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第10話 向かい合う二人

 大地は悩んでいた。


 昨夜のこと……。


 あゆがなぜ美咲と剣を交えていたのか。

 美咲の変化、須藤の能力、あゆと須藤の関係、そして……あゆのこと。

 色々わからないことだらけで、大地の脳みそはパンクしそうだった。


「あーっ、わっかんねえ!」


 大地が頭を抱えたそのとき、


「おはよう、大地」


 美咲が元気に声をかけてきた。

 ニコニコと微笑む彼女は今までと何も変わらない。


 昨日のことなど、まるで無かったかのような振る舞いに、大地は戸惑う。


「じゃあ、私先行くね」


 大地の肩を軽く叩くと美咲は走り去っていく。


 なんだか、微妙に距離を感じる。

 言葉では説明できない、心の距離。

 いつも当たり前にそこにあったモノが急に無くなったような、そんな物悲しさ。


 美咲の背中を見つめながら、複雑な心境にられる大地だった。






 美咲は決めていた。


 もっと人間として成長したら改めて大地に告白する。

 今までの私では振り向いてもらえなかったのはしょうがない。

 自分が思っているほど、いい女じゃなかった。


 だから、大地に相応しい女性になる。

 それが今の私の目標だ。


 なんだか嬉しくて、胸が弾む。


 前よりもきっと大地に近づいていける、そんな気がするのだ。


 待ってて大地!


 美咲は弾けるような笑顔でジャンプする。


 「やるぞー」と気合を入れた。






 あゆの足取りは重かった。

 廊下を歩くその速度は、通り過ぎて行く他の生徒より激しく遅かった。


 生徒が横切る廊下の隅で、壁にもたれたあゆは小さくため息をつく。

 ぼーっとするその頭で思考をめぐらした。


 美咲に刺されたあと、どうなったのかまったく記憶にない。


 あの時、確かに剣は私の腹部を貫いた。

 いつもより重症のはずだった。

 なのに、気が付いた時には思ったより軽傷で済んでいて、傷は残ったものの、痛みは軽い。


 いったいどうなっているのだろう、あれほどの傷なら死んでいてもおかしくはなかった。

 チワに聞いてもはぐらかされるし。肝心なことは教えてくれない。


 私のことはチワが助けてくれたらしいが……大地のことは一体どうなっているのだろう。


 一応口留めはしたらしいが、私の正体は大地にバレているだろう。

 さすがにあれだけ間近で見たら、わかるよね。


 手当してくれたみたいだし、私のことを嫌ってはいないのだろうけど。


 どんな顔して会えばいいんだ……。

 せっかくこの前、普通に話せる相手になれるかもって思ったのに。


 あゆは落ち込んだように、深いため息を吐く。

 ふと視線を上げた先に、その渦中かちゅうの人物がこちらへ向かって歩いてくるのが確認できた。


 な、なぜ今、ここに?


 あゆと大地の目が合った。

 二人とも同時に目を逸らしてしまう。


 お互いの間に気まずい空気が流れていく。


 大地はあゆの側へ近寄ると声をかけた。


「あ、あのさ」

「は、はい」


 二人は沈黙する。

 気まずい空気がまた二人を包み込んでいく。


 この気まずさに耐えきれない大地は、意を決して言葉を発した。


「話したいことがある、屋上行こう」






 空は青く快晴だった。

 青の背景に、白い雲が模様のように散らばっており綺麗な一枚の絵のようだ。

 暖かく気持ちのいい太陽の光が屋上を照らし、アスファルトに熱を与えている。

 さりげなく小鳥たちのさえずりが聞こえ、なんとも穏やかな空気をまとっていた。


 あゆは気持ちが良くて、大きく息を吸い込み目をつむる。澄んだ空気が体の中を巡り爽やかな気持ちになる。


 そんなあゆの様子を優しい眼差しで見守っていた大地が口を開く。


「これを聞いていいいのか、すごく悩んだんだけど……どうしてもおまえのこと気になってしかたないし、知りたいから聞くな」


 大地は真剣な眼差しをあゆに向けた。

 あゆも覚悟を決め、見つめ返す。


「昨日の夜、美咲と戦ってたのって、木立だよな?」


 そのことを認めてほしいのか否定してほしいのか、複雑な心境があるのだろうか。

 大地の瞳が揺れていた。


 あんな惨状を目撃されているのだ、言い訳はもうできない。

 あゆは大地から視線を逸らさず、ゆっくりと頷いた。


「なんで美咲と戦ってたんだ? 

 美咲もおかしかったし、おまえもいつもの様子と違ってた。

 いったい何がどうなってる?」


 大地はまくし立てるように問いかける。

 あり得ないことばかりが起きているのだ。聞きたいことは山ほどあるだろう。


 あゆが口を開こうとすると、


「私が話そう」


 その声と共にチワが二人の前に姿を現した。


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