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解決 25

 挑発に乗らない龍田に対して、先に仕掛けたのは郷田だった。右の下段回し蹴り、一般的にローキックと呼ばれている技だ。

 龍田はやや後方に下がりながら、足を上げて攻撃を防いだ。もともとある程度の間合いがあったので、仮に当たってもダメージになるようなことはないが、そこで踏み止まっていれば突きを連続してくることは分かっていた。これまでの試合では、両者の間が切られたと思った瞬間に勝負がついていたが、それが武術らしい戦いであり、鍛えているところを打たせ、我慢比べをしても意味がない。

 以前、伊達から武道講義の中で、昔の沖縄の名人・達人の考えには2通りあり、一つは拳足を剣にも等しい意識で鍛錬するため、絶対にまともに受けないように注意させる先生と、もう一つはもし当たってもダメージを受けないように肉体そのものをしっかり鍛錬することを重視する場合があったと聞いている。龍田は稽古を通して両者にそれぞれの理があることを理解していたので、ケースバイケースで判断していこうと考えていた。

 郷田の場合、おそらく後者の意識が強いと思われたので、今は打ち合う場面ではないとばかり、ここは間合いを取り、再び見合う形になった。この時の龍田の意識は、自分の拳足を剣と意識し、的確に、そして少ない動きで相手を制することをイメージしていた。

 こういう流れは、もともと血の気の多い龍田にしては珍しい戦い方だ。いつもなら積極的に前に出ていくタイプだが、無闇に攻撃をして調子に乗っている時、受けがおろそかになり1本をもらったことが稽古で何度もあった。この戦いは必勝を要求されるので、隙を作る可能性がある動きは許されない。

 そういう考えからの動きだったが、内弟子稽古の時に感じるプレッシャーはほとんどなかった。おそらく堀田や高山も同じだったに違いないと思いながら、しばらく郷田の好きなように攻撃をさせ、受けに徹しようと思った。

 攻撃しない龍田に、郷田はだんだん冷静さを失っていった。それにともない攻撃は荒くなり、よけいにさばきやすくなっていった。郷田の拳足が空を切る。当たらない攻撃というのは、攻撃側に精神的なダメージがある。そういう戦い方も、今回の龍田の戦術だった。戦い方がイノシシのような猪突猛進型では、すぐに相手に裏をかかれてしまう。相手が格下であればそれも戦法になろうが、ある程度のレベルにある者であれば、こういう作戦は通用しないのだ。

 そういう時の時間は長く感じる。絶対時間は短くても、心理的に感じる時間は異なるものだ。時計では開始から2分経つか経たないくらいだが、郷田にとってはその10倍くらいの感じになっている。郷田の焦りの色は、だんだん表情にも現れてきた。

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