外の様子は分かっているので、黒田たちに会話が漏れないように窓を閉め、伊達がみんなに指示している。
「各自、防具とその他、古武術の武器を持ちなさい。それを持って外に出る」
本来は防具だけで良いのだが、相手が武器を持っていることを考慮してのことだ。つまり、素手だけでなく、武器の使い方という点でも圧倒的な差を見せ付け、戦闘意欲を削いでしまおうというわけだ。黒田たちに限らず、空手の場合、素手での突き・蹴りが主体と思っている人が多いが、投げや関節技もあるし、武器術もある。そこまで見せるということは、武器を手にしていることで戦いに有利、と考えているであろう黒田たちの考えまでも封じてしまう作戦なのだ。
もっとも、武術家が素手に加えて武器を用いるとなれば、素人が木刀やバットを振り回すこととは雲泥の差が出てくる。だから実際に使うつもりはないが、心理的に相手を負かすための方法として武器術を見せるのだ。
武器の選択は自由なため、それぞれ好きなものとなると個性が出る。松池は棒、龍田はトンファー、堀田は釵、高山はヌンチャクを選んだ。
棒は円柱状で長さは6尺、約1メートル80センチだ。使い方によっては遠い間合いでも対応できる。松池の場合、以前合気道を稽古していたため、他の3人が選んだ武器より、棒のほうがしっくりくるのだ。今回、黒田たちが持っているものから考えると、棒は大変効果的な武器となり、その武術的な使い方を見せることは、相手の戦意を削ぐ場合にも有効に働くと思われる。
トンファーは、アメリカでは警官も使っているくらい実用性に富む。木製でL字の形をしており、短いほうを掴んで回転させたり、突いたりする。両手で持つため、一方で受け、もう一方で反撃をする、といった使い方もできる。龍田は洋画を見た際、警官が使うトンファーを見て興味を持ち、伊達からはこの使い方を中心に教わっていた。自分が普段稽古してしっくりくるものが良い感じで使いこなせるので、こういう場合には有効に作用すると考えた。
釵は鉄製で、十手の鈎状の部分が両側に着いているといった形状だ。稽古用のものは先端が丸くなっているが、実戦用として研ぐこともでき、大変な殺傷能力を有する。ただ、今回のものは稽古用のためそこまでの能力はない。これも左右両方で持つため、トンファーと同じような使い方ができる。今回選んだ中では唯一の金属製のものだが、堀田はその輝きが気に入っている。銀色に光る釵を素早く振ると、なかなかその軌跡を捉えるのは難しい。実際の速さ以上に素早く見える。武器力の点でも相手を威圧するには好都合のものだ。
最後のヌンチャクは映画でもお馴染みのもので、2本の短棒が鎖でつないである。非常に自在な動きが可能で、その動きを見切るのは難しい。高山は昔から武術映画が好きで、今でもよくDVDを借りて見ている。ブルース・リーのファンでもあり、映画の中で使っているところを見て以来、ヌンチャクは憧れの武具なのだ。当然、高山としては武器術の中では一番使えるもので、一般人でも映画などを通じて知っている可能性が高い分、今回のように武の凄さを見せつけるには最適と考えていた。
ついでに伊達は、ブロックも準備させた。屋外で試割をするためだ。内弟子稽古の中には試割もあり、普段から稽古用にストックがあった。それを今回は屋外に持ち出し、行おうというわけだ。もちろん、目的は内弟子たちのパワーを見せつけることだ。喧嘩をするのではなく、このような演武を黒田たちに見せることで、未然に不要な争いを避けることを目的とする。内弟子4人は伊達の意を汲み、準備が整った。
黒田たちへのアピールが目的なので、外にいてもいなくても関係ない、といった感じで窓を開け、わざと外に聞こえるように大きな声で伊達が言った。
「今日は屋外で稽古する。準備はいいか。各自、稽古用のものを持っていつもの河川敷に行くぞ」
内弟子稽古の一環で、実際に時々近くの河川敷で道場稽古とは異なるメニューでやっていた。そこなら万が一の事態になっても、近所の人に迷惑をかけるようなことはない。そして実戦をイメージできる分、より強烈に実力差を黒田たち知らしめる効果があると考えたのだ。
黒田たちは道場の前にいるといっても、玄関のすぐそばいるわけではない。少し遠巻きにしている。だからそこに異形の者達がいても、全く意に介せず、いないものとして無視し、普段行なっている野外稽古の感じで全員、道場を出て行った。