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入門 7

 それから数日後、高山は伊達の前にいた。

 本の写真からイメージすると、大変恐そうな人と思っていた高山は、少々呆気に取られていた。伊達の顔には険しさはなく、むしろ穏やかな感じだったのだ。

 テーブルを挟んで、向かい合っている様子からは、とても武術の達人というふうには見えない。ごく普通の人なのだ。

「本当に伊達先生ですか?」

 高山の口から失礼とは思いながらも、つい確認のセリフが出た。

「そうです。本を読まれたのですか?」

 多少苦笑混じりに答えた伊達の声には、普通の人以上の柔らかい響きがあった。

「はい。自分は高山と言いまして、現在大学生です。空手部で来年主将を務めます。高校から空手をやっていますが、先生の本を読ませていただいてこれまでにない感銘を受け、お話しを伺いにきました。お忙しいところ、お時間をいただき、申し訳ありません」

 高山なりの謝意を表わした。表情から、目の前に伊達がいることに対する興奮が伝わってきた。言葉そのものは普通の挨拶なのだが、声の抑揚は明らかに興奮している様子が現れており、高山自身も声が引っかかっている様子が分かっていた。

「若いのにきちんと挨拶ができますね。で、どういうことをお聞きになりたいのですか?」

 ちょっと間を取り、静かに伊達が尋ねた。

 だが、そう切り出されても、話したいこと、聞きたいことがたくさんある高山にとって、すぐに言葉が出なかった。事前に話す内容を整理していたつもりだったが、いざ伊達の目の前に立つと、頭の中が混乱していたのだ。

 順序を忘れ、最初から核心部分を尋ねた。

「本に書かれている活殺自在というのは、具体的にはどういうことですか?」

 せっかく伊達が間を取り、落ち着かせようとしたことも効果なく、高山は興奮気味に質問した。訪問の目的をストレートに尋ねたのだ。

 また伊達は苦笑しながら答えた。

「いきなり本題ですか。いいでしょう。では、立ってください」

 そう言って伊達は応接用のスペースの、ちょっと広いところに高山を誘導した。

 2人は互いに向き合った状態で立っていた。座っている時と違い、高山には伊達が大きく見えた。実際は高山のほうが身長が高いのに、自分のほうが小さく見えるのだ。

「高山君、例えば私が君のこの付近を突いてきたら、どう受けますか?」

 伊達は高山の下腹部に近いところに拳を出した。下段を突いてきたらどうするか、という問いだった。

 ゆっくりした動作ではあったが、伊達の突きには何か得体のしれない無気味さのようなものがあり、高山は腰が引けるような感じになった。その感触は、これまで感じたことのないものだった。

「いくつか方法があるとは思いますが、普通は下段払いだと思います」

「そうですね。ではその時、どこを狙って払いますか?」

「えっ?」

 高山は言葉に詰まった。これまでそういうことはまったく考えていなかったのだ。ただ腕を払い落とせば良い、せいぜい力加減に注意する、といった程度の認識だった。実際、師範からは具体的な注意点などは聞いていなかった。

 同時に、何かコツがあるのか、だったらそれは何か、といったことに興味は集中した。

「すみません。今までそういうことを考えずに練習していました。よかったら、教えていただけますか?」

「いいでしょう。上段を突いてきてください。先ほどは下段突きを例に出しましたが、私が下段払いをやるとあなたの腕に大きなダメージが残るかもしれません。狙うポイントを、上段突きで説明しましょう」

 高山は伊達の返事に驚いた。初対面の人間に技を教えてくれるということを予想していなかったのだ。同時に、どういう技なのか、興味を覚えた。

 伊達が言うとおり、高山は右拳で上段順突きを放った。遠間から素早く踏み込む突きは、高山の得意パターンの一つだ。元気盛りの高山の突きは確かに鋭かった。

 しかし、藤堂はさりげなく左足を後方に引き、身をかわした。そして高山の腕の内側に位置を取った。その刹那、藤堂は右手で高山の手首を軽く叩いた。

 この時の伊達の手は手刀や拳といったものではなく、人差指と中指を揃えたものであった。だが、その衝撃は相当なもので、高山は激痛を覚え、腕を押さえ、上げることができなくなっていた。見た目と破壊力がまったく違うのだ。

「先生、今のは何ですか?」

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