目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
32.『きょうだい仁義』

===== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

辰巳一郎・・・物部が経営する、喫茶店アテロゴの従業員。

みゆき出版社山村・・・伝子と高遠が原稿を収めている出版社編集長。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================


伝子のマンション。

伝子が風呂場の掃除を終えて出てくる。「学。次はどこだ?」

物部達は、伝子の気まぐれに呆れていた。

「無理しないで、伝子さん。まだ充分休養取れてないんだから。編集長も締め切り延ばしてくれたし。副部長。新しいウエイター、どうですか?逢坂先輩と編集長のお眼鏡にはかなったそうですが。」と、高遠は言った。

「まあまあかな。真面目が一番だがな。夜は予備校の講師をしているらしい。」「かけもちですか?」「まあな。ウチは、お昼前後が繁忙時で、夜は開いてないからな。十分さ。」

「伝子、あの人と接見する約束したって?」という栞に、「ああ。文通する積もりだ。」と伝子は応えた。

「1年後輩になる筈だった奴かあ。」と、依田がため息をついた。

チャイムが鳴った。高遠が出ると、久保田管理官だった。

「青山警部補の調書を読んだよ。驚いたね。あいつの会社の従業員は2名だ。ニューモールで大文字君を雇った二人だけ。モールの方は『ネット募集』、本庄病院のは『ネット募集』。エキストラの積もりだったようだ。前払いなんて滅多にないから、真面目に演技した、と皆言っている。公民館も『武道経験者』で『ネット募集』。少し違うのは、財前の部下の一人の岩上のコネで集めた、ヤクザレンタル。」

「管理官。ヤクザレンタルって何です?」と福本が尋ねると、「この頃の出入りは兵隊が足りないと、派遣ヤクザが来る。非正規採用って訳だ。財前は、自社ビルだった会社を既に売っている。自身はがんだし、この先がないって諭しても言うことを聞かないと思って、『先輩(仮)』に頼ることにした。本来はフィッシング詐欺で脅してシノギにしていたらしいが、とっくに飽きていた、と言っている。」と管理官は応えた。

「こんな改心のさせ方があるなんて、と青山が言っていた。ところで、南原君の妹は?レイプされなくて何よりだったが。」

「反省中。先輩が本気で尻叩いたから。警察官のいる側で。」と、伝子が言った。

「そうなの?DVじゃあまずいんじゃない?大文字君。」

「ひっぱりますか?『きょうだいげんか』でも。」

「そうだったな。君たちの『きょうだい仁義』はヤクザも顔負けだ。」

「そうだ、管理官。電動キックボード強盗はマスコミに明るみに出ていないんでしょう?」と高遠が尋ねた。

「ああ。例の『堀井情報』だろうな。あ。そうそう。高遠君。大文字君に土下座させたんだって?どんなネタで?」

「ネタでって・・・僕が、来た時同様車を運転して帰ろう、って言っただけですけど。」という高遠の説明を聞いて、福本は、「ヨーダ、いい?」と確認を取った。「うん。」

「管理官。高遠は運転免許取ってから、あまり運転したことないんですよ。ペーパードライバー。僕らがここ数日ドライブに付き合ってたけど。先輩はゲームバトル中だったし。」

「ひょっとしたら、過去に怖い目に遭ったのかな?逢ったんだ。間違いない。」と、依田が言った。

「何が間違いないって?」と、あつこの声がした。

「いきなり現れるなよ、あつこ君。」と、久保田管理官は抗議した。

「DDバッジで出動したら、家まで送ってくれ、って。拍子抜けしたわ。タクシーじゃないんだから、ってなぎさも怒っていたわ。」

「やっぱり地道に練習だな。なあ、福本。」という依田に、「ま、そういうこと。あ、そいえば、蘭ちゃん、今回のことがあったから、当分運転免許とらせてくれないらしいよ。取ったらすぐ返納だって。管理官、そんなケースってあります?」

「取って返納?聞いたことないな。」と、久保田管理官は首を捻った。

「ゼロ件よ。」「え?」「調べたから。」と依田にあつこは微笑んで言った。

いつの間にか、食堂でオムライスを食べていた伝子があつこに言った。

「教習所で再教育ってできないのかな?」「教習所にもよるけど、卒業生に講習するっていうのはなくはないわ。でも、おねえさま達の大学って京都よねえ。無理かな。講習あっても。」

「それよりは、路上で実地訓練の方が早くないか?あつこ君。その講習って教習所内のコースだろ?車庫入れの練習にはなるかも知れんが。」と管理官が言った。

「俺たちが横に乗って犠牲になるのが早道でしょ。」と依田が言い、「犠牲は酷いなあ、ヨーダ。」と、高遠は不平を言った。

依田と高遠の会話に福本が割って入った。「一般道で渋滞しそうな所で慣らすしかないだろうな。」

モール。やなぎ楽器店の前。

服部が店内を覗き込んでいる。「不審者発見!」と後ろから声をかける南原。「びっくりさせるなよ。南原かあ。」

「注文したギターの弦、引き取りに来たんだけどさ。」「開店前じゃないの?」「いや、そんな筈が・・・。」

「あ、そこのモールの2階フロアに物部さんの喫茶店があるから、聞いてみようか?」

物部の喫茶店。

「開店時間の変更?どうだろうなあ。休みじゃないの?臨時休業。」と物部が言ったが、奥から声がした。「マスター。『明日は休みます』の札かかってないですよ。前の日の閉店の時に、休む予定の時は『準備中』の札じゃ無いんです。今見てきたけど、電気ついてないし、変ですね。」とウエイターの辰巳が言った。

「ちょっと、電話しよう・・・あ、もしもし。喫茶『アテロゴ』の物部だけど。やなぎ楽器店の電話番号知ってる?あ、本店の方。」

電話番号を聞き出した物部はやなぎ楽器店の本店に電話した。

「休業?いいえ。さっきから電話しているけど、出ないんですよ。」と本店店長は答えた。

「行こう。胸騒ぎがする。本店の店長はすぐ来る。辰巳君。準備中の札を出して、店閉めて。給料は1日分出すから。」と、南原と服部を連れて出て行った。

「勝手だな。煎餅、ただ食いしちゃおう。」と辰巳は呟いた。

楽器店に向かいながら、物部は伝子に電話をした。

15分後。やなぎ楽器店の店長が到着した。鍵を開けて入ろうする本店店長を物部が止めた。「もうすぐ警察が来ますから。」

10分後。愛宕と青山警部補が駆けつけた。「鍵を開けたら、我々がまず入りますからね、待っていてください。」と青山は言った。

1分後。「愛宕君。救急車の手配。本署にも連絡。」そう言いながら、青山は出てきた。

「店長さん。3人亡くなっています。殺しです。後で身元確認を願います。」と店長に言った後。青山は「物部さん、分かっていますね。」と物部に言った。

「警察が来るまで野次馬の整理だ。警察が来たら店に・・・あ、締めたな。『大文字探偵局』に移動だ。」と物部は南原と服部に言った。

伝子のマンション。「ピックが折れたのは悪い予兆だったのかな?」と服部がぼやいた。

「犯人が残っていなくて幸いだった。だよな、大文字。」「

ああ、物部の言う通りだ。下手したら服部や南原は被害に遭っていたかも。」

「しかし、何で?」「何で?ってことはないですよ、依田さん。あの店にはね。ストラディバリウスもあったんです。普段は展示しないけど。」と服部が文句を言った。

「ギター専門店と思われがちだけど、本店が手狭になって、商品を分割したんですよ、あそこ借りて。ストラディバリウスが本物かどうかは分からないけど、支店長の私物です。」

「愛宕には言ったか?」「言っておきました。もし、なくなっていたら、それが原因だって。」

「幾らぐらいするの?」「数億円、って聞いてます。本物で高いやつは。でも、店長のバイオリンはせいぜい500万円位じゃないかな?」「レプリカ?」

「でしょうね。でも、素人には分からない。」「服部さんには分かるの?」

それを聞いていた伝子は、「本当は支店長から聞いていたんだろ?」と服部に言った。

「ばれましたか。」「まあ、我々は関係なくなるな。服部氏のギターの弦は、すぐには戻らないだろうな。」と物部は言った。

「明日、藤井さんの料理教室、午後3時オープンなんだが、南原氏や服部氏も来るかい?」「はい。ありがとうございます。」

翌日。モール。藤井の料理教室。

「藤井料理教室・・・まんまだな。」「ケチつけんなよ、物部。」と伝子が一喝した。

「私たち以外は3人か。まあまあね。」と編集長は呟いた。今日のメニューはお好み焼きだった。

2時間後。『本当の』生徒は帰って行った。反省会を開く積もりが、おやつタイムになった。

「3人も惨殺なんてねえ。大文字君。なんか聞いてる?」凶器は店にあったギター。」と確認しあう二人に服部が割り込んだ。「あのギター。高いんですよ。あの店で一番高い。」

「勿体ないわねえ。」「そうだなあ。どうせ殺す道具に使うなら安物でも良さそうだが。」と今度は物部が編集長に相槌を打った。

「皆で行ってみるか?」

その一言で、皆ぞろぞろと物部について、楽器店に到着した。

愛宕とみちるがいた。愛宕が伝子を見付けて言った。「先輩、助けてください。」

「みちるが悪い。」「なんで、決めつけるんですか?おね・・先輩。」とみちるが文句を言った。「物部。今、愛宕は『先輩、助けてください』って言わなかったか?」

「うん。俺にもそう聞こえたな。」「だから、みちるが悪い。」みちるはぷっと膨れた。

「凄いふぐ提灯だな、福本。」「ああ、この頃あまり見ないな。綺麗な、見事なふぐ提灯だった。」

「解説しましょう、大文字さん。死体3体のうち、2体は見分けがつかないんですよ。凶器のギターで打った後は似たような場所にはある。でも、体格がそっくりで、顔は原型を止めない位殴られている。多分素手で。まだ鑑定待ちですけどね。愛宕巡査部長は先輩、詰まり、大文字さんに助けて貰おう、と言った。白藤警部補は迷惑がかかる、と言った。さっきから口論が続いていた。一番助けて欲しいのは、私です。」と青山警部補は言った。

「写真、あります?」と服部が言った。青山が3体の遺体の写真を見せた。

「一人は支店長。一人は支店長の奥さん。もう一人は・・・佃さんじゃなさそうだ。」「佃さん?」「バイトです。彼は痩せていた。あ、ひょっとしたら、支店長の弟さん?」「支店長の弟さん?」「双子の弟さんがいて、行方不明だとか。」

「服部、さすがお得意さんだな。じゃあ、青山さん。DNAも近いんじゃ判別しにくいんじゃないですか?」「そうですね。愛宕。君の判断が正しかったようだな。本部に今のことを連絡してくれたまえ。」「了解です。」

伝子のマンション。

「みちる。また怒られると思ったのか?」「警察官なら、事実確認が第一じゃないのか?って言いたいのよね、おねえさまは。」とあつこが言った。

「みちるちゃん、産休はいつから?」「来月。」「暇持て余してんのなら、藤井さんの料理教室通ったら?」と高遠が言うと、「それがいい。俺から言っておこうか?」と物部が話を継いだ。

「それにしても変な人事だなあ。産休決めてから、間に合わせの部署って。」と依田が言うと、「依田さんが言いたいのは、えこひいきってこと?」「ええ、まあ。」「そりゃえこひいきするわよ。署長の姪だもの。」「ええ、そうなんですか?」と依田とあつこが話しているのを聞いて、みちるが抗議した。

「あつこ。ばらしちゃダメじゃないの。署員も知らないのに。」「ばれてるわよ、とっくに。血縁関係知らなくても、交通課のミニパト、少年課に行っても生活安全課に行っても使っている。署長は黙認。出向だから、って理屈。変よ。」

「呆れたな。ひょっとすると、愛宕も知らないのか?」と伝子が尋ねると、「結婚した時、話した。」と応えた。

「呆れたパート2。」と福本が笑った。「副部長。納得出来ましたね。」と福本が物部に同意を求めると。「出来た。」と物部は呟いた。

「ちょっと、話を整理しよう。服部は、開店時間の10時にやなぎ楽器店を訪れた。ところが閉まっていて、明かりが消えたままだった。そこで、開店したばかりの物部の店に行った。ウエィターの辰巳君は、『明日は休みます』の札がかかっていないから、営業日の筈なのに、『準備中』はおかしい、と言った。物部。昨日の時点では?」

「辰巳によると、昨日閉店時には『準備中』だったそうだ。」

「それで、不審に思った物部は不動産屋経由で本店に連絡を取った。本店では、電話が繋がらないから困っていた、と。変だと思いませんか?青山さん。」

「ん?」「物部が不動産屋に電話をしたのは、せいぜい10時10分か10時15分だ。本店店長は、急ぎの用事があったんだろうか?」「そんなことは言っていませんでしたね。」

「昨夜の内に殺されていたのなら、札が無くても当然だ。殺されることは予期していなかっただろうから。服部。支店長の住まいは?」「隣町です。でも、普段は奥さんと店の2階にいます。」「青山さん、支店長の住まいは?」「今、愛宕君が調べていますが、荒らされた形跡があるようですね。」

「犯人は支店長宅へ行ったが、いなかった。捜し物は見つからなかった。それで、店に行った。犯人は支店長と揉み合いになった。事故で支店長を殺してしまった。奥さんも、錯乱状態になった犯人に殺された。そこへ、死んだ筈の支店長そっくりの男が現れた。ヨーダなら、いや、慶子ならどう思う?」「お化け?」と慶子が応えた。

「犯人が、双子の弟の存在を知っていたかどうかはともかく、錯乱していたら、ゾンビみたいに思えるだろう。錯乱してまた殺人をした犯人は、後始末せずにその場を去った。店は閉めている。客は臨時休業と思い込み、帰るだろう。開店時間が迫っているから、焦った。この支店の開店時間じゃない。本店の開店時間だ。青山さん、行方知れずの佃を追いかけるより、本店店長の素性や素行を調べた方がいいと思います。」

「流石はおねえさま。本店店長の芦田の預金を調べてみるわ。」とあつこは出て行った。

「佃は無関係ですか?大文字さん。」「一つは、顔が殴られていること。佃には無理でしょう。もう一つは金が絡んでいそうなこと。佃に、支店長の金の流れ、果たして分かりますかね?」

「芦田の関わった事件は?そうだ、学。草薙さんに調べて貰え。」と伝子は高遠に指示した。

「青山さん。佃の住まいは?」「捜査員を送りましたが、留守でした。第一容疑者ということで、礼状を申請しています。」「多分家宅捜索しなくても、帰宅しますよ。」

「え?そうですか。取りあえず、張り込んでいますが。」

その時、青山のスマホに愛宕から連絡が入った。青山はスピーカーをオンにした。

「無くなったものは分かりませんが、どうやら何かの書類のようですね。引き出しを逆さにしてまで探している。因みに、ピッキングした形跡はありません。合鍵を持っていた人物ということになるかも知れません。」

「愛宕。よくやった。ところで、別居の理由は何だ?またみちるが何かやらかしたとか?」

「先輩に迷惑かけるとか言っておきながら、この頃捜査に加わらせろ、って言ってきかないんです。署長命令だぞ、おじさんの命令だぞ。大人しく事務仕事しろ、って言ってるんですが。先輩。お仕置きしていいですよ。」電話は切れた。

みちるは、依田の陰に隠れようとしたが出来ないので、福本の陰に隠れた。

その時、PCから呼び出し音が流れた。高遠がPCの画面に対峙した。

「草薙でーす。流石探偵局長。まず、本店店長の経歴。アマチュアボクシングの経歴あり。10年前、電車の乗客に絡まれ、体を滅多打ちにされ、我慢できなくなって応戦。相手は病院送りにされました。何人もの目撃証言があったので、正当防衛が認められました。で、最近、New Tubeで借金が出来てますね。スパークチャット、略してスパチャの『お賽銭』でどんどん、金を使ってしまい、会社の金を横領したのか、スパチャの支払い先コードに会社の口座が登録されています。」

「どこか特定のチャンネルにご贔屓があったということですか?」と高遠が言った。

「鋭いですね、高遠さん。ゆるぎチャンネルというアイドルのネット歌手のファンで、『お賽銭』投げると、名前が呼んで貰え、他のチャット仲間から讃えられる習慣があるから舞い上がったのでしょう。まあ、羨ましい。」

「草薙さん。ありがとう。いつも応援してくれて嬉しいです。」と伝子が『ぶりっ子』の口調で言った。「アンバサダーに投げ銭していたら、あっと言う間に破産だな。」と草薙は笑いこけた。

「神社以外は『お賽銭』は禁止だ。」と真面目な口調で伝子は言った。

2日後。モールの藤井料理教室。

口コミの効果か。今日は20人の生徒を前に藤井は指導している。編集校のアイディアで、店の外に時間限定でモニター画面から教室の様子が映し出されていた。

「流石、編集長。いい宣伝効果だ。」と物部が讃えた。

「盛況で良かった。私たちの夜食やおやつ作りじゃ勿体ないと思っていたのよ、ねえ、伝子。」と栞が伝子に声をかけた。

「ん?ああ、やっぱり犯人は本店店長芦田だった。服部同様、開店時間に来た佃は倒産したと思い込み、帰宅。友人宅に遊びに行っていたらしい。ああ、服部の弦は領収書と一緒に服部に郵送したってさ。良かったな。」とLinen画面から顔を上げて伝子は服部に言った。Linenは愛宕からだった。

「ありがとうございます。」「そのありがとうは愛宕に言ってくれ。鑑識が調べ終わり次第送ってくれ、と頼んだのは愛宕だからな。」と伝子は服部に言った。

伝子のスマホが鳴った。今度は青山警部補からだった。伝子はスピーカーをオンにした。

「支店長の家から犯人、つまり、芦田が家捜しして見つからなかったのは、『借用証書』でした。何と、社長が預かっていました。横領されていたのも気づかず、そんな書類を開封せずに持っていたなんて、暢気な社長です。芦田のヤサを礼状持って調べに行ったら、ゆるぎチャンネルの『もえこ』の写真だらけでした。時代ですかね。New Tubeのアイドルですか。理解出来ません。現実の女の子より魅力的だったのかな?相当入れ込んでいたんですね。借金返せなくて支店長と揉めて殺害。そんな事件でした。」

「青山さん、鍵、どうでした?」「支店長の家、社長が家主の借家でした。以前は芦田が住んでいた、ということです。鍵変えていなければ、合鍵作る必要もない。」

「なるほど。今後やなぎ楽器店はどうなるんですか?」「社長は閉業すると言っています。本店支店両方閉めるそうです。服部さんには気の毒だが。支店長夫婦と支店長の弟さんの葬儀は、会社葬として弔うそうです。」

「わざわざありがとうございました。」「いいえ。」電話は切れた。

「さあ、事件は終わったことだし、みちるへの制裁は何がいい?」と伝子は皆に尋ねた。「鞭。」「真実のロープ。」「袈裟固め。」「フライングニードロップ。」「バックブリーカー。」「百叩き。」「兵糧攻め。」皆、てんでバラバラに思いつきを口にした。

最後に栞が言った。「一番効果的なのを忘れてない?『無視』よ。」

「栞の案が一番きつい。」と、物部が呟いた。

―完―




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?