目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
第3話 新学年

 高校二年生、今日からまた新しいクラス。


 あゆは少しの期待を胸に教室に一歩踏み出した。


 その瞬間、何かに蹴躓つまづいて転んでしまう。一瞬混乱したがすぐに理解した。

 誰かが足をひっかけ転ばしたのだ。

 すぐ後ろで女子の小さな笑い声が聞こえてくる。


 クラスが変わればいじめも減るかと期待するが、それは大きな間違い。毎年期待を裏切られていることを忘れ、また期待してしまう自分に嫌気がさす。


 こんなこと慣れている、大丈夫。

 自分を奮いたたせ、立ち上がろうとする。


 そのときあゆの肩を誰かが叩いた。


「おはよう、木立さん。また同じクラスだね、よろしく」


 声をかけてきたのは、上杉うえすぎ京夜きょうや


 彼とは一年のとき一緒のクラスで、なぜか話す機会が多かった。

 学年トップをキープするほど頭がよく、ルックスもいいので女子に人気があった。

 彼は人から好かれるすべを心得ているようで、先生からの信頼も厚く、なぜか男子からも好感を得ている。

 あゆとは違い世渡り上手だ。


 しかしそんな彼が、なぜかあゆにはよく絡んでくる。

 そして他の人に対する態度とあゆに対する態度はあからさまに違っているのだ。


「あ、顔にご飯粒がついてますよ」

「えっ!」


 あゆは慌てて鏡を鞄から出そうとする。その拍子ひょうしに鞄の中身が床に散乱した。

 急いで拾い集めると鏡を探し出し、それに映った自分を凝視する。

 どこにもご飯粒なんてついていない。


「上杉君、どこについてるの?」


 不思議そうな表情であゆが京夜を見つめると、彼は下を向き必死に笑いを押し殺していた。

 その様子を見てやっとからかわれていたことにあゆは気づく。


「……またからかったの!」


 真っ赤になったあゆが頬を膨らませる。

 笑い終えた京夜は満足そうに頷き、他の人には見せないいじわるな笑みを見せた。


「騙される方が悪いんですよ」


 京夜はさっさと自分の席へ戻っていく。

 あゆは悔しい気持ちを抱えながら、その背中を見送ることしかできない。言い返しても勝てっこないのは実証済みだった。


 いつもこんな感じであゆをからかう京夜。

 普段の彼は紳士的で誰に対しても優しい。が、あゆにだけ意地悪だ。


 あゆ自身困っているのだが、周りの女子にはそんな二人が仲良く見えるらしく、あゆは女子から敵視されていた。

 ただでさえいじめられるのに、彼のせいで増幅されているような気がしてならない。


 そんなことは関係ないというように、京夜はおかまいなしだ。

 絶対私が女子から嫌われていることは知っているはず。自分が人気者ということも彼はわかっている。

 からかって遊ぶのは彼の趣味のようなもの。それに私が選ばれおもちゃにされているのだ。


 あゆは京夜に嫌がらせされているとしか思えなかった。





 新しい教室といっても特に何も変わらない。

 ただ変わるのはクラス替えで変わるクラスメートと担任の先生くらいだった。


 あゆにとってクラス替えは重要なことだ。


 これまで繰り返されてきたいじめの数々から、逃れられる可能性があるかもしれないからだ。

 しかし、先ほどの女子たちの反応を見る限り、それは期待できそうにもない。


 ガラガラッ。


 教室の前の戸が開き、教師が入ってきた。

 初めて見る先生だ。

 生徒たちは一斉に着席する。


 見慣れない教師に興味津々の様子で生徒たちがささやき出す。

 特に女子が騒ぎはじめていた。


「かっこよくない?」

「イケてる」

「あれが担任? ラッキー」


 女子の囁く声が次々に飛び交う中、熱い視線を受けるその教師はにこやかに挨拶を始める。


「このクラスの担任になりました、須藤すどうほたるといいます。よろしくお願いします」


 須藤が微笑むと女子から歓声が上った。


「先生! 彼女いますか?」


 さっそく女子たちの質問大会が始まる。

 女子たちの目が獲物を狙う目つきに変貌へんぼうしていた。


「今のところいませんね」


 須藤の返答に、女子の歓喜の声が湧いた。


「じゃあ、どんな女性が好みですか?」


 女子の期待を込めた視線が須藤に向けられる。


「そうですねえ……優しい人、ですかね」


 須藤があゆを見て微笑んだ……ような気がした。


 あゆは須藤と目が合ったことに驚く。

 しかしすぐに視線は外される。


 他の生徒は誰も気づいていない。

 相変わらず女子は騒いでいて、男子はふてくされている。


 きっとたまたま目が合っただけだ。

 あゆは気のせいだろうと思うことにした。


 それからも須藤は女子の質問攻めに笑顔で答えていった。

 とても好感が持てる先生のようで、いつの間にか男子とも打ち解けていた。


「みなさん、もうそろそろ、質問タイムは終わりにしましょう」


 少しブーイングが起こったが、みんな素直に従う。

 生徒たちはもう須藤になついてしまったようだった。





 大地もあゆと同じクラスだった。


 一年のときは違ったからあゆの様子を把握するのが大変だったが、これからは楽になりそうだ。


 あゆを観察しているとつくづく思う。

 どうしてあんなに自分に自信がないのだろう。


 自分のことなんて誰も関心ないと思っているに違いない。


 幼い頃に出会ったあゆは、何かを抱えている影はあったものの、まだ純粋無垢で、天使のような笑顔をもつとても愛らしい少女だった。


 今も純粋無垢なのは変わらないのだが……心の内で何かを秘め、殻に閉じこもり人を拒絶しているように感じられた。



 大地が見つめる先には、あゆがいた。

 あゆは俯きかげんで愛想笑いばかり浮かべている。


「昔は、あんな奴じゃなかったのに……」 


 大地は寂しそうにあゆから視線を外した。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?