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21.失われた運動会

======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。

松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

高峰くるみ・・・みちるの姉。スーパーに勤務。夫と別居中。

高峰舞子・・・高峰くるみの娘。愛宕みちるの姪。

鈴木校長・・・高峰舞子の通う小学校の校長

豊田哲夫・・・福本の劇団仲間。


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今日は土曜日で参観日。店は忙しいが、こういう場合は仕方がない。どこのスーパーでも、参観日と運動会は大目に見てくれる。

高峰くるみは、娘の『晴れ姿』を観に、小学校へと急いでいた。校門が目の前に迫った時、1台のワゴン車が入り、何故か校門の開き戸が閉められなかったが、くるみは怖くて入れなくなった。中の一人がライフルを持っているのがチラリと見えたからだった。

くるみは、機転を利かせて、娘の舞子に電話した。

「落ち着いて聞くのよ、舞子。今からきっと大変なことが起こる。でも、絶対お母さんが守ってあげるから信じて。おばちゃんが女性警察官だってことは知っているでしょ。でも、誰にも言っちゃダメよ。絶対よ。分かったら電源を切って、どこかにスマホを隠しなさい。」

くるみは、このことを直接みちるに電話して話した。「もしものことがあったら、大文字さんに連絡して。あ。私、番号知ってたわ。寛治さんには話していいわよ。」

くるみは推理していた。昔、小学校に男が乱入して多くの児童が犠牲になった。それで、小中学校には警備員が配置され、卒業生といえどもフリーパスではなくなった。

今日、給食はない日だ。あのワゴン車は不審車両だ。今日は本来なら休日で、警備員が足りていない。父兄の車はフリーパスだが、その分駐車整理に駆り出されている。

事件が起きる予感が働いた。夫は警察官だったが、今は別居している。みちると、みちるの夫寛治が頼りだ。いや、もっと頼りになるのが、妹婿の先輩大文字伝子だ。

発砲。予感は的中した。門扉から、そっと中を伺うしか、今のくるみに出来ることは無かった。くるみは、すぐにみちるに電話した。

15分後。みちるのミニパトで到着した伝子は尋ねた。「テロかも知れないって?」

「はい。舞子が心配です。」「舞子ちゃんのクラスは?」「2年1組です。」

「よし。私が様子を見に行こう。みちる。管理官の到着を待て。ここでお姉さんと待っているんだ。」

伝子はみちるの返事も待たず、校門を入って行った。くるみに言われた方向に進み、すぐに教室に辿り着いたが、誰もいない。他のクラスも見たが、誰もいなかった。

それで、奥に進むと、体育館があった。体育館には生徒が全ていて座っていた。舞台には、先生たちが中央に座っていた。そして、ライフルを持った男と、4人の男たちがいた。

体育教師らしき先生が、ライフル男と対峙していた。「無茶なこと言われても、我々にはどうにもならないんですよ。」

伝子は男たちに近づき、尋ねた。「どうされました?」

「あんた、誰だ?」「通りすがりの者ですが、発砲らしき音を聞きましてね。」

「あんたには関係ない。我々と学校側の問題だ。」と男は言った。「運動会を開け、と言っているんですよ、ライフル突きつけられても、そんなことは出来ない。大体、今日は参観日なんだ。」

「面白い。学、調べたか?」と、どこかに伝子は尋ねた。すると、ポケットに入っていたらしいスマホから高遠の声が聞こえた。

「その学校では、去年運動会の最中に熱中症の子供が5人、救急搬送され、残念なことに全員病院で亡くなりました。コロニーの最終年で、生徒も先生も全員マスクを着用していました。コロニーは下火でしたが、学校の対応はまちまちでした。その後、OBQ検査を事前に行えば、マスク着用不要ということになりましたが、その学校の運動会は順延されませんでした。」伝子はLinenの画面を出し、何やら打ちこんだ。

伝子は体育教師に尋ねた。「えと、お名前は?」「佐野です。」「佐野先生。今の話が本当だとすると、そこにおられる亡くなった子供さんの父兄の気持ちはお分かりですよね。」

「ええ。分かりますが、去年のことですから。」「年中行事を妨げたのは、災厄ですよ。子供たちにとって、1年1年が大切なんです。卒業し、大人になってからの時間の方が圧倒的に長い。その長い時間、『失った時間』を呪い続けなくてはいけない。ですよね。違いますか?」

「そりゃまあ。でも、今年の運動会はやりますし。」「去年6年生だった、彼らやその同窓生は?今年はOBも含めて運動会するんですか?一昨年、一昨々年の6年生は?生きていればこれから先に代替経験のチャンスはあるかも知れない。でも、もう無い。死んでしまったから。私の小学校の卒業アルバム、亡くなった同級生も写真に写っています。合成です。当時は今ほどじゃないから不自然だけど、両親は『子供が存在しなかったことにしないでくれ』と学校側に頼み込んで、父兄たちの署名運動もあって、出来上がった写真です。コロニーは終わりました。でも、コロニーの時代に存在した子供たちの時間も『無かったこと』にしていいんですか?管理官、聞いてますか?」

「ああ。テロでは無さそうだから、SATや機動隊は引き上げさせた。ライフルは気になるが、要求は正当なものだ。今、こちらに校長が向かっていると連絡が入った。佐野先生。校長は新任の先生だそうですね。」

「はい。今日、赴任されます。」「大文字君。君の裁量に任せる。何がしたい?」と、尋ねる久保田管理官に、「一旦切ります。」と言い、伝子はスマホの電話を切った。

そして、「みんなの意見をまず聞こう。運動会やりたい人?」と座っている生徒たちに伝子は尋ねた。

はいはい、と元気のいい声と共に皆手を挙げた。すぐに、伝子はどこやらに電話をした。

校門前。くるみとみちると管理官がいた。「今日は、何をしでかすかな?」と管理官が呟くと「管理官は、この後の展開、見えているんですね。」とみちるが尋ねた。

「まあな。」と管理官は苦笑した。そこへ、愛宕が息せき切って現れた。

みちると管理官は「遅い!」と声を揃えて言った。

体育館。「話はついた。運動会は今日開催。ただし、ミニ運動会だ。生徒たち諸君は、急いで教室に戻って、給食を食べ、トイレを済ませる。体操服じゃないから、どろんこになるかも知れないから、父兄の皆さんは覚悟して。それと、父兄の皆さんの食事は用意させる。学校が支払うから心配ない。父兄の皆さんは先に運動場へ。先生がたは、演目を3種類に絞って、必要な道具を運び出して。はい。よーい、スタート!ばーーーん!!」

生徒たちは急いで教室に向かった。

給食って聞いていたが、首を傾げる子供も多くいた。が、教室には何故かパンとミルクが入った段ボール箱が届けられていた。

校庭(運動場)。父兄が移動してくる。そこには橘なぎさ一佐がいた。「すまんな。無理言って。」と、伝子はなぎさに言った。

「伝子。代償は高いぞ。体で払って貰うからな。お前は『俺の女』だからな。」と言うなぎさに「冗談きつい奴だ。」と言った。

「まあ、いい。話は後だ。松波!」と大声でオスプレイから降りてきた松波一尉を呼んだ。「部下の松波一尉だ。すぐにかかれ!」はっ!」と敬礼して、松波は他の自衛隊員と共に運動場に消石灰のラインを引き始めた。

先生たちが倉庫から、綱引き綱と樽転がし、玉入れを運んできた。

山城の便利屋たちが到着し、同じく倉庫からテントを運び出し、設営にかかった。

依田の宅配車が到着し、依田と高遠が降りてきた。

教室(校舎)の方から松下、本田、豊田が現れ、自分たちのトラックから段ボール箱を父兄たちの近くに置き、パンとミルクを渡し始めた。

「遅いぞ、ヨーダ、高遠。」と後からやって来た福本がたしなめた。

「すまん。」と二人は口々に謝った。

伝子の元に、管理官が寄って来て言った。「愛宕、白藤は念のためマスコミがいないか、パトロールさせている。警らにも、もし尋ねる者がいたら、『テロはいたずら電話だった』と答えるように、言っておいた。橘一佐にも礼を言っておいたが・・・大文字君。君、彼女と変な約束した?」「ええ、まあ。」「うむ。あ、校長が到着したようだ。」

「校長。大文字伝子と申します。出過ぎた真似をしましたが・・・。」

「ああ。佐野先生から連絡がありました。本日は『私のアイディア』でミニ運動会を開くことにご協力頂き、ありがとうございます。生徒達も張り切って・・・もう準備している生徒もいるようですね。」と校長はにこやかに言った。

横から教頭が「新任の鈴木校長は、民間起用の方でして、『実に面白い』と、学校に向かう途中で何度も言っておられました。」

「実に面白い。それにしても、凄い機動力ですね。あなたは何者ですか?」という校長の質問に久保田管理官が助け船を出した。

「本来は翻訳家の方ですが、ボランティアで探偵をされていて、これまで何度か警察も『助けて頂いた』縁で、顧問のようなことを委託しております。」

「自衛隊の方は?」「ええと・・・。」

「管理官。準備出来ました。進行してよろしいでしょうか?」「勿論だよ、依田君。南原君達はまだかな?ああ、来た来た。」

かくして、ミニ運動会は始まった。樽転がし、玉入れ、綱引きがエリアごとに始まった。出来上がったテントの中で依田が賢明に実況をする。

南原、蘭、福本達が、各エリアに分かれて撮影を始めた。父兄も各自スマホで自分たちの子供の撮影を始めた。高峰くるみも舞子を見付けては撮影をした。

話の途中だったが、深追いせずに今度は伝子に校長は話した。「ミニ運動会は後2回やります。勿論、コロニーで失った時間は取り戻せませんが、『疑似思い出』は作れます。希望者があれば、OBやOBの家族の参加も認めます。それと、『本来の』運動会も行います。授業のスケジュールを見直し、先生たちには『時短授業』を行って頂きます。時短のノウハウは私が伝授しますよ。授業参観のやり直しもします。大文字伝子さん。ありがとう。あなたは当校の恩人だ。」

校長はまた向き直り、管理官に尋ねた。「そうだ、『ミニ運動会の打ち合わせ』に来た5人のOBの父兄は、何かの罪に問われますでしょうか?管理官さん。」

「とんでもない。この頃はいたずら電話する輩が多くてね。爆弾しかけた、とか。困ったもんです。」と応えた管理官の袖を引く者がいた。渡辺あつここと久保田あつこだ。

「どうなってるの?おじさま?私たちだけ蚊帳の外?」ときつい眼でみるあつこに、「冗談ですよ、おじさん。さっき愛宕や白藤からあらましを聞きました。しかし、あのオスプレイ・・・。」と、久保田刑事が割り込んだ。

橘なぎさ一佐が管理官の元に走って来た。「橘一佐ほか4名。救助活動を終え、帰還致します。」と敬礼した。「うむ。ご苦労様でした。」と、管理官が言った。

なぎさは、走りながら「伝子おお。借りは返せよおお。」と叫んだ。

校長達がテントに移動したのを見届けてから、あつこは尋ねた。「おじさま。救助活動って?おねえさま、救助活動って?」

「んー。学、パス。」と言う伝子に苦笑して高遠が「多分、こんな筋書きだ。『大文字伝子』という少女から熱中症でばたばたと倒れた、という連絡が入った。テロリストが侵入した、という情報もある。何か関連があるかも知れないので、緊急発進したい、と上司に相談。駆けつけてみたら、テロリストはいない。数名熱中症の生徒はいたが、すぐに回復した。熱中症対策の指導をし、様子がおかしいようなら病院に運ぶか救急車を呼べ、と『たまたま授業参観に来ていた』父兄に伝えた。」

あつこが、ぷっと吹き出した。「高遠さん、少女のくだりは要らないと思うけど。」

「そうだね。でも、いいネタが出来たから、今度の『大文字探偵局』に書こう。」

夜。久保田管理官は記者会見をした。「という訳でして、テロリスト侵入はガセでした。新しい校長、鈴木校長は民間起用でして、皆様ご存じのコロニーによる『運動会自主規制』に深く憤っておられ、校長起用に伴って企画していた『ミニ運動会』を着任早々実行した、ということです。教育委員会が事前に相談が無かった、とクレームを入れたそうですが、当たり前のことをしている、とはねつけたそうです。警察としては、テロリスト侵入が無かったので胸をなで下ろしましたが、不審者を見かけられたら。最寄りの警察にご連絡ください。」

物部の店。「なあ、なんで今回俺たちは『蚊帳の外』だったんだ?」物部の呟きに、「伝子なりに気を遣ったのよ、私たち独身だし、子供いないし。ねえ、子供作ろうか?物部君。」

物部は口に含んだコーヒーを吹き出した。栞はゲラゲラと笑い出した。

物部も苦笑した。

―完―



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