十年前……。
あの大きな木の下で、いつも俺達は会ってた。
どこまでも続く青空、雲は一つもない。
風が吹くと、ざあっっと大きく草木が揺れる。広い原っぱには緑の絨毯が広がっていた。
その中央に一本の大きな木があって、その存在を証明するかのようにそびえ立っていた。
木にもたれかかりながら、大地は大きく伸びをする。
新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込み、息を吐いた。
暖かな日差しが体に降り注ぎ、体がポカポカと暖まっていくのを感じる。
「……気持ちいい」
原っぱの上で、大の字に寝そべる大地。
その瞳には、可愛らしい少女が一生懸命花を摘んでいる姿が映っていた。
花を摘み終わったあゆが、嬉しそうな笑みを向け大地に近づいてきた。
「はい、あげる」
あゆの手には、原っぱで摘んだ色とりどりの花が握られていた。
それを大地の方へ差し出す。
「なんだよ、こんなのいらねえよ」
大地は格好つけてそっぽ向く。
すると、あゆが今にも泣きだしそうな表情になり、慌てて大地は花をあゆから奪った。
「しょうがねえから貰ってやる」
あゆの顔がぱあっと明るくなり、「ありがとう」と可愛く微笑んだ。
大地はドギマギして照れ隠しに俯いてしまった。
俺はいつもおまえに振り回されてばかりだった。
その表情、仕草、一つ一つが俺を
二人でいると楽しくて、とても穏やかで……。
いつまでもこんな時が続けばいいと思ってた。
そんなある日のこと。
俺は喧嘩していて、偶然あゆと出くわしてしまった。
本当にたまたまだったんだ。
いつも、あの原っぱでしかあゆとは会ったことなかったのに。
俺が大勢相手にやりあっていたから、俺を守りたいって思ったのか……あゆは小さな体を精一杯大きく伸ばして俺の前に立った。
いつもは弱気で臆病なあゆが、その時ばかりは年上の男子たちの前に立ちはだかった。
あゆの手足は震えていた。
本当はすごく怖かったんだと思う。
「なんだ、こいつ、どけよ」
相手のガキ大将がおまえに触れた。その瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。
気づいたときには、その場にいた奴ら全員地面に倒れてた。
泣いて俺に抱きつくおまえを見て、俺は誓ったんだ。
こいつを一生守るって。
あゆも昔の男の子のことは覚えていた。
悲しくて寂しくてどうしようもない時、傍にいてくれた思い出の男の子。
あの子が目の前の大川大地……全然気づかなかった。
あゆは大きな目で大地を見つめる。
「やっぱ気づいてなかったよな? ……俺、だいぶ前から気づいてたんだぜ」
「え! そうなの? なんで声かけてくれなかったの?」
「そりゃ、やっぱ、自分で思い出してほしいし……こんな俺と仲良くしてたら周りからどう見られるか、とか色々考えてだな」
大地は俯き加減で頭を掻きながら、ぼそぼそと話す。
あゆは嬉しかった。
大地が居なくなってから、ずっと寂しかったから。
思い出の男の子とは、もう二度と会えないと思っていた。
それなのに……ずっと会いたかった人が目の前にいる。
「会いたかった、ずっと」
あゆは大地の傍へ行き、両手で彼の服をぎゅっと掴んだ。
小さな手で一生懸命に握るあゆの姿に、要の胸は締め付けられる。
「寂しかったんだからね、急に置いてかれて。一人で……ずっと待ってた」
あゆは涙が溜まった大きな瞳で大地を見つめる。
すると、大地の心臓が大きな音を奏で始めた。
「ごめん、ごめんな。もう離れない、絶対置いてかない、傍にいる」
大地はあゆをたどたどしく、そっと抱きしめる。
それは壊れ物に触れるような、大切な宝物を抱きしめるようなしぐさだった。
「こんな小さな体で、一人戦ってたんだな。もう大丈夫、俺がいる」
あゆは大地の胸で小さく頷いた。
「ふん、つまらないな……」
先ほどから屋上の入口付近で二人を観察していた京夜は、不機嫌そうにつぶやいた。
「あいつは俺のおもちゃなのに……変な男が周りウロチョロされたんじゃ迷惑だ」
京夜は大地を睨む。
「さて、どうするかな」
手に持ったリンゴを放り投げ、キャッチする手前でリンゴは消滅した。
京夜は楽しそうに笑った。
「こんなところで何をしているんですか?」
気づけば、京夜の後ろには須藤が立っていた。
こいつ! 何も気配を感じなかった!
警戒しながら、京夜はいつも通り優等生の笑顔を須藤に見せる。
「……いえ、屋上で新鮮な空気を吸おうと思って来てみたら、先客がいたので戻ろうと思っていたところです」
笑顔のまま軽くお辞儀した京夜は、階段を下りていく。
あいつ、前から読めない奴だと思っていたが、要注意だな……。
京夜は横目で須藤を睨んだ。
京夜が去っていくと、須藤は短いため息をつく。
「うちのクラスは癖のある人が多いですね」
「先ほどの者は魔族ですか?」
須藤の足元にはいつの間にかチワの姿があった。
「そうですね、かなりの実力者だと思います。
木立さんのことを気に入ってずっと観察しているようですが、今後どう行動するか私も観察中です」
「そうですか。……あの、今回のことであゆには何もお
チワは心配そうに須藤を見上げる。
あゆの正体がバレてしまったことは、今回が初めてだ。天界がどのような行動をするのか予測がつかない。
不安だった。これ以上、あゆが傷つくことになってしまうことをチワは恐れていた。
そんなチワの心境を察してか、須藤は優しく微笑む。
「大丈夫。大川君が黙ってさえいれば、それでいいとのことです。
これも普段から木立さんが頑張っているから天界も容認したのでしょう」
その言葉を聞いたチワはほっと胸を撫で下ろし、遠くにいるあゆを見つめた。
あゆにもやっと理解し、支えてくれる人が現れた。
誰よりも人を求めているのに、孤独を望み、人を拒絶するあゆのことがずっと心配だった。
人より繊細だからこそ、優しくて傷つきやすい。
そんな彼女と過ごす中で、チワは彼女のことが愛おしく感じるようになっていた。
誰よりも幸せになって欲しいと願う。
どうか、あの子の笑顔を守ってくれ。
頼むぞ、大川大地。
チワは優しい眼差しで二人を見つめていた。