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20.トンファー

===== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

大文字(大曲)綾子・・・伝子の母。介護士に復職してから、通称を通している。

橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。祖父は副総監と小学校同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。

みゆき出版社編集長山村・・・伝子や高遠の原稿を取り扱う出版社編集長。


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伝子のマンション。

ヨーダこと依田は、橘一佐が戦闘に使ったというトンファーを弄っていた。

「ヨーダ。あんまり眺めていると眼が潰れるぞ。」と、伝子が揶揄った。

「本当っすか、先輩。」「そんな訳ないだろう。手垢で汚すなよ、ヨーダ。」と高遠が言った。

「何の合金かな。チタン?違うか。でも軽いなあ。高いことは確かだな。」と、福本が言った。

「ギャラの代わりですかね、それにしても、警察から武器貰うなんて。」と南原が感心していると、「何かのレプリカ、詰まり、オモチャ扱いらしいですよ。」と愛宕が説明した。

「まあ、先輩が使うと、何でも武器になりそうだけど。」と、みちるが言うと、「じゃ、この煎餅も武器になるかな?」と蘭が言った。

「なるかもよ。」と祥子が調子を合わせた。

「あつこさん達。本当に新婚旅行かな?また極秘任務だったりして。」と栞が言うと、「あり得るなあ。久保田管理官は狸だから。マスコミの対応見ても分かるよ。そりゃあ出世もするさ。」

「呼んだ?」と、当の久保田管理官が入って来た。

「上手そうな煎餅だな。」と盆に山盛りの煎餅を指して、「これが例の煎餅?」と管理官は言った。「はい。」

「うん。上手い。何て名前?」「まだです。」「まだ?ネット注文殺到だって愛宕から聞いてるよ。」「はい。『チーズ煎餅かっこかり』は、注文したお客のアンケートでネーミング決めます。」

「面白いねえ。それも、そこのマスターのアイディア?」と尋ねる管理官に伝子が「私の夫のアイディアです。」応えた。

「そうなんだ。高遠君。お茶くれる?」と気さくな口調で言う管理官に、「何か今日はご機嫌ですね、管理官。」と依田が尋ねた。みちるが管理官にお茶を出した。

「実はね、諸君。」と声を急に潜めた管理官は言った。「今日から3日間、女房が実家に帰っているんだ。で、思い切って、私も休暇を取った。独身気分って英語で何て言うの?大文字君。」

「feeling single。まんまですね。」と伝子が言った。

「あ、そうだ。ありがとうございました。あつこは随分落ち込んでいたから。新婚旅行跳んだから。」

「まあ、気にしないで。ボーナス代わりだから。」と言う管理官に「特別手当ってないんですか?」と依田が尋ねた。

「危険手当ならありますけど、通常任務での危険手当で、今回みたいな超危険なのは逆にないんですよ、依田さん。何故か?前例がないから。」と愛宕が言った。

「公務員、やっぱり大変だな。自由業には理解出来ない。」と福本が言い、「はあ。詰まり、『鬼の居ぬ間の洗濯』ですか。」と南原が言った。

「管理官の奥さん、『鬼』なんですか?」と蘭が言うので、「こらこら。大人をからかうんじゃない。」と南原がたしなめた。

「いや、いいよ。確かに鬼だな。鬼、鬼。上手いな、これ。もう一個貰っていい?」と言う管理官に「貰っていい?って言えば、このトンファー。これ高価なものなら辞退しようかと・・・。」と伝子は言った。

「辞退?それ、大文字伝子仕様だよ。名前彫ってあるし。」「え?あ、ほんとだ。」

「今後もよろしくね。」「『よろしくね』、って言われても。」伝子は絶句した。

「何しろ、君とあつこ君は、副総監のお気に入りだからね。まあ、事件が君たちを呼ぶんだけどね。」

愛宕の電話が鳴った。

「はい・・・はい。今行きます。先輩。選挙カー絡みで揉めているそうなんで、行って来ます。みちる。行こう。」

慌ただしく出て行った愛宕とみちると入れ替わりに、大文字綾子が入って来た。

「何か事件?伝子は行かなくていいの?」と伝子に尋ねるので、「今はね。」と伝子は面倒くさいという感じで応えた。

「ああ。丁度良かった。栞さん。この間のギャラ、遅くなったけど。」と綾子は栞に封筒を渡した。

「こんにちは。お久しぶりです。」「あら、管理官さん。事件なら・・・。」「お母さん、今日はね、管理官さんは非番、お休み。」と伝子が割り込んだ。

「そろそろ、俺たちもお暇しようか、ヨーダ。」「そうだな。」依田と福本と祥子は帰って行った。

「管理官さんはお見合いですか?」「そう。」「お見合いでも恋愛でも、女は結婚すると『鬼』になる場合が多い。あ、大文字君のことじゃないよ。」

「先輩は結婚する前から鬼ですから。」と二人の話に南原は割り込んだ。

「南原、お前、本人の目の前で言うなよ。」と、伝子は苦笑した。

「さて、我々も退散するか、逢坂。」「そうね。打ち合わせ全部済んだし。」と二人も帰って行った。

「打ち合わせって?」と管理官が尋ねるのに、高遠が「『煎餅売り出し作戦』です。」と、応えた。

「なかなかやるなあ。中年探偵団。」と感心する管理官に、「ダサい。他にネーミングないんですか?」と蘭が文句を言った。

「考えとくよ。」と、管理官も帰って行った。

「で、なんだ、南原。言ってみろ。みんなの前じゃ言いにくいことだったか?」と、伝子が尋ねた。

「実は、蘭の勤務している美容室の女の子で、ストーカー被害に遭っているって蘭が言うもんで。」

「それなら、愛宕に・・・。」「まだ、証拠がないんです。」と、蘭が話し始めた。

美容室隣の喫茶店。

蘭と同僚の神田めぐみ、美容室の店長、伝子と高遠が集まった。幸い6人席が空いていた。

「これを見て下さい。30通を超えるのですが、抜粋として5通集めました。神田さんが、なかなか出社して来ないので、問い詰めて分かったんです。警察に届けようとも思いましたが、南原さんが大文字さんを紹介して下さったので。」

伝子が読んでいる間、高遠が質問した。「どの位の期間ですか?」

「半年位かな。」とめぐみは応えた。「半年?じゃ、ほぼ毎週来ていたんですね。」と高遠は驚いた。

「もっと早く店長に相談したら良かったのに。」と高遠が言うと、「これまでは、手紙だけだったんです。」「これまでは?」「先日から、洗濯物の数が合わなくなりました。それと、回収車が来る前に出した筈のゴミ袋が無くなっていたんです。」

「典型的だな。この手紙もだんだんエスカレートしている。まるで恋人気取りの文面だ。はい、学。」と言いながら、伝子は高遠に手紙を渡した。

「愛宕は丁度生活安全課だから、担当だが。これだけでは決め手にならないかもな。相手は素性を手紙に書いていないし。」

「そうですね。文中に自分の名前があれば、めぐみさんの知り合いから調べられるけど。せめて、美容室の様子を書いてあれば、お客から絞れるけど。」と、ざっと読んだ高遠が言った。

「取りあえず、洗濯物は部屋干しですね。下着泥棒かも知れないから、この手紙の文章の人物と特定する記述がない。下着の色とか特徴を書いていれば特定出来るかも知れないが。」と伝子が言うと、めぐみは「様子を見ろ、と。」

「ゴミ袋ですが、出す時にガムテープ持って行って、めぐみさんのゴミ袋と他の人のゴミ袋をくっつけましょう。悪いことする人って、意外と面倒なこと嫌いなんですよ。」と、高遠が慰めた。

「残りの手紙は?」と伝子が尋ねると、蘭が「私の荷物置いて貰ってた倉庫。この喫茶店と美容室の間にある。」

「店長。残りの手紙もお借りします。何か対策する手がかりがあるかも知れない。帰りに襲われるかも知れないのなら、一人で帰らない方がいいかも。どうすべきかな?」と言った伝子に店長が、「じゃ、取り敢えず私と男性スタッフがアパートの部屋まで送りましょう。」

伝子の自動車。「学。どう思う?」「んー。普通の探偵局みたいですね、久しぶりに。」

「ばか。そうじゃない。今回の件、そのものだよ。半年は異常だろ。蘭の話じゃ、怯えているって気づかなかったって。彼女が入社したのは去年。何かがおかしい。」

「そうですね。先に愛宕さん達に相談したなら、まだ分かるけど。警察は事件が起ってから動く、っていうのは常識のようで、案外知らない人が多い。時系列で並び直さないと分からないけど、手紙に一貫性がありすぎる。送り主の名前が出てこないどころか、めぐみさんのことも詳しくなく、抽象的なラブレター。」

「流石、小説家だな。」「ありがとうございます。あ、愛宕さんからLinenだ。選挙カー絡みって、選挙の候補者が身障者用の黄色いラインに立って選挙演説してて、地元住民に注意されて、候補者が逆ギレしたんですって。厳重注意して、移動させたそうです。」

「酷いな。そんな奴らに票入れるべきじゃないな。」「で、今回のことですが、明日は非番だから、張り込みしてくれるそうです。それと、便利屋やっている山城氏が手伝ってくれるそうです。」

「そう言えば、山城のおばあさん、どうなったかな?とにかく、帰ったら手紙を全部読もう。」

翌日。

依田は、配達の途中で、前のタクシーがタクシー強盗に遭うのを目撃した。男は運転手を追い出し、逃走した。

すぐに降りて、依田は、カラーボールをタクシーのボンネット目がけて投げた。

「おじさん、大丈夫?」「やられたよ。命は助かったが。」「すぐに会社に電話して。俺、110番してやるよ。」

依田は会社に連絡した運転手を事業所まで乗せて行くことにした。依田はスマホをホルダーに挿し、Linenで電話した。「良かった、南原さん。少年探偵団の応援協力頼むよ。」

南原がスピーカーから語りかけた。「何です?」「タクシーが奪われた。」「タクシー強盗?」「いや、運転手さんは無事だ。現金だけでなく、タクシーごと奪われたんだ。タクシーは長江タクシー。ナンバーは○○―○○。既に警察には連絡済みだ。俺がボンネットにカラーボールを投げた。赤い奴。」「分かりました。Linenのグループに目撃情報を寄せて貰いましょう。」

「あんた、なにもん?」「中年探偵団。」運転手は唖然としていた。

長江タクシー事業所。到着すると、運転手が「配達中に悪かったね。で、捕まえる気なの?」「さあね。それじゃ、配達に戻ります。」言うなり、依田は発進した。

気にはなるが、配達優先だ。運転手を送る時間だけ会社に許して貰ったのだし、見つかるまでは時間がかかるだろう。

福本家。

「ヤマトネ運輸の宅配車、って依田さんところじゃない?」「うん。まさかな、と思ったら、Linenに着信履歴があった。多分、ヨーダだ。ドライバーの機転で、カラーボールが投げられたから、すぐに逃走タクシーは見つかるのでは?って言ってたが、ヨーダらしいな。」

「でも、なんでカラーボール持ってたの?」「蘭ちゃんか慶子さんにあげる為に買ったんだろう。痴漢防止だよ。」「ああ。依田さんらしいわね。あ、この事件。先輩達も知ってるの?」「同じLinenのグループだぜ。」

伝子のマンション。「今は静観しよう。ヨーダが何かやらかす気はするが。」と伝子は高遠の背中に湯を洗い流しながら言った。

「で、どうよ。学。」「こっちの事件ですか。何か変な気がする。めぐみさん、とっくに襲われてもおかしくない。というか、尾行されているとか後ろに気配が、って言葉がなかった。」

互いに拭いて服を着ながら、二人は推理した。「誰が嘘を吐いている?」「蘭ちゃんは論外。」「店長か?」「かも知れない。」「めぐみさんか?」「かも知れない。」「両方だったりする?」「かも知れない。」

「愛宕とみちるに、めぐみさんと蘭の別々の警護をさせよう。」と、伝子はLinenでメッセージを愛宕に送った。

「蘭ちゃんも危ないんですか?」「巻き込まれているからな。さあ、寝るか。どの体位がいい?」「取りあえず、夕飯はカレーライスです。スーパー行くの忘れちゃったから。」「すまん。」

翌日。午前8時。早朝依田に南原から連絡が入った。「ごめんなさい。寝ている間に連絡が来てました。横横線の支線の横横2号線の横横駅近くで見かけた学生がいます。終電前だったから暗かったからナンバーは分からなかったけど、長江タクシーのランプとカラーボールの痕らしきものは見たって。あれ、簡単には落ちないんですよね。」「よし、行ってみる。」「行ってみる、って依田さん、危険ですよ。」「『義を見てせざるは勇無きなり』。今日は休む。」

めぐみのアパートの部屋。午前8時半。みちるが訪ねるが、インターホンに応答がない。電話をしてみたが、通じない。店長にも電話が通じない。夫の愛宕にも電話が通じない。

依田(蘭)のアパート前。

愛宕は背後の人物に気づかず、頭を後ろから気絶した。アパートから出てきた蘭は、愛宕の姿が見えないのを不審に思いながら、最寄り駅に向かおうとした。頭を後ろから殴られ、蘭は気絶した。

伝子のマンション。午前8時45分。「伝子さん、大変だ。ヨーダと南原さんの通話履歴が残っている。」

「管理官にメッセージを送っとこう。学。ガラケーの信号を追え。多分、ヨーダの靴に仕込んだガラケー4号が反応する。普段充電しておいて、危険を感じたら靴に入れろ、と言っといて良かった。」伝子が管理官にメッセージを送った後、高遠がPCを見ながら叫んだ。「映っている。伝子さん、横横線方面です。」

「了解?管理官、起きてたのかな?じゃ、向かうから、お前はナビゲートだ。」伝子はすぐに支度をし、マンションを後にした。

依田のアパート前。今日愛宕と待ち合わせていた山城は異変を感じ、みちるに電話をした。「大変です。愛宕さんが消えました。キーホルダーが落ちています。」みちるは、すぐに伝子に電話をした。

伝子の車。午前9時。

「愛宕が?管理官に知らせろ。」と、みちるの電話連絡をスマホで受けた伝子はスピーカー(マイク)に向かって言った。

横横線横横駅近くのキャンプ場。午前10時。依田が遠目で件のタクシーが止まっているのを確認したが、後ろから頭を殴られ、依田は気絶した。

1時間後の午前11時。

高遠の誘導でタクシー乗り捨て現場に到着した伝子は、依田の宅配車を発見した。スマホから会話を遠ざけていた高遠が伝子に伝えた。

「今、犯人から固定電話に連絡がありました。3人は預かっているから、お前一人で来い、と伝言です。」「犯人は私がここに来たことを知っているのか?」「そのようですね。管理官、聞こえますか?」

「ああ、聞いている。3人とは、愛宕、南原蘭、依田君だな。」と、管理官は言った。

「おびき出して、どや顔しているだろう。大文字君。犯人の言う通り、一人で向かってくれ。但し、ゆっくりだ。30分猶予が欲しい。」「分かりました。」

伝子はキャンプ場のアジトの見当はついたが、わざとバンガローやキャンプ場の施設などを調べて回った。

そろそろ、タイムリミットかな?と感じた伝子は時計を見た。午前11時。キャンプ場の一番奥にあるログハウスに侵入した。

「待たせたな。普通、人質を取ったら金を要求するものだが。」と伝子は言った。

「生憎、私は反社でも半グレもない。まあ、兵隊は反社からレンタルして貰ったが。」

ライフルを構えた男が言った。「紳士的と言いたいのか?じゃあ、名前を聞いてもいいかな?」と伝子が言うと、男は高笑いをした。

「面白い。それでこそ大文字伝子だ。堀井が言っていた、手強い奴だ。私は野村真二郎。堀井の友人だ。詰まり、復讐だ。だから、金なんか要らん。お前の命が報酬だ。」

「お前こそ、面白い奴だ。堀井に恩義でもあるのか?」「ああ。お前の取り巻きは部活繋がりだそうだな。俺と奴は大学の登山部で一緒だった。遭難した時、支え合って生き延びた。そういう仲間意識って、お前なら分かるだろう。」

「勿論だ。いざという時は助け合う。暗黙の了解だな。で、私を殺せば堀井が喜ぶのか?」「ああ。殺したい殺したいって言っていたからな。で、面会に行った時に約束した。」「『走れ!メロス』の積もりか?」

「まあ、そんなところだ。あそこにいる連中にレイプさせてから、お前をこのライフルで生殺しにしてから殺す。そこにいる連中には、絶望感を味合わせてから、殺す。」

「どうやら、情報不足のようだな。」

その時、大きな音と共に、ログハウスが揺れ、壁が壊れた。

伝子は彼らが驚き逃げるのと同時にトンファーを取り出し、人質3人を繋いでいるチェーンの錠前を壊した。そして、解放された3人に叫んだ。「入り口から、逃げろ!建物が壊れるぞ。」

伝子は向かって来た連中を、足蹴にしたり、キックをしたり、トンファーでなぎ倒したりした。

壁から重機が入って来た。サングラスをした自衛官姿の橘なぎさ一佐が運転している。建物が崩れ始めた。野村を初め、連中は一目散に入り口から逃げた。伝子もなぎさも外に出た。

警官隊が一斉に取り囲んだ。その時、連中の中から一人の中国人らしき男が叫んだ。

「待て。待ってくれ。逃げはしない。そこの大文字伝子と闘わせてくれ。大文字伝子。俺の顔を見て思い出さないか?」

「あの倉庫の中国人の双子の兄弟か。」「ああ。あれは弟だ。頼む。警察に行く前に勝負させてくれ。」男はその場で土下座した。

警官隊は男を取り押さえようとしたが、管理官が止めた。

「詰まり、お前は決闘じゃなく、試合をしたい訳だな。どうする、大文字君。君次第だ。」

「まあ、昼飯が多少遅くなる位、誰も気に留めないでしょう。獲物は?」と、伝子が訪ねると、男はトンファーを取り出した。

「始め!」と管理官は号令をかけ、伝子と男のトンファー同士の対決は1時間続いた。

「1本!大文字伝子の勝ちとする。」と管理官が言うと、伝子と男はお辞儀をし、握手した。その場のみんなが拍手をした。「完敗だな、大文字伝子。やはり大した奴だ。おんなでいるのが勿体ない。」

「褒め言葉と受け取っておく。ああ、そうだ。流石は兄貴だ。弟より手強かった。本当だ」と、連行される中国人に言うと、彼は深くお辞儀をした。

翌日。伝子のマンション。「表彰?」と福本が頓狂な声で言った。

「管理官の口添えと、タクシー会社からの感謝状のお陰だな、ヨーダ。欠勤届もちゃんと連絡したそうだな。」と、伝子が言った。

「そう言えば、めぐみさんと店長は罪に問われるの?愛宕さん。」と高遠は尋ねた。

「いや。大丈夫。彼らは誘拐と無関係だし、お客だった野村に頼まれただけだし。『大文字伝子を揶揄ってくれ』って。それと、タクシー会社の運転手の話によると、乗って100メーター位で強盗に遭い、売り上げも僅かだったし、おかしな強盗だったって言ってました。」

「依田さんもまんまと騙されたのね。たまたま事件を目撃したんじゃなくて、依田さんに追いかけさせる為だったのよ。」とみちるが言った。

「詰まり、依田は餌にパクっと食いついた訳だ。」と物部が言うと、「それを言っちゃあ、おしまいですよ、副部長。」と福本がたしなめた。「まあ、依田君は正義感が強いからね。それを利用されたってことね。」と栞が間を取り持った。

「蘭はどうなんだ、南原。」と、伝子が尋ねると、「ちょっとショックだったみたいですね。蘭が担当した日もあったらしくて。先輩は、ストーカー事件怪しいと思っていたんですか?」と南原が逆に質問してきた。

「ああ。学と推理してね。シャーロック・ホームズに似た話があったなって。詰まり、角度を変えて考えると違って見えてくるってことさ。」と、伝子は応えた。

「やっぱり、先輩と高遠さんはホームズとワトソンだな。」と、山城が言った。

「照れるから、止めてよ。」と高遠が言うと、「いや、そうでもないよ。はい、プレゼント。」と高遠に巻いた布を久保田管理官は渡した。

高遠がその布を広げると、側にいた祥子が読んだ。「大文字探偵局。ああ、中年探偵団ってダサいって蘭ちゃんが言ったからですかあ?」

「却下。私は探偵じゃない。さあ、仕事しよう。」と、伝子は奥の部屋に引っ込んだ。

「高遠。これで小説書きやすくなったんじゃないのか?」と依田が言うと、「ダメだよ。高遠君の小説に現実の大きな事件は書いちゃダメ。」

「私は書いて欲しいけどな。」と編集長が入って来た。「マスター。名前決まったわよ。チー煎餅。」

「ダサい。」と管理官は呟いた。一同は爆笑した。

―完―



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