御岳は時々天井を見つめ、これまでのことを頭の中に巡らせ、ゆっくり言葉を選びながら、しかし力強い口調で話した。少し涙声になっている部分も感じる。
「そしてその中には、みんなにも迷惑をかけた入院があった。そこでは癒す側ではなく、癒される側の気持ちを痛いほど知らされた。生還して、その時の気持ちを大事にしようと考えた。東京に戻り、体力の関係から空手の稽古はできないが、整体の稽古はできた。そこでは先生からすごいお誉めの言葉をいただいた。それは自分が整体師として一人前だと認めていただいた言葉だと理解した。ある意味、ここで俺自身の当初の目的は達成されたようなものだ」
御岳は時々、伊達の顔を見ながら話している。そこには3年以上にも渡り指導してくれた伊達への感謝も込められていた。
「ここの内弟子は整体だけでなく、武術も必要なので、その稽古ができない今、整体師として自分の人生を歩んでいく分岐点だと考えた。俺がいなくなることで少しはドタバタするかもしれないが、入院中、みんなよくやっていたと先生から伺っている。それと同じ様にがんばってもらえば良いと思う。俺もそろそろ自分が最初に目指していた癒し家、整体師としての道を、一人で歩いていかなければならないと思っている」
今度は内弟子全員に目を配って話している。一人一人に謝意も込めて話している感じだ。同時に、自分の決心をここで明確にして頑張ることで、内弟子の後輩たちの良い見本になろうという思いもあった。
「ここで経験したことは一生の宝物だ。みんなと出会えたこともそうだ。だから、この関係はこれからもお願いしたい。卒業といっても2度と会えないわけではない。逆に卒業してから、別の形でみんなの見本になりたいと思っている。空手の道場は開けないと思うけど、整体院はどこにも負けないところを作る。みんな、今という時間を大切にして、充実した稽古をしてほしい。今度は内弟子のOBとして会いたいと思う」
御岳の言葉は全員の心に沁みた。涙を浮かべている者もいる。御岳にここまで言わせて何か言う者はいない。内弟子として入門した以上、いつかはここを去る時が来る。人によっては伊達と共に道場運営をしていく者も出てくるだろうが、この時点では不明だ。内弟子修行は学校ではないので、何年という数字で決まるものではないが、御岳の場合、今が卒業の時期だと判断したのだ。その見本を示し、御岳は内弟子たちの長男として立派に務めを果たした。
「御岳君がすばらしい話をしてくれた。旅立ちには嬉しい反面、寂しさもある。今まで一緒にやっていた人がいなくなるから当然だ。しかし、御岳君も言ったように、2度と会えないわけではない。そして今度、御岳君は社会というステージで、癒しを武器にがんばっていくんだ。それはまだみんなが経験していない世界だが、その見本を示してくれる。大変貴重なことだ。応援しよう。笑って見送ろう。御岳君は涙はきらいなんだ」
そう言う伊達の目にもうっすらと涙が滲んでいた。3年以上、自分のそばで一生懸命やってきた人物がいなくなることは、やはり寂しい。しかし、別れはいろいろな形でいずれ訪れる。心の中で、ただ「頑張れ」とつぶやいていた。
これからは御岳を除いた4人での修行が続く。伊達は御岳の将来とともに、残った内弟子たちの将来にも思いを馳せていた。