しかし龍田は、武術としての稽古もしっかりやっているので、このよう攻撃に対しても普段から意識していた。それがここで功を奏し、龍田は右拳で蹴ってきた足の足首を突いた。蹴り足を突くことで、いわゆるカウンターとなって、かなりの衝撃を郷田に与えた。ここには「解谿(かいけい)」というツボがあり、強打すると足がしびれ、立てなくなる。手にグローブを着けていた関係で、拳頭が直撃することはなかったが、見事なタイミングだった。また、グローブと言っても、指が出るタイプのものはボクシングのグローブとは異なり、それなりに拳の固さが再現できる。その状態で足首を強打したわけだから、郷田にとってたまったものではなかったのだ。郷田は痛さのあまり、足首を押さえながら大声を発し、床を転がり回った。
しばらくして立ち上がったが、足を引き摺っている。それ以上戦える状況ではないと判断した伊達は、そこで「止め」を宣告した。その瞬間、郷田の顔に安堵の色が浮かんだ。両者は開始線に戻ったが、戦う前は礼もしなかった郷田が、龍田に礼をした。自分の急所攻撃を見事に防ぎ、同時にそれが強烈な反撃になっていたことに、格の違いを感じたためだった。同時に、本気で戦ったことで、最初に持っていた変な感情が払しょくされたのだろう。思いもよらない郷田の行為に、伊達と龍田は少々驚いた。
もう黒田たちからは何の言葉も出なかった。完全に圧倒されたのだ。
伊達は黒田たちのほうに行き、5人に言った。
「君たち。もう龍田君に関わるのはやめなさい。いくらやっても無駄だと分かっただろう。そして、暴走族なんかやめて、普通の若者になりなさい。君たちにもこれからいろいろなことが待っているはずだ。龍田君たちのように何か生き甲斐を見つけ、がんばりなさい。大塚君や大木君、郷田君にはやっていることがあるだろう。それぞれの道で一流になりなさい」
格の違いを見せつけられた黒田たちには反論の余地はなかった。うなだれたまま伊達の話を聞き、道場を後にした。黒田と北島は振り向くことはなかったが、大塚、大木、郷田は軽く一礼して出ていった。来た時と異なり、この3人の表情に刺々しさはなかった。