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31.怪人二十面相

===== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

青木新一・・・Linenが得意な高校生。

中津刑事・・・警視庁警部補。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

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伝子のマンション。

台所の固定電話が鳴った。「学、出てー。」と風呂掃除をしている伝子が浴室から怒鳴った。帰宅したばかりの高遠は「はいはい。ちょっと待って。」と慌てて台所に走り、電話に出た。

「はい。」相手は美容室の店長だった。少し聞いていたが、「ちょっとお待ちください。」と店長に言ってから、「伝子さん、ちょっと来てー。」と大声を出してから、スピーカーをオンにし、「もう一度お願い出来ますか。」と店長に言った。

「今朝から出勤して来ないんです。本人のスマホに通じないので、お兄さん宅にお電話したら、学校に出勤したとお母様が言っておられて、お兄さんのスマホは留守電になっていて。」「多分、授業中ですね。」と高遠が割り込んだ。

「それで、この電話に?あ、編集長に言われて電話帳記載取り止めしたけど、スタートを明日に指定していたんだった。」と、伝子は呟いた。

「不幸中の幸いですね、伝子さん。」と、高遠は囁いた。

「とにかく、ウチにはまだ連絡がないです。学、大家さんとヨーダに連絡だ。店長さん。何か連絡あったら、こちらにも。私のスマホ番号と夫のスマホ番号をお教えしておきます。」

電話を切った後、「そうだ。物部考案のDDバッジは?蘭は持っていないのか?ああ、いい。ヨーダと大家さん、頼む。大家さんには合鍵で入って貰え。」と高遠に指示して、伝子は物部のスマホに電話をした。

「DDバッジ?人数分渡したよ。あ。名前入ってない、って文句言うから、一旦回収した。折角、二佐が特注で作ってくれたのになあ。」と物部が言うので、「何でお前が回収するんだよ、なぎさに渡さなかったのか?」

「俺を誰だと思ってんの?ネーム入れしてやろうと思って回収したんだよ。もう出来てるし。」「そうか。物部は芸術家だったな。」

「冗談言っている場合か。久保田さん、は転勤か。愛宕氏に相談してみろ。場合によっては、捜索願いだな。南原氏は?」

「まだ、授業中かも。」「依田は?」「まだ連絡が取れない。配達中かもな。南原の家にも店長は連絡したが、初耳だと言っている。」と、伝子は応えた。

「進展があったら、連絡してくれ。」と物部は電話を切った。

「学。どうだった?」「留守電だったから、Linenにもメッセージ残しておきました。大家さんが合鍵で入ったけど、特に不審な点は無かったそうです。」

1時間後。伝子のマンション。

愛宕と青山警部補、みちるがやって来た。南原も山城と共にやって来た。

「捜索願い出してください。万一誘拐だと48時間が勝負です。」と青山警部補が言った。

愛宕が「先輩。蘭ちゃんの店のロッカー、調べて貰いましたか?まだなら・・・。」と言ったが、「私、連絡してみる。」とみちるが言った。

「大家さんに部屋に入って貰ったが、特に不審な点は無かったそうだ。」と伝子が言った。

チャイムが鳴った。

高遠が出ると、「やはり、事件が大文字伝子を呼ぶようだな。話は聞いたよ。」と久保田管理官が入って来た。

「管理官。やはり誘拐でしょうか?」「どうだろうな。金目的の誘拐なら、半日以内で連絡があるのが普通だが。明日は火曜日か。こちら側の時間稼ぎは出来ないな。」

「そうだ。南原さん、蘭ちゃんの写真、スマホに入ってますか?」と高遠が尋ねると、「ええ。勿論。」と応えて、それを見た伝子が「南原。青木君にLinenで送れ。少年探偵団にも手伝って貰おう。」

その時、伝子のスマホが鳴った。伝子はスピーカーをオンにした。

「先輩。話は聞きました。南原さんのお母さんが、手がかりがないか探す為に、アパートに向かっているそうです。」と、依田が言った。

1時間後。高遠がPCを複数台起動させて準備をしていると、Linenに青木からメッセージが入った。『この写真と同一人物なら駅向こうのニューモール丸々で見かけたらしい。』と、あった。

伝子のスマホに店長から電話があった。伝子はスピーカーをオンにした。

「女子だから気が引けたので、他の女性従業員立ち会いでロッカーを調べました。何か、走り書きのメモらしきものがありました。読み上げます。『ニューモール丸々、8時、何故』と読めます。」

「ありがとうございます。助かります。」と伝子は電話を切った。

「青木君情報と合致しますね。誰かと待ち合わせたのかな?とにかく、ニューモールにいた確率が高いですよね。」と高遠は愛宕に言った。

「じゃ、我々は聞き込みに行こう。」と青山警部補が言い、愛宕と出て行った。

「警邏にも応援を頼もう。」と、久保田管理官は出て行った。

1時間後。伝子のマンション。

スマホが鳴ったので、伝子はスピーカーをオンにした。

「大文字伝子だな。」電話の主は言った。

「誰だ?」「大文字伝子だな。」「だから、誰だ。」

「大文字伝子だな。」突然、伝子は笑い出した。

「マニュアル人間か?それともロボットか?」今度は相手の男が笑い出した。

高遠はICレコーダーを、スマホの近くにセットした。Linenの同時音声通話のスイッチも押した。PCのマイクもセットし、EITOにも繋いだ。

「誰だ。」また、伝子は尋ねた。

「お初にお耳にかかる。財前と言う。よろしくな。」

伝子はいらだちを抑えながら「用件は?」と、尋ねた。

「君のお仲間で最近いなくなった人はいないかな?」

「念のために聞くが、『いなくなった』とは死んだという意味か?」

「『行方知れず』という意味だ。お嬢さんを預かっている。あ、ひょっとしたらミセスかな?」

「ミスだ。見た目じゃ分からないかな?怪人二十面相。そうだ。どうやって、ニューモールに連れ出した?」

「面白い。大文字探偵団は、現代版少年探偵団か。いや、やっぱり中年探偵団かな?フィッシングメールで、のこのこ出てきた女の子のスマホに知ってる名前があった。で、方針を変えた。」

「まだ、用件を聞いていないが。誘拐した限り、目的は?既に1分30秒経った。」

「そうだな。身代金ってやつの相場は知らないか?明智君。」「大文字でいい。」

「大文字君。いくらがいい?」「ゼロ円。ゼロドルでもいいぞ。」

財前と名乗った男はまた笑い出した。

「面白い。みんなからは何て呼ばれている?」「先輩。」

「先輩か。私も先輩と呼ぼうか?」「断る。大文字でいい。質問が悪かったなら謝ろう。目的は何だ?」「君の命。」

「ほう。それで、あまり金に頓着しない訳か。やはり二十面相だな。どうやって、私の命を奪う?」

「ゲーム。但し、参加者は君一人だ。後方支援は黙認するが、参加者は君一人に限る。」

「ゲーム?まあ、いいだろう。もう人質の価値はないだろう。返して貰おうか。」

「いいよ。大負けでレベル1をクリアしたら、返そう。太っ腹だろう?」

「確かに。では仮にレベル1をクリアして人質を返して貰ったとしよう。後どれくらいのレベルをクリアすれば、オールクリア、つまり、『あがり』だ。」

「レベル99。」「随分遠いな、道のりが。」

「だから、随分お得な取引だろう?レベル2から99までは君の能力次第だ。」

「分かった。取りあえずレベル1だ。何をすればいい?」

「ワンダーウーマンの格好で馬に乗り、強盗をする。簡単だろう?」

「正義の味方に悪人になれと?」「バットマンも悪人に成り下がったぞ。」

「それは、映画の話だ。強盗をして、解放される、と信じろと?」

「じゃ、逆に聞こう。例えば、私が君に強盗をさせた結果、人質を解放しなかった場合は、君はどう出る?」「全力で潰す。」

「私を殺すのかね、明智君なのに。」「明智小五郎はフィクションの探偵だ。」

「大文字探偵はフィクションじゃない、と。」

また、財前は高笑いした。

「じゃ、レベル1の課題。隣町の駅前の鈴金銀行の支店に強盗をする。馬を忘れるな。目標額なんかいい。有り金出させればそれでいい。あ、その銀行の人質は要らんからな。」

「時間は?」「開店と同時。15分が目安だが、初心者だ。時間がかかっても大目に見よう。」

「盗った金は?」「近くに電車が走っているな。」「ああ。」

「後で、ピンポイントの受け渡し場所を指定する。断る理由は無い。じゃ、いい夢見ろよ。あばよ!」電話は切れた。

「ふざけやがって。」伝子は頭を抱えて座り込んだ。

ICレコーダーのスイッチを切り、高遠が皆に言った。「緊急体制が必要です!!」

2時間後。ネット越しの長い打ち合わせが終わった。スープカレーを飲み干した後、伝子は言った。

「何者だ?理解出来ない。」

翌朝9時。伝子は指示通り、銀行の前に馬で現れた。ワンダーウーマンの格好だが、目にはメガネマスクをし、口にも不織布マスクをしている。犯人の指示である。

そして、馬から降りると、受付に鞄を置き、「金を詰めてくれ。強盗じゃ無い。人の命がかかっている。」と言った。久保田管理官から連絡が行っているので、行員は素直に金を鞄に詰めた。

マスクの中のワイヤレスイヤホンから声が聞こえた。「屈辱的か?そうだろうな。近くに横横線が走っているな。銀行の前の歩道橋が線路を跨いでいる。歩道橋の真ん中まで急げ。」

伝子は鞄を持って走った。「もう2分位で、電車が通過する。電車の車両の屋根に鞄を投げろ。鞄はしっかりジッパーを締めておけ。投げたら報告しろ。」

2分後。伝子は指示通り鞄を電車の屋根目がけて投げた。「投げたぞ。」

「よくやった。レベル1合格だ。10時になったら連絡する。今の内に、馬をしかるべき所に移送して、休憩させてやれ。」

伝子は、厩舎のある警察署に急いだ。あつこが待っていた。

「10時に次の指示があるらしい。」「馬は任せておいて。パトカーで着替えて少し休憩して、おねえさま。」「うん。」

10時になった。伝子のスマホが鳴った。「もしもし。」「お嬢ちゃんは美容室にお勤めだったな。大文字伝子。」「そうだ。」

「さっき返しておいたよ。但し、美容室横の倉庫だ。知っているな。」「知っている。」「11時にまた連絡する。今の内に解放してやれ。」

「あつこ。美容室横の倉庫だ。先に行きたいが、パトカーや馬はダメだろうな。」とあつこに言うと、あつこはキーを投げた。

「裏手の方の駐車場に私のバイクがあるわ。」

蘭の勤務する美容室。

店長と愛宕が伝子を出迎えた。愛宕が言った。

「何も出て来ないだろうけど、倉庫を調べて貰っています。南原さんは、救急車で蘭ちゃんに付き添って行きました。蘭ちゃんの話によると、8時半には押し込められていたようです。」

「11時には次の指示だが。あ。金は?」「次の駅で駅員が回収。銀行に返却しました。銀行員には『映画の撮影があった』と話させています。」

伝子のスマホが鳴った。伝子はスピーカーをオンにした。

「本人と金の無事は確認出来たかね?大文字伝子。」

「ああ。確認した。何故だ?どちらもお前の得にはならんだろう?」「その内、分かる。次は明日だ。」「明日?」

「午前9時にニューモールを歩け。それだけだ。」

「おい・・・おい・・。切れた。」「どういう積もりですかね?」

「敵に塩を送った積もりか。愛宕。作業が終わったら、一旦待機だ。奴は多分何も仕掛けて来ないだろう。明日の9時まではな。」

翌日午前9時。

ニューモールを歩く伝子とみちる。

「待機しろと言った筈だぞ。」「一人で歩け!じゃ無かったんでしょ?」

「それはそうだが。」二人を追い抜いた、サラリーマン風の男達がいきなり二人を襲って来た。一人がみちるを羽交い締めにし、一人が伝子にアタックしてきた。男は途中で鞄から特殊警棒を取り出して鞄を捨てた。

どこからか、警棒が伝子目がけて飛んできた。愛宕が自分の特殊警棒を投げたのだった。伝子は飛んで来る方向を見ることなく、キャチした。

伝子が闘っている間、みちるを羽交い締めにしていた男は黙って見ていたが、仲間が形勢不利と見るや、みちるを解放して、自らも鞄の中から警棒を取り出して鞄を捨てた。

2対1となったが、みちるが、先ほどまで羽交い締めにしていた男のふくらはぎと膝を自分の警棒で打った。

5分後。2人の男は路上に延びていた。

伝子のスマホが鳴った。

「お見事。合格だ。レベル4だ。明日はモールの方だ。時間はそうだな。午前9時。」

伝子のマンション。

「詰まり、レベルって、人数?99段階じゃないんだ。」と依田が言った。「毎日襲われて98日じゃたまらんしな。」と、福本が続けた。

「バックアップ体制は万全でも、予測出来ないしなあ。」と高遠がぼやいた。

「私の後ろには、いつもお前達がいる。それだけで嬉しいよ。」と伝子は言った。

久保田警部補が口を開いた。

「分かっていることが少しはある。犯人は大文字さんがワンダーウーマンだということを知っている。どの事件で知ったかは分からないが。しかし、馬に乗ったワンダーウーマンが宝石強盗を阻止した事件を知っている。電動キックボードの事件だ。奴らの残党は捕まえた筈だったが、まだ残っていたのかも知れない。だが、その時のワンダーウーマンはあつこだった。それを知らないことは、いつか切り札に使えるかも知れない。」

「あの倉庫を知っているということは、美容室従業員が欺された事件を知っているということは?」と南原が言った。

「どうでしょうね。あの倉庫は隣の喫茶室も知っているし、掃除用具保管庫でもあるから、美容室に来た客が見て覚えていてもおかしくはない。あ、それより蘭ちゃんの様子は?」「ケロっとしています。きっと、先輩が助けに来てくれる、って信じていたって。」

「そのケロちゃんのお陰で初動が遅れた。物部さん、DDバッジ、もう頼まれてもネーム入れないで。今回のように捕まってしまった時、敵に手掛かりを渡すことになる。なぎさがカンカンに怒っていた。もう『ごっこ』じゃないんだからって。明日、新しいのを配布します。名前書いて無くても『生体認証』で誰のかは分かるそうよ。」とあつこは物部に言った。

「セキュリティの問題ですね。草薙さんにLinenグループは全部繋がっているとまずい、って言われました。」と高遠が言うと、南原が「青木君にも言われましたよ。彼はLinenグループを分散管理しているらしい。で、高遠さんに分散管理を進言しました。」と続けた。

「芋づるは、望ましくないよな。」と、久保田警部補は呟いた。

「あのー。DDバッジって何ですか?」と、それまで黙っていた山城が誰にとも無く尋ねた。「大文字ディテクティブバッジ。大文字探偵団の証でもあるけど、大文字伝子の意味もある。我々がピンチになった時にEITOが助けてくれるバッジ。この間説明しなかった?」と高遠が言うと、「酷いなあ。用事が出来て欠席したじゃないですか。高遠さんに届けましたよ、Linenで。」「あ、そうか。うっかりしていた。」

「そうか。学。山城の分のバッジ、どうした?」「無くさないように、と思って封筒に入れて神棚に・・・。」高遠は神棚を見た。「ない。」

「あつこ。なぎさは人数分持って来ていた、って言ったよな。」「はい、おねえさま。」

「物部。蘭のDDバッジはお前が預かっているんだよな。」「ああ、そうだ。」

「学。もう一つ聞く。神棚に煎餅をお供えしていなかったか?」「してました。無いですね。」

「山城。バージョンアップした新しいバッジと交換するそうだから、新しいのが届くまで『無し』で我慢してくれ。」

「南原。言いにくいんだが・・・。」「理解しました。」

翌日。午前9時。モール。

伝子は高遠と歩いていた。「現れますかね?」「現れた。」

前方から、どこかの野球部らしき連中が走って来た。高遠はすかさず、三節棍を伝子に渡し、路地に逃げた。

伝子は、取り囲んだ連中に大きな声で尋ねた。

「一つだけ聞かせてくれ。人数は?」

「10人だ。」一人が言うなり、伝子に一斉に襲いかかってきた。

15分後。その10人は全員モールの天井を見たまま体が動かなくなった。

青山警部補が、警官隊を率いてやって来て、連行して行った。高遠がタオルを鞄から出し、三節棍を包んで鞄に収納した。

5分後。物部の喫茶店。

伝子と高遠は、それぞれ紅茶とコーヒーを飲んでいた。伝子のスマホが鳴った。

「お見事。レベル15にアップした。その調子で行こう。明日は病院の屋上だ。」

「どこの病院だ?」「おっと、失礼。本庄病院だ。午前9時だ。」

「いつまで続ける?」「飽きるまで・・・と言いたい所だが、ゲームコンプリートまで、だな。まあ、いい運動だろう?」

伝子のスマホの電源は切れた。「今度はどこだって?」「本庄病院。」「おい、大丈夫か?患者がいるぞ。」

「屋上だ。学。洗濯物干さないように連絡してくれ。」

「伝子。大丈夫?敵は『息切れ』を待っているわよ。」と栞が言った。

「分かっている。だから、学とのセックスはしばらくお預けだ。」「よくそんな冗談言えるわね。」

二人の会話に高遠が割り込んだ。「悪党でなきゃ怪我人はすぐ病院で手当するんだが。幸い明日は洗濯する日じゃない、と看護師長に今確認した、って笑っていました。」

「私が怪我することは想定外か。」と伝子はため息を吐いた。

午後。伝子のマンション。

奥の部屋で、伝子が蘭のスカートやパンツを脱がせ、お尻を叩いている。南原が立ち会っている。10回叩いた所で、南原がストップをかけた。

「先輩。10回です。」部屋から出てきた南原と入れ替わりに、みちるが救急箱を持って入って行った。高遠は目薬とタオルを伝子に渡した。

「警察官の近くでDV。週刊誌なら、そう書くかな?」と青山警部補に伝子は言った。

「小学校の時、よく親父に向かいの家の前の電柱に縄で縛られました。反抗期ってやつです。」「今なら、大変な騒ぎですね。」と、青山の言葉に愛宕が言った。

「今回は、南原さんのお母さんお父さん公認ですしね。新しいバッジは渡すな、って伝子さんは怒っています。僕の説明がまずかったかな?ちゃんと理解していれば、山城さんのバッジで救援を呼べたのに、バッグに入ったままだったなんてね。」

神棚の煎餅とDDバッジは、蘭の仕業だった。

「それより、明日、どうします?」青山が尋ねると、「理事官の許可が下りたので、オスプレイが上空で待機します。患者に悟られないよう護送をお願いします。」と、なぎさが応えた。

「大文字さんがやられて負傷することは想定外ですか?」青山が尋ねると、「はい、勿論。それに今のところ、『飛び道具』の心配はないだろう、と二佐が言ってましたね。犯人には、これはゲーム。まだ序盤ですからね。」と高遠は応えた。

翌日。午前9時。本庄病院屋上。

患者のパジャマっぽい格好の男が20人。伝子が屋上に出ると待っていた。

「待った?デートで待たせるのは好きじゃないんだが。」

男達は無言で襲いかかってきた。30分。彼らは伝子のトンファーの敵ではなかった。

中津刑事が現れた。続く男達は白衣を着ていた。

「かき集めるのに苦労しましたよ、大文字さん。」白衣を着た警察官はコンクリートの上に横になっている男達を順次担ぎ上げて降りていった。「2往復しないと無理だな。あのオスプレイ、ひょっとしたら?」

「ひょっとしますね。コーヒー奢りましょうか、中津さん。自販機ですが。」「ありがとうございます。」

午前10時半。

「終わったかな?レベル35にアップだ。」と伝子のスマホにかけてきた財前が尋ねた。「シャバに出てきたら、ゲームクリエーターになったらどうだ?」「悪くないアイディアだ。メモしておこう。明日は廃校になったばかりの小学校校庭。午前9時だ。遅れるなよ。」

「なあ。」もう電話は切れていた。

「変わった奴ですね。前代未聞だ。」と中津は呆れた。

オスプレイは引き上げた。本庄院長は、『職員の避難訓練ですから』と患者達に説明し、暴漢たちは病院から少し離れた所から静かに護送された。

翌日。午前9時。小学校校庭。

角の方に暴漢達が乗ってきた車は並んでいた。

伝子はバイクでやって来た。伝子はヌンチャクで対峙した。1時間が経過した。やはり伝子に暴漢は敵わなかった。暴漢は久保田警部補が引き連れてきた警官隊に全て連行された。EITOのプロファイリング担当の事務官の予測通り、40人だった。

午前10時半。

スマホの男、財前は「凄いな。逮捕する数も予想されていたか。レベル75だな。おめでとう。そうそう。次の舞台は移転前のまるまげ公民館。庭の木は剪定しておいたよ。午前9時ね。」と一方的に言って電話を切った。

翌日。午前9時。元公民館。

誰もいないので、伝子は柔道場に行った。ここで少年柔道家が何人か育って行ったのだろうか?と考えていると、後ろに気配を感じ、振り向きざま、背負い投げをした。四方から柔道着を着た若者が襲ってくる。30分が経過した。のびている若者達を尻目に、剣道場に行った。防具を着た男達が待ち構えていた。30分が経過した。これで終わりか?不審に思った伝子は竹刀を木刀に持ち替え、庭に出た。

「どこだ?」と言う声をまっていたかのように、木の陰から次から次へと男達は襲いかかって来た。30分が経過した。静まりかえっているので、待機している愛宕や警官隊に伝子は合図を送った。パトカーに連行されて行った暴漢は24人だった。

午後1時。

鳴りを潜めていた伝子のスマホが鳴った。「おめでとう、大文字伝子。レベル99にアップしたぞ。いよいよ、ラスボスの登場だ。明後日午前9時。場所はまるまげ署の駐車場だ。少しスペースを空けておくよう、君から指示しておいてくれ。」

「自分で『ラスボス』って言うかな。心得た。最後の勝負、受けてやる。」

「そう来なくちゃな。」伝子は通話が切れたスマホを見つめていた。

翌日。午前9時。

伝子のスマホが鳴ったので、もしやと思って伝子が出ると、青山警部補だった。「犯人から公衆電話から署に電話がかかりました。明日は、署の駐車場にフェンシングの用意をしろ、と。」「フェンシング?」

「確かにフェンシングの用意は出来ます。実は、私は学生時代フェンシングをやってまして、署にフェンシング部を作りました。地区大会は予選敗退でしたが。犯人は何故知っていたんでしょうか?」

「EITOの草薙さんに情報を集めて貰いましょう。私は特訓に入ります。確か、あつこ、いや、渡辺警視の家にフェンシングの道具防具はあった筈ですから。」と、伝子は言った。

「私も参加しましょう。」と、青山警部補は言った。

翌日。午前9時。

まるまげ署駐車場。伝子が警察官達と待っていると、財前が車で現れた。既にフェンシングのユニフォームを着ている。

10分後。青山警部補の「アレ!」というかけ声で伝子と財前はフルーレで闘い始めた。勝負はなかなか決着がつかないまま1時間が経過した。

「ラッサンブレ!サリューエ!(気を付け!礼!)」と青山がかけ声をかけた。二人は敬礼をしたのち握手をし、財前はマスクを脱いだ。逮捕し連行しようとした警察官達を制し、青山は言った。

「大文字さんの勝ちだ。何故そんなに勝負に拘ったか、取り調べ室でゆっくり聞かせて貰おうか。」

「青山さん。少し話をさせて貰えませんか?」と高遠が言った。

「色々分かったことがある。僕たちの大学を受験し、合格出来なかった。一緒に受験した同級生は受かったのに。そこから君の人生は変わった。君は入学出来たら、翻訳部に入ると、その同級生に話していた。本来なら、僕らの後輩になる筈だった。学祭を観に来て伝子さんに憧れたんだね。時は経ち、従兄の遺言を継いで今の会社の経営者になった。会社は所謂『半グレ』だった。本当は、君は会社の経営に乗り気じゃ無かった。がんが発覚した。本庄病院で。

だから、他の病院は選ばなかった。詳しい事情は分からないが、君が指定した場所はそれぞれ君にゆかりのある場所だった。」

「口が過ぎるぜ、ワトソン君。」

「ワトソンかどうかは分からないが、推理は出来る。君は人を殺傷することなんか嫌いだ。だから、二人の部下に襲わせた時に警棒を使わせた。君は会社を潰す覚悟だった。もう経営しようにも、がんを発症しているのだし。彼らには『知人の復讐』だと言い聞かせて襲わせた。本当はキックボード強盗事件とは関係がない。ここで、一言付け加えると、あのワンダーウーマンは伝子さんじゃない。」

「え?」「誰だと明かす積もりはないが、別人だ。病院と公民館の暴漢は『ネット募集』に応募した、『一般人』だった。君は、伝子さんにゲームをして追い詰めたんじゃない。こうして勝負をしたかったんだ。伝子さんがフェンシングの心得がないことは知っていた。でも、君自身もフェンシングの心得があった訳じゃ無い。伝子さんのように特訓したんだろう?」

「信じられない。二人とも立派な選手だった。」と青山警部補は言った。

「もういいよ。連れてってくれ。」財前が呟き、警察官が近づき連行しようとした時、伝子は言った。

「今までで一番世話の焼ける後輩だ。接見に行ってやる。」

青山警部補が頷き、財前は署に連行された。

警察官達が署内に消えた後、伝子は高遠に尋ねた。「誰の車で来たんだ、学。」

「伝子さんの車。自分で運転して来ました。一緒に帰りましょう。」

伝子はDDバッジを強く押し、「勘弁してください。」と言って、高遠に土下座をした。

駆けつけた依田達が、その二人を不思議そうに見ていた。オスプレイが上空に舞った。

ー完―


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