高山は伊達の鋭い眼光に負けないよう心を強くし、しっかり答えた。
「覚悟しています。自分は贅沢したいとか遊びたいとかは思っていません。空手と整体を勉強し、活殺自在ということを身に付けたいのです。だから、付き合っていた彼女とも別れました」
もう一つ高山の本気の度合いが分からなかった伊達は、この言葉を聞いて納得した。そこで、内弟子として学ぶ時の現実の話をすることにした。
甘い考えでは通用しない現実を知ることで、再考を促すためだ。入門する時は威勢がよくても、それが現実となり、毎日続くことでその環境から逃げ出すケースが過去にあったのだ。
「では、内弟子として学ぶ時の話をしよう。まず学ぶにあたって学費に相当するものはいらない」
「えっ? 月謝はいらないんですか?」
高山にすれば内弟子なので、伊達の手伝いをすることは当たり前と思っていたが、学ぶにあたって一切費用がかからないといったことには驚いた。
「その代わりに、私の仕事の助手的なことをしてもらう。ただし、それには一切給料は支給されない。学費との相殺と考えてもらえば良い。そして、内弟子として聞いたこと、学んだことは内弟子の期間中はもちろん、終了してからも他言してはならない。こういうことは守れるか?」
「はい!」
高山は力強く答えた。
「もう一つあるが、自分の生活費は自分で稼げ、ということだ。内弟子は就職ではない。だから自分が食べる分は、内弟子として空手や整体を学ぶ時間以外にアルバイトをしてまかなうこと。つまり、普通の人の倍の時間が必要なんだよ。それが内弟子として続けていくのに難しい点なんだ。どうだ? できそうか?」
ただ実際には、伊達の手伝いとして行なうことがそのまま自分の収入になることがある。
例えば空手で自分が担当するクラスの月謝であったり、施術の助手として行なう場合だ。修業を積み、人前に出てもそれなりにできると認められれば、伊達の作る場の中でも自分の力によって収入を得る術はあるのだ。
伊達が言った言葉は、就職や給料といった意識を持って修業することで、内弟子との関係を隷属的・従属的な関係にしたくないためであり、修業に甘えが出ないようするためだったのだ。
高山にはそこまで読めないが、今さらできないなんて言えるものではない。高山ははっきり返事した。
「はい、がんばります」
現実を聞かされて多少戸惑った部分はあるが、高山も就職といった気分で来たわけではない。具体的な話を聞いたことで、むしろ頑張ろうという気持ちにプラスに働いた。
「おいおい、まだ正式に認めたわけじゃない。もう一度、考えるチャンスをあげるので、今話したことをご両親にもきちんと話し、了解をもらいなさい。成人したといっても、親からみればいつまでも子供は子供なんだから、しっかり報告しなさい。その上でOKが出て、自分の気持ちにもゆらぎが無いことがはっきりした時にもう一度連絡しなさい」
伊達のこの言葉に、また返事を保留された、という気持ちは少しあったが、逆にここまで考えてくれる伊達の気持ちもよく分かった。
話が一段落したのはちょうど昼時だった。
「固い話はこれくらいにして、お昼でも食べに行こうか」
伊達の言葉に高山は従った。
一週間後、高山から伊達に再び電話があった。
「先生、両親にもきちんと話し、理解してもらいました。自分の気持ちも全然変わっていません。というより、むしろ前以上にやる気が出ています。よろしくお願いします」
その声は今まで一番清々しかった。最初は実質的に断られたことが、高山自身の情熱でひっくり返り、何よりもやりたいことがやれるようになったことが嬉しかったのだ。
「では、今お世話になっている会社や同僚の皆さんにも迷惑をかけることをきちんと詫び、きれいにして上京しなさい。具体的な日取りが決まったら、連絡するように」
伊達はそう言って受話器を置いた。