠くに見える“それ”を見て、俺は衝撃の余りその場で膝をついてしまった。


「ま、魔王――城?」


 遠くに見えるのは『エターナル・ライフ』のラスボスが出現したラストダンジョン。魔王城だった。

 それはつまり――。


「お、俺は、エターナル・ライフの世界に……て、転移したのか?」


 あり得ない、絶対にあり得ないことを意味していた。

 その事実を認められないが、認めざるを得ない。あらゆる情報によってパンクしてしまいそうになる頭。疑問符ばかりが頭の中で浮かび上がる。


「あ、目が覚めたんですね……良かったです!」

「え?」


 背後から、そんな女性の声が聞こえる。

 視線を向けると、いかにも町民のNPCというような服装の女性がいた。ゲームプレイ中、幾度となくみたような服装だ。一つ違うのは、実際に生きているみたいな……あまりに自然すぎる立ち振る舞いと存在感だということ。

 俺は、呆然として彼女の顔を見つめてしまった。

 目覚める前までは、普通に生きていた人間にとって――これは情報過多だ。


「二日も眠りっぱなしだったんです。ですが、目覚めてすぐに動けるなら――安心かもしれませんね」


 なんて、一人安堵した表情を浮かべる女性。

 俺はただただ置いてけぼりだった。一つ確かなのは――本当にエターナル・ライフの世界に俺がいるということ。

 ただ、それだけだった。


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