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ガン 27

「ここから先の話は、内弟子としての学びの範疇になるので、教室に移動しよう」

 伊達はここからの話はきちんと聞いてもらいたいと思い、場を講義室に移すことにした。聞く側にしても、事務所で立ち話的なレベルで話すのではなく、学びとしての意識のほうが良いだろうという配慮だ。実際、伊達が話そうとしていることは、御岳のケースに絡んで、広義の「活」の意識をきちんと認識してもらうための具体例として有効だ。

 そのことは全員、何となく感じたようで、場を改めることで気持ちが変化し、事務所にいる時より顔が締まっている感じになった。

 全員着席したところで、伊達が話し始めた。

「みんな御岳君のお見舞いに行ったが、そのことに絡んで話をしたいと思う。一人一人感じたことを話してもらおう。では龍田君から」

「はい。まず、御岳さんが大変元気そうで嬉しかったです。早く良くなって、また一緒に内弟子として稽古したいと思いました」

 龍田は指名された時立ち上がり、姿勢を正して話した。龍田としては気合を入れて答えたつもりだ。実際、声も明瞭で、そこには御岳の復帰と今後の期待感が満ちていた。

「そう。まぁ、それで良いんだが他に何かないか?」

 龍田なりに一生懸命答えたことは伝わるが、そういう一般的な感想を期待していたわけではない。もう少し深い感想を期待していた伊達は、他に話を求めた。

「じゃあ、自分が…」

 松池が手を挙げた。

「ガンが分かって田舎に帰る時と、病気が快方に向かって退院が近くなっている時とは、ずいぶん雰囲気が変わりました。今回見舞いに行って思ったのですが、稽古している時の御岳さんとは異なる種類の力強さを感じました」

 松池が言った。今度は座ったまま発言したが、それは構わない。大切なのは話の内容であり、短いコメントではあったが、伊達が意図した方向の内容だったので問題はなかった。

 伊達は御岳の見舞いに行くことで、ガンという病気のイメージから出てくる怖さに打ち勝った姿を見てもらいたかったのだ。それが全員を見舞いに行かせた理由の一つだが、松池はそれを感じていたようだ。

 伊達は松池の言葉を捕捉し、説明した。

「そうだな。私も見舞いに行った時、同じように感じた。人は生きる、死ぬというようなことに直面し、それを克服した時は大きく変貌する。御岳君の場合、ガン自体は治る可能性が高いものではあったが、普通、不治の病といったイメージがあるだけに、病名を聞いた時の精神的なショックは大きい。精神力が弱い人の場合、それだけで一気に重病人のようになったり、中には検査の段階でショック死する人もいると聞く。それだけに今回、病気を克服したというのは、精神的に大きな成長をもたらしたことになる。そういう実例を、大変身近なところで経験できたことは、みんなが将来、癒しの道を歩いていく時に大きく役立つはずだ」

 伊達は全員の顔を見ながら話した。その時、堀田と目線が合った。それがきっかけになり、堀田が手を挙げた。伊達が指名し、堀田が話し始めた。

「先生、僕の場合、見舞いに行ったほうが心配をかけましたが、そういう自分を諭してくれたことを嬉しく思いました」

 堀田は反省の意味も込めて話した。この件に関しては事務所のほうでも話したことではあったが、ここでは再度話題になったので、そこから広げた話にすることにした。


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