「お久しぶりです。いつぞやは大変失礼しました」
高山は大変緊張した口調で伊達に挨拶をした。
実は高山と伊達は、3年前に一度会っていた。伊達の著書を読み、その考え方に共感した高山は、どうしても一度会いたいという強い気持ちが湧き、押しかけたのだ。
「しばらく。どうしていた?」
伊達が答えた。しかし、それは普通の知り合い同士の話の流れと同質のものであり、何か特別な間柄という雰囲気はなかった。
それも当たり前で、以前会った際、高山から入門したいという話をしたにも関わらず、それっきりになっていたのだ。そのうしろめたさがあったため、高山の表情は硬く、会話の中に緊張が漂っていた。
当然、話は要領を得ず、当たり障りのない話が続いた。
「はい、大学を卒業し、今は地元の会社に就職し、空手も近くの道場に通っています。でも、仕事の関係で『練習』できない日が多いです」
「そう。空手が好きだったようだけど、それではフラストレーションが溜まるでしょう」
「ええ、やはり学生時代と違って時間に余裕がありませんから…」
同じようなやりとりが続いた後、わざわざ上京してきたのには何か話したいことがあるのではと察した伊達は、本心を聞き出すことにした。
「で、今回会いに来たのはどういう理由?」
高山の目を見て、静かに尋ねた。
以前尋ねた時、話をそのままにし、きちんとした挨拶もできなかったという負い目のある高山は、伊達の目を真正面から見ることはできなかった。下を向いてたり、目線が泳いだりと、落ち着かない様子だ。よく見ると、手が小刻みに震えている。
言いたい。でも、言えない。そんな心の内が伊達には手に取るように分かった。
「高山君。以前、私のところに尋ねてきたことに関係あるんだね?」
伊達から促され、高山はしゃべり始めた。
「はい、あの時は申し訳ありませんでした。自分のほうから先生のところに押しかけ、卒業したら内弟子に入りたいなんて話したにも関わらず、その後何のご連絡も差し上げず、一方的に約束を破ったみたいで…」
「そのことか。まぁ、君たちくらいの年代の人だと、まだご両親の意見もあるしね。高山君だけでなく、他にもそんな人は何人もいたから、別に気にしなくてもいいよ。何も空手だけが全てじゃないからね。あっ、いやいや。これは空手を生涯に渡って極めると考えている私のセリフじゃないね。一般論として聞いてくれ」
「ありがとうございます。何か心の重荷が取れたような感じです」
伊達の一言で、高山の心の重さがほんの少しだが、軽くなったような気がした。
しかし、本当に言わなければならないのは、そんなことではない。高山は気持ちが軽くなった勢いで、来訪した目的を告げた。
「…今回また先生のところに伺ったのは、もう一度内弟子入門をお願いしにきたんです」
真剣な目で伊達に言った。その眼差しは、それまでの視線とは明らかに異なり、自分の気持ちを精一杯伝えようとするものだった。
伊達の目が光った。