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入門 6

 最近、稽古に何か物足りなさを感じていた高山は、一人でいろいろ考えていた。自分が求めている空手とはこういうものだろうか、自分より強い相手というのはいるのか、など自問自答することが続いた。

 そんな時、高山はある本屋に立ち寄った。読みたい本があるのではない。しかし、何か誘われるような感じで入っていった。

 特別探しているものがあるわけではないので、何気なく運動関係のコーナーを覗いてみた。空手関係の本でも見ようか、といった軽い感じである。これまでいろいろな本を見たが、どれも興味が湧かず、ほんの時間潰し程度の感覚だった。

 だが、今回は違った。

 偶然ではあったが、伊達の著書が高山の目に飛び込んだのだ。よくある技術解説書、あるいは武勇伝的な本には興味を示さなかったが、たまたま目にした活殺自在をテーマにした伊達の本は、高山の心を捕えて離さなかった。

 すぐに本を手にし、食い入るように読んだ。内容はたしかに難しい。しかし、高山の心を引き付けるのに十分な情報が、これでもかというレベルで書かれていた。

「俺が求める空手はこれだ!」

 思わず高山は口にした。

 すぐさまレジに行き、本を購入した。そして、その足で叔父のところに向かった。

 高山の叔父は整体をやっており、以前から身体を診てもらっていたので、多少の興味は持っていた。しかし興味がある程度で、それ以上のものではなかった。ところが、伊達の本によって空手と整体が一気に結びついてしまったのだ。そしてそれは、自分の中でモヤモヤしていた部分を払拭するのに十分な内容を持っていた。



「叔父さん。ちょっとこの本、見てもらいたいんだけど」

「何だい、藪から棒に」

 突然の訪問と、いきなり本を出された叔父は驚いた。高山の様子がいつもと違い、大変興奮しているのだ。

「この本を読んで、意見を聞かせて」

 叔父に伊達の本を見せ、感想を聞こうとした。

 しかし、残念ながら伊達の整体は武道をベースにしたもので、表面的に見える技術には似たようにものもあるが、本に記されている内容から叔父がやっている整体とは異なったものだった。

「誠、この先生の整体は難しいよ。本を読めば分かるけれど、武道がベースになっているじゃないか。俺がやっている整体には、武道の要素がないからね。だから、ここに書いてあることは、俺にも理解できないところがある」

 武道の関節技と骨格の調整法の解説だったが、高山の叔父が行なっている整体とは方法や基本的な理論が異なったのだ。

 高山には、整体だから同じようなものだろうくらいの認識しかなかったため、叔父のこの言葉にびっくりした。同時に伊達の技術にますます興味が湧いてきた。



 次に向かったのは空手部の師範のところだ。

「師範、さっき本屋さんで見つけた本ですが、感想を聞かせてください」

 その師範は何ページか目を通し、高山に言った。

「伊達先生のことを空手雑誌などで知っているが、流派が違うし、自分たちにはこのような技術はないよ。だから感想と言われても、内容についてコメントできない。でも、自分にもとても勉強になりそうだ」

 返ってくる答えは、とても高山を満足させるものではなかった。

 実際、高山が所属する流派には活法に類するものは伝授されておらず、師範自身も競技空手の出身なので、伊達の本にあるような考えや技術は知らないし、理解できない部分があったのだ。

「師範、ここに書いてあるのはどういうことですか?」

 高山は具体的なページを指し、説明を求めた。

 そこは急所に関するところだったが、師範の説明では神経が関係するのかな、くらいの曖昧な回答だった。それくらいのことなら自分でも分かると思った高山は、武道のほうからも満足のいく答えを得ることができなかった。

 これまでの指導では、試合での勝ち方は聞いていたが、どちらが先にポイントを取るかということがメインで、どうしたら勝負に勝てるか、といったことではない。

 もちろん、ここで言う勝負とは実戦を想定したもので、大会等でいう勝ち負けとは異なる。高山は普段の稽古に中で、この点が払拭されないところに不満を感じていた。だからこそ伊達の本に大変興味を示し、そに関係することを一番近い師である師範に尋ねたが、返ってきた答えは満足を得るものではなかったのだ。

 高山はここで決心した。

 伊達に会いに行こう。自分の思っていることを尋ねてみよう。そして、自分もそういうことを学べるものかを確認したい。

 一気にいろいろな考えが頭をよぎり、気持ちはすっかり伊達のもとへ飛んでいた。

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