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第5話 ほしかったモノ

 夜になると、賑やかだった通りも静けさを増し闇に包まれる。

 等間隔に並ぶ外套がいとうが道を照し、歩くのに差し支えない程度に明るかった。


 目的の場所へと続く暗い道、そこを一人の少女が歩いていく。


 ゆりあは果たし状に記されていた公園へと向かっていた。


 近所で一番広い公園で、昼間は人も居て穏やかな印象だったが、夜は少し不気味な雰囲気を醸し出している。


 あの手紙はいったい誰が差し出したのだろう。悪魔の契約のことまで書かれていた。

 公園に到着したゆりあは、警戒しながら辺りを見回す。


「木崎ゆりあ」


 ふいに声をかけられ、ゆりあは振り返る。


 そこにいたのは、小柄な少女だった。


 ゆりあと同じくらいの歳だろうか、いや、それより年下に見える。

 黒く長い髪が夜の闇に溶け込み、月夜に照らされた部分だけが綺麗な光を放っている。


「あなたが手紙を?」


 ゆりあはいぶかしげにあゆを見つめる。


 暗がりでどんな表情をしているのかわからない。

 ただ、小さい体から発せられているオーラはとても強く、ゆりあを少しだけ怖気づかせる。


「おまえ、悪魔と契約しただろ」


 その可憐な容姿からは想像つかない口調に、ゆりあは驚いた。


「ずいぶん口が悪いのね。……ええ、契約したわ」


 やはりこいつ、悪魔のこと知ってる?

 でも、いったいどうするつもりなの?


 突然、あゆの手に白く光る剣が現れた。


 辺りは一瞬真っ白な世界となる。

 その剣から発せられる光が異様に眩しく、ゆりあは目を細めた。


「では、おまえを殺す」


 あゆは静かにそう言うと、地面を蹴った。


 すると、ゆりあの手にも黒い剣が出現した。

 その剣は漆黒の刃でできており、黒い煙のようなものが剣の回りを覆っている。


 あゆが振り抜いた剣をゆりあが咄嗟に受け止めた。

 金属が重なる音が辺りに響く。


「っあんた、一体なんなの?」


 ゆりあは自分の力が増幅していることに驚く。


 今まで剣道などを習ったことはないし、剣を振るったこともない。

 こうやって戦えていることが不思議だった。悪魔と契約したからなのだろうか。


 目の前の少女も強かったが、ゆりあも負けていなかった。

 激しく振り下ろされてくる剣、それを必死に受け流していく。


 戦っていく中で実感する。

 少女の動きは素人のものではない。そうとう死線をくぐり抜けてきたのだろうか、卓越たくえつした技に翻弄ほんろうされてしまう。


 ゆりあは何故このような事態になっているのかわからなかったが、この戦いに負けてはいけないことだけは感覚的にわかった。


 やってやろうじゃない。


 二つの影は目に見えないほどの速さで動いていく。

 剣が重なるときの音だけが、暗闇の中に響き渡っていた。





 その頃、公園の片隅で、もう一つの影が動いた。


「いいねえ、この音」


 二人の動きを目で追う人物、あゆのクラスメートの京夜が微笑んだ。


「人間は面白いね」


 京夜は楽しそうに笑った。


「人の純粋な心は美しい、魔族にとっては最大のエネルギーだ。人間はその貴重さに気づかず簡単に手放してくれるから、楽でいい」


 ゆりあに視線を送ったあと、あゆへと移す。


「君は特に面白い。他の誰にもないものを感じる……いつも楽しませてくれるよ」


 そう言うと、手に持っていたリンゴを一口かじった。


「さて、今回も楽しませてくれよ」


 そうつぶやくと、京夜はあゆたちの戦闘を見つめた。





 二人はお互いを睨み合っていた。


「やるじゃない……でもそろそろ限界なんじゃないかしら」


 ゆりあは余裕を見せようと虚勢を張るが、苦しそうに肩で息をしている。


「余裕っ」


 あゆも発言は強気だったが、かなり体力を消耗していた。

 もうそろそろ決めないと……長期戦になれば体力に自信のない私には不利な戦いになる。


「いくぞっ」


 あゆが勢いよくゆりあに向かって走り出す。


 そのとき、野良猫があゆの視界に入った。


 こちらに歩いてくる。このままいけば戦闘に巻き込まれる。

 そう判断したあゆは軌道を修正するため体制が崩れた。


 その隙をゆりあは見逃さなかった。


「甘いっ!」


 ゆりあがあゆの脇腹目掛けて剣を振り抜いた。

 あゆは避け切れなかった。


「ちっ……」


 ゆりあから距離を取ったあゆは顔をしかめる。

 脇腹には剣で裂かれた傷跡がしっかりと刻まれる。そこから血が滴り落ちていた。


 まずい、かなりのダメージを負ってしまった。早く決着をつけないと。

 あゆは強い眼差しをゆりあに向ける。


 深手を負い、血を流しながらもまだあきらめないあゆに対して、ゆりあが問いかける。


「もうあきらめなさいよ。……なんなの、どうしてそこまでするのよ!」


 ゆりあには理解できなかった。

 こんなことしていったい何になる?

 ボロボロになりながら、血を流し、なおあきらめないその理由わけはいったい……。


 あゆは苦しそうに顔を歪め、息を吐き出す。


「おまえを、助けたいんだっ」


 意外な発言にゆりあは眉を寄せる。


「は? 何言ってんの? 別に助けてなんて頼んでないし。

 あー、あんたあれ? 悪魔と契約した私を助けにきた正義のヒーローにでもなったつもり?

 余計なお世話よ、馬鹿じゃない?」


 ゆりあは可笑しそうにクスクスと笑う。


「悪魔と契約して、後悔してるんじゃないか?」


 あゆの言葉に、ゆりあの心臓がドクンと音を立てた。


「後悔なんてするわけないじゃない! 私がずっと欲しかったモノが手に入ったんだもの。私は満足してるわ! 今幸せよ!」


 必死に叫ぶゆりあ、その姿は必死に動揺を隠しているように見えた。


 あゆは静かに問いかける。


「欲しかったモノは手に入ったのか?

 おまえはそんな外見が本当に手に入れたかったのか?

 おまえが本当に手に入れたかったのは……」


 そのとき、あゆの背後に黒い影が現れた。


「なにっ」


 あゆが振り向く前に背中に攻撃を食らう。

 あゆは血を吐いて倒れかけたが、なんとか踏ん張り、次に備えて身構えた。


「まあ、頑丈だこと。さすが、私たちに歯向かうだけのことはある」


 そこには、美しい女性の姿をした悪魔が不敵な笑みを浮かべ、あゆを見下ろしていた。

 とても美しく妖艶な女性、青白い程の白さ、艶やかな肌、目、口。異様な色気を放つその悪魔は嬉しそうにニヤッと笑った。


 あゆはすぐに悪魔だとわかった。

 その者が持つ気がその証拠だ。明らかに人間とは違う妖気を放っている。


「くそっ、魔族のご登場かよ、面倒だな」


 口に溜まった血を吐き捨てるとあゆは悪魔を睨む。


「やめてくれる? せっかく取り込んだ人間を誘惑するの。……目障りなのよ」


 そう言うと、いくつもの鋭いとげが悪魔から放たれた。


 あゆはそれを剣で弾き返していく。

 弾ききれなかった棘があゆを傷つけていく。


「くそっ!」


 あゆは顔を歪める。

 もう立っているのもやっとの状態だった。


 体は傷だらけ、お腹には深い傷がある。だいぶ出血もしていて、クラクラしてきた。


 その姿を見ていられなくて、ゆりあが叫ぶ。


「もうやめなよ! 私のことは放っておけばいいだろっ」


 悲しげな表情で見つめるゆりあに向かって、あゆは優しく微笑みかける。


「ゆりあ……おまえ、もうわかってるんだろ? 

 本当は何が欲しかったか。

 取り戻したいだろ、本当の自分を、ありのままのおまえを!」


 あゆは最後の力を振り絞り、ゆりあのもとへ走り出す。


「しまったっ」


 油断していた悪魔があゆを止めようと追いかける。

 しかし、あゆの速度は増していき、一瞬でゆりあの目の前に辿り着いた。


「ゆりあ、おまえはそのままで綺麗だ」


 あゆが微笑みかける。

 その言葉は不思議とゆりあの心に入り込んでくる。


 あたたかい……。


 心の鎖が外れる音が聞こえる。


 なんだ、本当はこんなに軽かったんだ。

 今までどんだけ重いもの背負ってたんだろ、私。


 そうだ、そうだね。私どこで間違っちゃったのかな……。

 答えはこんなにも簡単なことだったのに。


 一瞬、ゆりあの口の端が上がった。


 あゆはその手に持つ白い剣でゆりあの心臓を貫いた。


 白い光に包まれたゆりあは、光とともにその場から姿を消していく。


 それと同時に、悪魔は奇声を上げ灰となり散っていった。


「終わった……」


 あゆがその場に崩れ落ちる。

 もう限界だった。


 あゆに駆け寄ってきたチワが重症のあゆを見て取り乱す。


「あゆ! しっかりしろ!」


 オロオロとあゆの周りをチョロチョロ走り回るチワ。


「私がお手伝いしましょうか」


 突然暗闇から声が聞こえた。


 チワが警戒し、辺りの気配を探る。

 声の主が暗闇から姿を現す。


 チワの大きな目がさらに大きく開き、その人物を凝視する。


「あなたは……」


 チワの視線の先にいたのは、あゆの担任の須藤だった。





 遠くからその様子を眺めていた京夜は、ちょうどリンゴを食べ終えたところだった。


「ふん、あの魔族そうとうカスだな、使えない。

 ……にしてもあの男、誰だ?」


 暗くて顔がよく見えない。

 現れたとき気配がなかった……。人間じゃない、魔族か、それとも。

 どちらにしても、ただ者じゃない。


 男はあゆを介抱しているようだった。

 まあ、あゆが死んでは楽しみがなくなるので都合がいい。


 男の存在は気になるが、長居してこちらに気づかれるのも厄介だ。


「……また楽しませてくれよ、あゆ」


 京夜はニヤッと笑うと、暗闇の中へ消えていった。


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