黒田たちが明日のためにいろいろ話をしている頃、伊達たちは一般稽古の最中だった。通常は内弟子たちも全員参加するが、この日は北島たちを警戒し、伊達のアシスタントとして龍田を残し、松池、堀田、高山は道場の周りを見張っていた。もし黒田たちが一般稽古の時にやってくるようであれば、何も関係ない道場生に迷惑がかかる。それを避けたかったのだ。
もっとも、黒田たちを見かけても、すぐに何か行動を起こすという意図はない。各自定時連絡を行い、何か異常があればすぐに伊達に連絡することになっていた。
伊達にしても、実際にそういう事態になった時の対処は複数考えていた。武術家としては当然のことであり、そこには侵害の状況によっていくつかの段階がある。それをどのように発動するかは相手次第なので、まず出方を伺う、ということなのだ。
だが、黒田たちは偵察も含め、現れることはなかった。
2時間後、稽古が終わった。道場生たちはいつも通り帰っていった。その数分後、外回りをしていた松池、堀田、高山が戻ってきた。伊達に何も問題はなかったことを報告したが、昼間のことがあったので、龍田だけはその顔に、稽古中には見せなかった不安の色が現れている。
「今日は何もなく終わりましたが、明日以降どうでしょうね。何かあるでしょうか」
龍田が言った。北島の姿を見たことから、心配していることが現実になり、自分のために何の関係もない人たちに迷惑をかけることを気にしているのだ。もともと暴走族で暴れまわっていたため、喧嘩すること自体何のためらいもないのだが、今はそういうことの意味のなさを感じている。また、自分の拳が人を傷つけることの重大さも理解するようになっている。そして、実際に暴力行為を働けば、内弟子を辞めなければならない。龍田の不安とはそういうものであり、それが顔に現れていたのだ。
「十分その備えをしておくことだな。今日はこちらの稽古の様子をわざと見せておいたから、人数が多い時に何かやろうなんて考えないだろう。だから、一般生がいる時間に来ることはないはずだ。一般生はいろいろな人がいるので、内弟子との間には実力的にかなり違いがあるが、知らなければ同じように考えるだろうから、少ない時を狙ってくるはずだ。だから、北島とかいうのが道場を覗いていた時間くらいが要注意だと思う」
伊達は龍田の気持ちを十分理解した上で、特に一般生に迷惑がかかるようなことはないだろう、という見解を示した。
「分かりました。それで、やってきた時は戦ってもいいんですね」
高山と堀田が言った。一般稽古に参加せず、外回りをしていた分、龍田よりは戦う意識が強くなっていたのだ。
「2人とも、前にも言っただろう。喧嘩することだけが能じゃない。どうすれば具体的な戦いを回避できるか、ということも武道なんだ。それでも無理だった場合、自分の命を守るため、自分が愛する者のためだけに戦う。武としての力を使うのは、ギリギリの段階なんだ。そしてそういう状況であっても、その限度を考える。そういう心がけが必要だ」
あくまでも不要な戦いを避けることを強調する伊達だが、ここではじめて戦う場合の条件が提示された。これまで今一つ煮え切らない感じがしていた内弟子たちは、ここで示された条件を知り、胸の閊えが一気に下がった。
「さあ、今日は帰ってゆっくり休みなさい。もしかすると、明日は何かあるかもしれない。体力をきちんと温存しておくこと。それから龍田君、決して軽はずみな行動をするんじゃないぞ」
自分のせいでトラブルになったと思い込んでいる節がある龍田を抑えるため、伊達は一言釘を刺した。
「はい。このまま帰ります。ありがとうございました」
内弟子たちは道場を後にした。